エルビィの酒場
鳩が飛び交う噴水広場には、見世物や寸劇などが催されていた。その隅っこに、神がどうだとかの説明する者がいた。
入信を勧めるセミナーといったところか。聴く者はあまりいない。どの世界も、神様の存在は薄いようだ。
その熱心におしえを説く者のとなりに、募金箱を持つ者がいた。この教団への寄付金募集だ。オレはそこに、きのう強盗から奪ったお金を全額入れた。信者たちは目をまるくした。
話しかけられたが断わり、早々と立ち去った。名前も聞かれたが答えなかった。
寄付はしたいと思っていた。でも実際に、どこに行けば受け付けてくれるのかもわからなかった。
オレは神とか信仰とかに興味はないが、募金箱を持つ彼らに自然と足が向いた。でも本心は、贖罪なんだろうな。自己防衛とはいえ、人間を殺してしまったのだから。しかも三人も。
たくさん寄付をしたらかといって、罪がチャラになるとは思わない。でもどこかで期待する自分を感じてイヤだった。
うしろから、信者たちの祈りが聴こえた。
「きっと、あなたに神からの祝福が訪れるでしょう」
血のついた汚れたお金だ。なにも知らないクセに……。神は祝福などはしないだろうよ。
オレはそうつぶやいた。
“エルビィの酒場”。
ニックと出会った酒場の名前だ。最初に入ったとき、店の看板なんて見もしなかった。
昼間の酒場は、旅人でごった返していた。昨晩は気がつかなかったが、入口わきに大きなボードがあり、そこにたくさんの紙が貼られていた。
護衛任務募集や買物依頼、魔物退治のパーティ募集など、いろいろあった。スタジオのバンドメンバー募集のボードを思い出す。あれの巨大版だ。
指名手配書のコーナーもあった。これは似顔絵つきだ。
窃盗、殺人未遂、放火、牛泥棒など、これまたたくさんある。報酬金額も書かれていて、やはり高額だ。ただしその条件は、生きたまま連れて来ることだった。つまり生捕りだ。たぶん、依頼主がその手で殺したりするんだろうな。
手配書は日めくりカレンダーのように、紙が束になっていた。すべて同じ内容のものが印刷されているようだった。
何人もの屈強な傭兵らしき男たちが、それをちぎっては真剣な顔で読みこむ。彼らは賞金稼ぎであり、食い扶持のひとつかもしれない。
オレはレイプ容疑か未遂などの手配書を探した。探してはちぎり、集まったのは七枚。もちろん、この七人はレイプに失敗したことを意味する。DNA検査のないこの世界では、口封じで殺してしまえば、完全犯罪が成立する。
オレを襲ったやつは、このなかにはいないかもしれない。それでも、こいつらを一人ひとり見つけては、なにかを聞き出せるかもしれない。同じような犯罪を犯すやつらだ。なんらかの共通点や情報を得られるかもしれない。そして最後は殺してしまえばいい。強姦は死刑だ。女性を代表して殺してやる。
「ビアンカ?」
うしろから声が聴こえた。振り向いたら、金髪のイケメンが立っていた。オルファだった。
「やっぱりビアンカだ。見間違えそうになったよ。服もなんとかなったんだね。キレイになって」
「ああ、オルファ。元気?」
なんて答えればいいのかわからない。
「ビアンカは賞金稼ぎになるの? 手配書を何枚か集めていたけど」
「あ……まあ……生計を立てないといけないし……」
お金ならニックからたんまりもらった。半年は遊んで暮らせるほどだ。つまりオレは、“死ぬまで”余裕で暮らせるのだ。
「オルファは、例の報告は済んだの? あの……村襲撃事件の」
「ああ。きのうそのまま王国情報管理局に向かってね。もう、国王の耳にも届いているんじゃないのかな」
そういえばこのオルファは、職業はなんだろうか。剣の使い手ではある。その、王国情報管理局とやらの局員を生業にしているのだろうか。
「ああビアンカ……食事は……まだ?」
なぜかオルファは動揺していた。
「食事?」
「じつはわたしはまだで、よかったらいっしょにどうかなと思って……」
こっちはついさっき、食べたばっかりだ。
「さっき食べたばっかりなんだ」
「ああ……そうなんだ……そっか……」
オルファはニツプ村を調査していた。そこの生き残りの女性がいるとも言っていた。その女性は、おそらくオレだ。彼女のことをなにか知っているかもしれない。彼女の弔いもふくめて、話をしてみたくなった。
「オルファ、食事が済んだら噴水広場に来てよ。ちょっと聞きたいことがあって」
オルファはうれしそうに返事をした。意外に茶目っ気のある男だ。なにかいいことでもあったのだろうか。
とそのとき、旅人や傭兵らが一斉に外に出ていく。外がザワザワしている。オレもつられて外に出た。
公示人がビラをまきながら話を始めていた。
「一大事! リリカラン侯爵が誘拐された!」