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魔王の寝室に立つ者

 あさ目覚めて、さっきまで見ていた夢をだんだん忘れていくような感覚。でも、あの日のことだけは鮮明に覚えている。


 いつものコンビニで、タバコとコーヒーを買う。コーヒーはカップをもらってコーヒーメーカーで注ぐやつだ。


 そとの喫煙場所で一服。コンビニにやってくる女とか、店から出てくる女をひと通りチェックしたあと、スマホに目を落とす。これがわたしのコンビニ・ルーティンだった。


 それが一日で最高のひと時だった。でもこの日だけは、なにかを見ては見つめたままの、かろうじて息をしているだけの動物になっていた。


 けさ、会社をクビになったのだ。


 放心状態ではあったけど、ルーティンは行なうのだから、習慣ってすごいな。ほかにすることがなかっただけだけど。


 あのとき、すぐに店の中にいたドカタのおっさんが出てきた。下品な顔に下品な歩きかた。下品なトラックに乗って、下品な排気ガスを出しながら、下品に道路に飛び出ていった。


 現場職人って、ほんとうに下品だ。いつもはそう思っていたけど、仕事があるっていいよな……と、このときばかりは少し思った。当時はドカタの仕事なんてできそうになかったけれど。


 そのトラックが見えなくなるまで見つめていた。その見つめる先に、小さなお店があった。賃貸マンションとの間に、戦後まもなく建てられたような小さな家屋(かおく)だ。いわゆるボロ屋がこじんまりとしてあった。


 「あんなボロ屋あったっけ?」


 それからそのボロ屋の店に行った。記憶はそこまで。あとはもう覚えていない。


 だからきっと、それが運命の出会いだった。


 いま思えば、幸運というやつか。


 毎日、会社をサボることしか考えなかった当時のわたしは、クビになって当然だったのだ。


 それがどうだ。いまはなんて充実した人生だったろうか。


 それでも数秒後、わたしは死ぬかもしれない。でも悔いはない。悔いはないと思えるほど、すばらしい日々を送ってきた。すばらしい仲間たちとの出会いもあった。


挿絵(By みてみん)


 この世界イソテリアは、わたしを必要としてくれた。ココこそがわたしの居場所なのだ。ココこそがわたしの人生そのものなのだ。たとえ死んでしまってもいい。本望だ。


 ここで仕事をこなす。そのために、ボロボロになりながらでも、ここまでやってきた。


 わたしはいま、暗闇のなかで魔王の寝室に立っている。数メートル離れた寝台に、魔王が吐息を立てて寝ている。いまからこの小刀で魔王のひたいを突き刺す。


 いままで、何体もの魔族を殺してきた。頭が急所なのは、人間と同じだった。だから、大丈夫だろうと思う。


 でも、急所が脳みそじゃなかったら、わたしはすぐさま返り討ちにあい殺されるだろう。なんせ、相手は魔族を王だ。王だけ、身体の仕様がちがうというのはありうる話だ。


 でも、いまさら考えたって始まらない。


 さやからナイフを抜き、わたしは躊躇ちゅうちょすることもなく、静かに魔王の額に思いっきり突き刺した。

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