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悪魔の装飾品  作者: 風木 冬芽
第一章
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第七話

第七話


こんなにもあからさまなフラグをたった数秒で回収しようだなんて夢にも思わなかったけれど、現実に、実際に、俺の前に実体が現れた。

誰だって一目でわかる獣、化け物だ。

デカくてヤバそうなおぞましい化け物を目にすると、悪魔であろうがなかろうが、こいつが元凶で、原因なんだろうと思ってしまう。

そいつの見た目は分かりやすく言えば、猿やゴリラの上位互換だ。もっとも、互換性なんてないんだろうけど、二足歩行だし、しかも俺より遥かにデカい、倍くらいあるのか。

いや待て待て、冗談だろ、自分より倍もデカい猿みたいな化け物と殴り合えってか、肉食獣の如くグルグル唸ってるし。絶対殺されるぞ。

それでも覚悟を決めて戦うしかない。

俺を助けてくれたあの人のように…。

「うぉぉぉぉぉお!」

化け物に負けないくらいの雄叫びを上げて、猪突猛進、勢いのままに拳をぶつけた。

人を殴ったことなんてないけれど、人とはきっと違う感触なんだろう、心做しか柔らかいようにも思える。

しかし、獣は文字通り一ミリたりとも動かない、何発も何発も殴り続けて、ようやく俺の腕の動きが鈍ったところで、眼前の獣は睨みをきかせて左腕で俺の右腕を掴んだ。

「痛ってぇぇぇぇぇえ!」

思わず叫んでしまうほど尋常じゃない握力に打ちひしがれる間も与えられないまま、俺を投げ飛ばした。

人間の体っていとも簡単に投げ飛ばせるものなんだ。

何だか感動する。

じゃなくって。

俺は体が大きくない方で、それでも、身長165cm体重55kgの立派な生き物だぞ、そんなに容易く投げ飛ばしていいもんじゃないだろ。と、ぶっ飛ばされながら思い直す。

ズドォーン!何かにぶち当たったみたいだ。何にぶつかったのかなんて知ったこっちゃない。

化け物はこっちへやってきて、容赦なく俺を殴りつけ、蹴り飛ばし、引っ掻き、とにかく、血も涙もない猛攻を仕掛けてくる。

俺は血まみれだけどな。

だめだ、痛くて痛くてたまらない。くそ、こんなおぞましい化け物にに殺されて、あんだけ張り切ってたのにこのザマかよ。俺の人生は最低最悪のバッドエンドだ。

俺の体はもう自分では動かせないほど、ボロボロで、内蔵はぐちゃぐちゃ、骨も何本か折れてるような気がする。

いや、この感じはもはや砕けてるかもしれない。

何故意識があるのか不思議なくらい死にかけてるのに、それでも獣は俺の方へやって来て殺そうとしてる。

怖いよ、その鋭い眼光、虎みたいだ。

漫画とかで、殺すならあっさり、楽に殺してくれ、とか言うシーンがあるけれど、いざ自分がその窮地に立たされてみるとどうしても死にたくない、死ねない、殺されてたまるか、そう思ってしまう。

獣はもう俺のすぐそばまで来ている。助からないだろうな。

そもそも、誰かを助けたい、だなんて俺はどこまで愚かなんだろう。自分一人助けられないような弱者が他の誰かを助けようだなんて差し出がましいにも程がある。

俺を助けてくれたあの人はまた、俺を助けてくれるのだろうか。

あぁ、ダメだ、意識が遠のいていく。

俺は自分自身を顧みる。

俺は本当は寂しがりで、泣き虫で、それでも強がりを言って、一人で生きてきたと思ってた。

おっさんは人は一人じゃ生きていけないと言ってたけど、その通りだった。


…父さんと母さんを嫌ってた。いや、父さんと母さんに嫌われてると思ってた。だから父さんと母さんは家に帰らず二人で働いていると言い訳をして、二人でどこか別の場所で暮らしているとさえ考えたこともあった。

父さんと母さんが時々出してくれる手紙も俺への嘘の愛情だと思ってた。

だけど、違った。

名前も知らない裏山で、名前も知らない誰かを助けようとここへ来る前に、カバンに二つの封筒を入れた。

一つはななが入れてくれたお給料、もう一つは両親から俺へ宛てた最後の手紙だった。

なながバイクを運転する後ろで読んだ手紙には、確かに父さんと母さんの文字で、父さんと母さんの言葉で、悪魔と出会ってから今日までの一連の出来事が偶然でなく必然であったこと、俺との約束、たった一度だけ行った、俺が忘れてしまった家族旅行の思い出、それから俺への謝罪と相変わらずの弁解が書かれていた。

けれど、その弁解も俺への愛情表現だったと今際の際になって思う。

何もかも、俺の許されない勘違いで、嫌われてると思い込み、俺は両親を嫌ってた。

ごめん、父さん、母さん、俺は約束を果たせずに死ぬよ。

神様、どうか俺を父さんと母さんの元へ連れて行ってくれ、地獄だっていい、俺はどうしても謝りたいんだ。嫌ってしまったこと、たった一回家族で行った旅行すら忘れていたこと、全部謝りたいんだ。

だからどうか、お願いします…。

この必然は俺の忘れかけていた夢を叶えるためのものだったけど、俺は死ぬ、ななにも、おっさんにも、たった一人の親友にも、誰にも言えずに終わるんだ。

ようやく目を開けると、そこには真っ赤に染まった川が流れている。

三途の川だ。

あれを渡ればきっと、父さんと 母さんの元へ行けるはず、と信じて橋を探すしてみたが、なんだよ、つくづく運に見放されている。橋はない。

「仕方ない、泳ぎは苦手だけど泳いで渡るか、死んでるんだからこれ以上は死なないだろう」

そう呟いて、たった一人で、三途の川に足をつける。うん、思ったよりも普通の川みたいだ。

ゆっくりと歩き出す、いや、水の中で速く歩ける人なんていないんだろうけど、おや、ここからはずいぶん深いし激流だ。

「うわっ!」

しまった足を滑らせた。どんどん流されていくのを肌で感じる、苦しい、これ以上死にたくない。傍から見たら溺れているように見えるかもしれないけど、俺は今、人生で一番泳いでる。(…死んでるんだ、俺)

なんだか少しコミカルになってきた気がするけれ…

はあ、一向に先へ進めない、それどころかずっと流されてる気がする、このまま流れていけばどこへ行くんだろう、地獄か、もしかしたら意外にも、天国への近道だったりして。

誰かに足を掴まれた。

また獣か、否、この感触は人間の手だ、そのまま引っ張られていく、どこまで引っ張るんだろう。

目が覚める。

目の前には獣は居らず、ななが泣きながら俺の手を掴んでいる。

「仁火斗のばかぁ、なんでわたしを呼ばなかったの、なんで一人で戦おうとしたの、指輪もつけてないなんて、信じられないよぉ。本当に心配したんだからぁ。」

ななは泣きじゃくっている。生まれたての赤ん坊みたいにわんわん泣いている。それに触発されたように、気づけば俺も泣いている。

「ごめん、なな。俺はもう死んでいいと思ってた。誰かを助けることなんてできないって決めつけてた。ごめんなさい」

「もういいよ、君が生きていれば、それでいい」

「どうして俺の怪我は回復してるの?骨とか砕けてたような気がするし」

「仁火斗のばかぁ、何も知らなかったの?悪魔の装飾品は身につけた人間を悪魔にするんだよ。だから悪魔と同じくらいの力と回復力、再生力が手に入るんだよ。だから、身につけてないと死んじゃうんだよぉ。ばかぁ」

悪魔の異常すぎる再生能力に心底驚く、おっさんもこの装飾品がトップクラスとか言ってたし、今度は悪魔の装飾品に助けられたのか。

ななが左手の中指にこの指輪をはめてくれたんだろう。

しばらく沈黙し、泣き止んだところでもう一度ななに謝罪と感謝を端的に伝えた。

「ごめん。ありがとう、なな」

「もういいよ」

ななはいつもの調子で晴天の如く笑った。辺りはもう真っ暗だったけど何だか眩しかった。

「獣はどうなったの?」

俺はあの化け物がどうなったのか知りたかった。

「一度わたしの水の力で追い払ったんだけど」

言いながらななは林を指さした。

暗い闇の林の中で鋭い眼光を放っている獣は、どうやら、ずいぶんとご立腹のようだ。

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