第六話
第六話
そこには 四十代くらいの、失踪した十六歳の娘の母親と思われる女性が座っていた。
極普通の母親なんだろうけど、生まれてこの方ほとんど母親の顔を見ることなく育ってきたみなしごの俺からは母親らしさは微塵も感じられない。
「すみません、お電話させて頂いた化け物退治専門家、バスターコーヒーの水面です」
(読者のために解説を挟むと、バスターコーヒーという店名は、ゴーストバスターズのバスターからそのままおっさんがつけたそうだ。)
「同じく、専門家の波空仁火斗です」
と、専門知識はおろか、化け物についてもついこの前知ったばかりだけど、全く無意味な嘘をついて一礼した。
母親らしいその人は誰がどう見ても高校生である俺たちを見て驚いたのか、左手に持っていたティーカップを落とした。
「ごめんなさい、娘と同じ高校生だなんて思わなかったから驚いてしまって。どうぞお掛けになってください」
とりあえずななの動向を伺ってから座る。母親は店員にコーヒーを三杯注文した。
「早速本題に入りたいのですが」と話し始めたが、恐らく俺はこの会話に参加できそうもないので、とりあえず二人の顔を順番に見ながら話を聞くことにしよう。
「娘は普段から真面目で、大人しくて、私の言うことを聞かないようなことはありませんでした。クラスでも成績は良かったですし、いじめられている様子もなかったと思います。だからどうして三日も家に帰っていないのか不思議であなた達に相談したんです。どうか娘を連れて帰って来てください」
母親は人の形を模した人形のように、表情を変えずに淡々と娘のことについて話した。
「なるほど、死力を尽くすつもりではありますが、もう少し具体的にお話を伺ってもよろしいでしょうか。メールで記載されていた『おかしなこと』について。」
「はい、あれは今から一週間ほど前に娘は学校内で流行っている噂について私に話していたんです」
母親は窓の外のドラえもんでお馴染みの裏山のような小高い山を眺めながら、夏の風物詩と言える怪談話を始めるように話し始めた。
「あそこに見える山の頂上に祠というか、神社というか、私も直接見たことはないんですけど。そこに祀られている鏡に願うと、自分の本当の姿が写し出されるという噂で。娘は居なくなってしまう前に山へ行って神様にお願いして、本当の姿を見に行ってくる、と言っていたんです。娘はそんな俗説を信じるような子ではないと思うんですけど、連絡もつかないし三日も帰って来なくて。」
「分かりました。自体は急を要するかもしれないので今すぐに私たちが山の祠に行って娘さんを探し出します。」
ななが立ち上がったのを見て俺も即座に腰を上げた。
「お会計は私がしますから、どうぞ山へ向かってください。」
「ありがとうございます。」
ななは再び一礼して、店を出ようとする。
「娘さんは俺達が助け出します」
根拠も論拠もないけれど、絶対に探し出すという誠意を見せるように深々と一礼し、店を後にする。
田舎町ならではとも言えるだだっ広い駐車場の端に停めてある大きめのバイクに乗り、裏山を目指して走り出す。なんとなく、尾崎豊の十五の夜が脳内再生される。(ダメだダメだおっさんと違って十五じゃない)と脳内で言って停止させた。
「なな、この事件俺たちで本当に解決できるの?」
不安があるわけじゃないけど、警察に相談した方が早く解決するのではではないかと思ったのだ。ただの誘拐事件かもしれないし、ただのなんて言い方だと被害にあったに女子高生に咎められそうだけど、俺が解決したいのは怪事件であって誘拐事件じゃない。
「んー、そうだなぁ、粗方見当はついてるけど、実際に見て見ないと分かんないかな、曲がりなりにも専門家だからできる限りのことはやってみるけど」
そうこうしてる間に山の麓に着いた。
遠くから眺めていたから分からなかったけれど、思ったよりも険しくて、高そうだし、女子高生が一人で登るにしては危なそうな山だろう。
いささか町の雰囲気とは違う異質な雰囲気を感じた。
それでも、ななはなんの憂いもなく歩き始める。
山の中腹辺りまで登ったところで持ってきた菓子パンを半分にちぎってななに渡す、菓子パン片手に怪訝な顔をして「嫌な予感がするよ」と言った。
化け物退治ができることに興奮していた俺だったが、そんなななの顔を見てると不安になってくる。
いよいよ頂上だといったところで不気味な獣の鳴き声が山全体に響き渡る。
こんなこと考えたくはなかったけれど、不気味な鳴き声を聞いて少なからず恐れおののいた俺は、娘さんは化け物に襲われたんじゃないかと考えてしまった。
それでもななは差し支えなく、祠を探して散策している。
ななには怖いものなんてないんだろう。
俺は別の場所を探してみるよ、と言って臆病な気持ちを押し殺して、ななに背を向けてを歩いた。
…見つからなかった。鏡の祀られている祠なんかどれだけ探しても、どこにも見つからなかった。
闇夜が刻々と迫っているのを、日が焼けていく様子を見て分かった。
日が沈んでしまえばきっと、帰ることさえ難しくなるだろう。
「もう、祠なんてないんじゃないか」