第二話
第二話
「ここまで悪魔の指輪が似合う男は他にいないな。さぁさぁ僕に着いてきな、可愛い女の子も待ってるぜ。お兄さん」
「お前は繁華街でキャッチやってる下っ端かよ」
我ながらなかなか的を射るツッコミを入れた。
「さあて、冗談はこのくらいにして本題に入ろうか。まず改めて自己紹介だ。俺の名前はミレイブ・オーウェン・ノーティスだ。どんな呼び方でも構わないよ」
そう名乗るおっさんの顔は着眼大局の視点で見ても悪魔ではなく、異国人でもなく、紛れもなく日本人だ。
それに自己紹介なんて先刻一度もしていなかったし、なんだかコーヒー臭い、加齢臭なのかもしれないけれど、とにかくどこか胡散臭い。やはり、信じ難い。
「おっさんって呼ぶ」
「それでいいよ。ところで俺は悪魔だって言ったけど、少し違う、俺は悪魔と人間のハーフ釈○でーす」
十年以上前にほんの少し流行った程度のギャグを十六歳の少年に披露して、爆笑を取れるとでもと思ったのか、失笑だよ、伝わりはしたけれど。
「お前のセンスを確かめる。左手の中指鳴らしてみろ」
お前のギャグのセンスが古いことは確かめられたよ。
俺は指を鳴らすのが上手い方ではないが、できる限りありったけの力を込めて指をならした。何が起きるのか検討もつかない。
有り得ないことが有り得る現象を、今しがたこの目で目撃したんだ。もうどうとも思わない。
…ドゴォーン、と文字通りの爆音を立てゴミバケツが爆発した。目を疑った、同時に自分の指を疑った。俺自身が爆発を起こしたのかと思うと、おののいた。
いもしない誰かに弁解するように左手をポケットに入れた。
「ほぇぇー。たまげたたまげた。いやぁ、びっくりだよ。この指輪こんな悪魔的に強いんだ」
「知らなかったのかよ。把握しておけよ、そんな物騒な兵器のことくらい」
「俺も使おうと思ったんだけど、悪魔の装飾品ってのは気まぐれでね。選ぶんだよ、人を。装飾品の性質、能力、魔力に合っているかどうか、使う人間にいかほどの魔力があるのか。何より精神力があるか否か、悪魔的な観点で見極めるんだよ、悪魔の装飾品自体が。まぁ、俺は選ばれなかったんだけどな」
お前、ハーフのくせに選ばれなかったのかよ。
「悪魔の装飾品に力を見せられ、魅せられ、心を支配される。と、人間は思っているようだが、いや違う、人間が人間自信を、己の心を支配しているだけなんだよ。悪魔の力というのを口実に、力を手に入れ自尊心をうしなった愚かな人間は力のままに、欲望のままに暴れる。だから悪魔は人を狂わせる。自業自得だっていうのに。今から何百年も前に悪魔の指輪も、その他、悪魔の装飾品も魔法も、悪魔そのものも人間は消し去った。無いものにした。他でもない、人間が。自らの過ちを被害者面で悪魔に押し付けた。責任転嫁だよ。悪魔や悪魔の装飾品からしたら酷い話だよ。自分は何もしていないのに、愚かな人間の邪な心で使われて、その上消されるんだぜ」
人間のことが嫌いなのか、こいつ。
「悪魔は人間よりも『力』があった。悪魔的にやばい悪魔の装飾品を創り出したのは、人間が持っていて悪魔が持っていない『知恵』と引き換えに悪魔が人間に渡すものだった。それが契約さ」
『力』と『知恵』の交換ということか。
「『知恵』のある人間は自らの手で悪魔の装飾品も、魔法も、魔法の術式さえも創れるようになったらしいんだけどな」
人間は賢さを持ち、それと同等の愚かさを持ち合わせている。そういう風に自分の中で納得する。
「話はそれだけど、結局その指輪の力は強大だ。装飾品の中でもトップクラス。下手すりゃこのあたり一体ドッカンって爆発できる。ま、そんなこと出来たら下手じゃなくてむしろ上手だな。はっはっはっ」
得意げに言うがピンと来ないし、それどころか困惑する。
「…要するにこの指輪は指を鳴らして爆発を起こせるってことか?」
「そういうことだ。くれぐれも力に溺れるなよ、そういう人間はいつだって消されてきたんだぜ」
俺はかなづちだ、そもそも泳げない。だから、溺れるも何も、泳がない。しかしそれでも泳ぐ努力をしようと鑑みる。(愚かな俺は溺れかねないな。)
「お前は今日から悪魔だ。そしてお前に仕事を与える。化け物退治だ。それが俺とお前の契約だ。おっと、話し込んでいる間にもうこんな時間だ。そろそろ店に戻るか。ななも待ってることだし。契約成立ってことで」
お前は悪魔だ?化け物退治?大体、ななって誰だ?しかも勝手に契約成立かよ。『知恵』は、どこいったんだよ。まだ契約する、なんて言ってないし、そんなおっかない『力』要らねえよ。どんな不平等条約だよ。
…ま、いっか。考えるのはもうやめよう。
空を見上げる。
俺とおっさんを見つめるビルの群れはいつの間にか夕焼けのオレンジを反射し、俺たちを照らす。
少しは退屈しなくて済みそうだ…。
「後のことは何とかなる。たぶん。とりあえず着いてこい」
これまた胡散臭く、曖昧な表現でおっさんは不安を煽った。しかしながら、俺には一抹の不安も生じることは無かった。ポケットから左手を出す。
「俺は悪魔になったのか…」
そう呟いて、おっさんの後を着いていく。多分住み込みで働かされるんだろう。
気が付けば、ビルに囲まれたこの道は、この町は、人混みで溢れかえっていた。