第九話
第九話
十二月二十四日。サンタクロースが世界中の良い子のために大きな袋を片手にトナカイを走らせ、メリークリスマスとか何とか言いながら空を駆けようとする頃だ。
子供達はさぞ喜ばしいだろう。そりゃあそうだ、あんなに優しそうな髭のじいさんが面識どころか名前すら分からない子供達に、どこから発生しているのか、はたまた発生させているのか、丁寧に包装された包の中にそれぞれが望むおもちゃやら何やらを無償で提供しているんだから、それで喜べないような子供は相当な捻くれ者か、あるいは幼少期の俺だ。
そんなことを考えながら明日間美来と共に学校からバイト先のカフェへ歩いている。
「何考えてるか分からないけど、どうせまたネガティブなことでしょ。あーつまんないつまんないつまんない。もうクリスマスだって言うのに彼氏はできないし、友達もできないし一人寂しくクリぼっちだなあ」
同じぼっちとしてはかなり共感できるし、なんならもっと言ってやりたいけれど、コンプライアンスに引っかかる恐れが有るので割愛。
「なあ、クリぼっち回避するためにも、うちの店でクリスマスパーティーでもやろうぜ。明日は日曜日だし、ななと、不本意だけど、おっさんも誘って。プレゼント交換とかもしてさ」
「うちの店忙しくなるし難しいんじゃないかしら?クリスマスキャンペーンでクリスマスケーキ作るってななも張り切っているようだしし、小汚いおじさんだってまだ放浪の旅の最中でしょう」
そう言えば思い出した。あのおっさんは、新たなる魔法を手に入れるためにお前らを置いてこの街を、いや、日本を出る。じゃあな、元気でいろよ。と格好つけて意気揚々と出ていったのだ。はっきり言って全然かっこよくなかったし、なんなら最後に、東は、あっちか、とか言って南に進んでいく様はとてもじゃないけど頼りない。むしろ誰かに頼った方がいいんじゃないかと思わんばかりに情けない。
かく言う俺も器の大きい人間じゃないけれど、おっさんを反面教師にして全うな人生を歩みたいものだとつくづく思う。
そんなこんなでようやっとうちのカフェが見える一本道に差し掛かったところで、幼い少女と、その後をこそこそ着いていく不審者らしき女子高生の後ろ姿を目にした。
少女は、六歳から八歳くらい、と言っても、正直、六歳も八歳も大差はないように思えるけど、金髪ロングで季節外れの真っ白のワンピースに麦わら帽子を被った可愛らしい様子だった。
一方で不審者らしき女子高生は、俺たちと同じく(否、俺たちは不審者じゃない)、学校帰りなのか制服を着ていて、ショートヘアの、いかにもスポーツ女子って感じの一見普通の女の子だった。
電信柱の陰に隠れて小さな少女の背中に、いつ襲いかかってやろうかと、さながら獰猛な野生動物のように目を光らせていた。
確信した。不審者だ。
さすがに、まだ幼い子供が今にも襲われそうな所を黙って見ているだけ、というのは人間としてありえない。悪魔であってもありえない。
「あなた、何をやっているの?」
俺よりも先に隣の明日間が動いた。
「見て分からないか、あの女の子すごく可愛らしいだろう。いやあ、下校中に偶然獲物を、じゃなくて可愛らしい女の子を見つけてしまったものだから少しくらい一緒に遊んであげようかなあ、なんて思ってな。それで話しかけようか迷っていたところだ。別に全然怪しいものじゃないぞ」
聞き捨てならない。確実に言った獲物って。
「じゃあお前は、あの女の子に話しかけようと思ってこそこそ隠れて後をつけてたってことか?にしても、小さな女の子と仲良くなりたいだなんて女子高生が考えるようなことか」
「わかった。そんなふうに言われるのなら正直に話そう。…私は変態だ!」
「あなた本当に、何者なのよ?」
「そうだな、私は変態淑女とでも名乗らせてもらおうか」
俺たちの方に一歩近づいて声高らかに言い放った。
「公然の場でそんな恥ずかしいことをよくもまあ堂々と恥ずかしげもなく、大きい声で自慢するように言えるのよ。それとあまり近づかないで。私から歩み寄るつもりはさらさらないわ」
今日も毒舌は絶好調なご様子だ。
「いや、気にする事はないぞ。私はあくまでも、ロリと下ネタが好きな変態であって、君たちくらい成長してしまった高校生なんかには。…少ししか興味無いぞ」
「そこは否定しろよ!いや、いっその事完全否定しろ!」
「思春期だから仕方ないだろう。それとも君たちは思春期なのに興味がないのか?どちらかと言ったら君たちの方が少数派だろう。…いや待てよ、今日はクリスマスイブだし、学校帰りに男女が二人、そういうことか」
どうやらあらぬ誤解を招いてしまったようだ。俺たちは健全な高校生だから、当然そんなわけがないし、そういうことは大人になってからだろう。
話してる限りじゃこいつの淑女要素ひとつもねえぞ。
「いやあ、すまない、邪魔をしてしまったみたいだな。ほら、私のことなんか気にせず愛を育むといい」
「あなた勘違いしているようだけど、私とこいつはそういう関係じゃないわよ」
「そうだぞ、俺たちは友達同士でそういう関係じゃねえぜ」
「あら、やめてちょうだい。友達同士だなんて、その言い方だとまるで私と仁火斗が同レベルの人間みたいじゃない。たまらないわ。あなたと一緒にされるってことは私にとってとても不愉快なの、そこに落ちてる空き缶と同レベルと言われている気がするのよ」
「お前そのキャラにかこつけて俺の悪口言うのやめとけよ、初登場で主人公の悪口叩きまくる新ヒロインって、お前の大好きな好感を読者は持ってくれないぜ。なんなら、お前こそ読者に叩かれそうなもんだけどな」
「うっさい黙れ空き缶以下のリサイクルも、リデュースも、リユースもできない無価値の、、、、」
悪口のオンパレードを読者の皆様に読ませるわけにはいかないので割愛。
「ふーん、そうか。とにかく二人は恋人同士というわけではないのだな。気が合いそうなお二人だし、存外、夫婦になったらお笑いコンビになって、夫婦漫才でも披露していそうなものだけどな。おっと、いかんいかん、女の子に逃げられる前にせめて写真だけでも取らねば!」
誠に遺憾だ。
変態は学生カバンから一眼レフを取り出し、膝立ちで構えシャッターを切ろうとした。
が、いつの間にか少女は消えていた。