第零話
第零話
「へえ、すごく美談めいた終わり方でしたけれど、よくよく読み返してみたら実に滑稽なお話ですね。でも、愚かな人々の愚かさが如実に表されていて素敵です。感動しました」
アメリカはここ、グランドキャニオンの断崖絶壁の崖っぷちで逆立ちをしながら、ナニカくんはにやにや顔で言った。
「最後の感動しました、がすごく棒読みだったことはさておき、君、そんな所で逆立ちなんかして。落ちても助けないからな」
「おやおや、よく言いますね。なんでしたっけあれ?ええと、自分一人助けられないような弱者が誰かを助けようだなんて差し出がましいにも程がある、でしたっけ?いやあ、弱く愚かな仁火斗さんがボクのことを果たして助けられるんですかね」
「そこはあんまり深く追及しないで欲しいな」
「ボクの目のように真っ黒けな黒歴史ですね。くすくす」
「あんまり大人をあしらうなよ。俺だって怒る時は怒るぜ。まあでも、確かにあの時の俺は自分から見ても愚かだったと認めざるを得ないほど無様だったよ」
「大人って言いますけど、仁火斗さんは随分若いですよね」
「見た目だけだろ」
「私は精神面について言及したんですけれどね。それより仁火斗さん。一つ、ボクの中に疑問が残ってるんですよ。被害者女子高生ちゃんは一体何故、裏真の鏡が裏を写すことを知ったんですか?本当の姿が写し出されるという噂を聞いて鏡のある祠へ向かったんですよね。お話の中のどこにも、被害者女子高生ちゃんがどこで知ったとか、いつ知ったとかの話が出てこなかったんですけれど」
「君は本当によく喋る子だな」
「お褒めに預かり光栄の至であることこの上ないですよ」
「いや、褒めたつもりは無いし、寧ろそんなにいっぺんに喋られるとツッコミに入る余地がないからな。もう少し、僕につっこませてよ」
「どうぞ。勝手にしてください。それよりボクの疑問について答えて頂けないのですか?いたたまれないですよ。人に文句言ってるのはあなたも同じじゃないですか。ほら、早く教えて下さいよ」
「なんだか君の言うことはいつだって正しいと思ってしまうんだよな」
「その通りです。ボクは正しさの象徴です。アンパンマンです。愛と、勇気と、あなただけが友達です」
「うーん、そうかなあ。まあでも、君が言うならきっとそうなんだろうな」
「おやおや辛辣ですねえ。あなたがつっこみたいと仰ったから渾身のボケをして差し上げたのに。やっぱりあなたは愚か者だ」
言いながら体勢を変えたと思ったら今度は、崖っぷちブレイクダンスを披露し始めた。見ているこっちがゾワゾワする。
「話が一向に進みませんね。ボクの疑問はなんでしたっけ?」
「どうして被害者女子高生が裏を写す鏡だと知っていたのか、だろ。それについては今後の物語でわかるよ」
「ふぅーん、じれったい人だなあ。まあいいです。あなたが死にかけたお話を聞くのは、ボクにとって三度の飯より美味なものですよ。いつかボクも殺しかけたいです」
「殺しかけたいってなんだよ!そんな『したい』があってたまるか」
「ははは、ボクは何度死にかけても復活するあなたの死体を見てみたいですね。『したい』だけに」
ナニカちゃんはしたり顔でそう言った。
「おっとっと、うわー!」
足を滑らせたナニカくんは棒読みで悲鳴をあげて、谷底へ落ちていく。
何も考えずに僕も谷底へ飛び降りた。