第八話 下
第八話 下
「あなたは鏡の中の人間だ」
残酷で、無慈悲な真実を突きつけられたかのように、俺と被害者女子高生ら呆然と立ち尽くした。
が、今ひとつ理解できない。
「待ってよなな、今の話と噂を聞く限りだと、写し出されるだけで鏡の中の人間と入れ替わるなんて言ってなかったよね?って顔してるね。そこがネックなんだけどさ」
どうやらなんでもお見通しの名探偵らしい、もはやワトソンのでる幕は無かった。
「本来、仁火斗が言ったように」
いや、俺はなんも言ってないよ。
「この鏡には姿が写るだけで別に鏡の中の人間と入れ替わったりはしないよ、本人が望まない限りはね。つまり何らかの理由で表のあなたが故意に入れ替わろうとした、結果何も知らないまま鏡の中からあなたは…」
「言いかけて止めないでよ。私が一番気になるんだから最後まで教えてくれる?」
「それじゃあ、直接本人に聞いてみよう、こっちに立って」
被害者の女子高生は鏡の前に立つ。
「三、二、一、出てきて!」
なながカウントダウンをすると、中からもう一人の、何だか全身傷だらけの被害者女子高生が鏡の中から出てきた。
「…すごいわね。あなた達の言う通り、私が表の人間よ」
表の人間と名乗る彼女はもう一人の被害者女子高生よりも幾らか落ち着いた口調で、まるで俺たちを知っているかのように話し始める。
「私は今の生活が嫌だった。お父さんと離婚したお母さんが狂っていくのが怖かった。お父さんと離婚して、毎日仕事漬けのお母さんはどうしても苛立ちを隠せなかったみたいで。それでも、一ヶ月暮らせるか心許ない収入で一生懸命働いているお母さんを私は尊敬してた。だから、私はお母さんのように誰かのために働ける立派な人間になりたいって思うようになった。それで必死になって勉強してお母さんを心配させないように、少しでも経済的に助かるように、偏差値の高い学校に進学した。けれど、お母さんは最近になって溜まっていたストレスを私にぶつけ始めた。毎日殴られて、蹴られて、怒鳴られて、しまいには、あなたなんて産まなきゃよかったって、あなたのせいで私の人生はめちゃくちゃになったって」
もう一人の、『表の被害者女子高生』は泣きながら続ける。
「私は許せなかった、今までお母さんのために生きてきたのに、あなたなんて産まなきゃよかった、なんて言われて。それで家出しようと思って、興味本位で私はこの祠までやってきた。はじめは、自分の裏を見たかっただけだったから、恐る恐る鏡に写る裏の自分を覗いた。だけど、鏡の中には私は写っていなかった」
「なるほど。やっぱりわたしの勘が当たったね。裏のあなたは真面目で大人しい心の裏で、凶暴で乱暴な心を持っている化け物だったってわけか。ってあれ?写ってなかったの?」
写っていなかったって、じゃあ一体ここにいる『裏の被害者女子高生』は一体どこの誰なんだ。
全然分からない。
ななはどうやら再び閃いたようだ。
「なるほどねー。うんうん、そうかそうか、わかったよ。『表のきみ』は、きっと純粋なんだね。純粋で純度百%の君は鏡に写らなかったから、自らの意思で、いや、自ら意識的に裏の自分を作り上げ、無理矢理裏の君を写し出させた。けれど、『裏のきみ』も『表のきみ』が生み出した同一人物、純粋で乱暴じゃなかった。そこであなたは憎き母親に復讐するためにわざと『裏のきみ』に化け物の皮を被せて、暴れさせようとした」
とうとうさっぱり分からない。
「…私はこの鏡が本当の姿を写すわけじゃなくて裏の姿を写す鏡だって知って、鏡に写し出した私自身に化け物の皮を被せた。化け物になればお母さんに恨みを晴らすことができるって、表の私にはそんなこと出来ないから、私の作り出した偽りの私にやってもらおうって思った」
ということはあの獣は被害者女子高生の裏ではなく、『表の被害者女子高生』が意識的に作り上げた『裏の被害者女子高生』に化け物の皮を被せた姿だったということか。
ようやく理解できた気がした。
被害者女子高生は本当に恐ろしい復讐をしようと試みたのだった。けれど、それはつまり、被害者女子高生が化け物を生み出してしまうくらいに苦しい思いをしていたということを意味しているんだろう。
家族の苦労を分からない俺には感じることの無い苦しみだったんだろう。
「でも、それじゃあ、まるで『表のきみ』が『裏のきみ』を暴走させていたみたいじゃないか。」
「その通りだよ。冴えてるね仁火斗。『裏のきみ』は別に復讐したいだなんて少しも考えていなかった。だって純粋無垢な『表のきみ』と同じだもんね。結局、自分が罪を被るのが嫌だったから『表のきみ』は、化け物の皮を被せた『裏のきみ』を引きずり出して自分は鏡の中に閉じこもった、誰にも見つからないように、誰にも咎められないように。『裏のきみ』も結局きみだ。きみが考えた通りに動かせる。だから、岩で祠の入口を塞がせてからこの山に放した。『裏のきみ』いずれ山を下りて母親に復讐すると願って」
全ての辻褄が合う。
なながあの時、術式展開、と言ってかけた魔法はおそらく、文字通りの化けの皮を剥がす魔法だったんだろう。
『裏の被害者女子高生』が何も分からなかったのは『表の被害者女子高生』に化け物の皮を被せられていたから、ということだろう。
「でも、なんで化け物は三日も山を降りずに、山の周りを歩いてたんだ?」
「元々とっても純粋で優しい子が作り出したんだよ?だから多分、君の復讐心もそこまで強いものではなかったんでしょ。いくら化け物の姿をしていたとしても、それは外見だけで、実際は純粋な女の子なんだし。それに、本当はこの祠から出たくて自分の意思で祠を塞いでしまったことを後悔してたから、だから、私たちが謎解きをはじめてすぐに姿を現したんでしょ」
名探偵ななは全ての真実を知っているのか、ワトソンの俺には不可能な謎解きだ。
裏も表もどちらも自分自身。
作り上げられた偽りでも、結局はたった一人の高校生なのだ。
表裏一体ではなく、文字通りの一心同体。
「うわぁぁぁぁあん」
『裏の被害者女子高生』は先程の俺たちのように、赤に泣きじゃくる『表の被害者女子高生』に話しかけた
「一人で考え込んでないでせっかく鏡に写し出してくれた私に言ってくれればいいのに」
「ごめんなさい。あなたに酷いことをさせちゃった。ごめんなさい」
涙ながらに『表の被害者女子高生』は謝った。
「もう泣かないで。悲しいことも、苦しいことも、楽しいことも、嬉しいことも、私達で分かち合いましょう。お母さんにだって私たち二人なら向き合える、せっかく純粋無垢な私が作った裏なんだから、きちんと話し合って二人でどんな壁も乗り越えて行きましょう」
『裏の被害者女子高生』は優しい口調で慰めた。
俺達が『表の被害者女子高生』を連れて祠から出ようとした時、鏡の中へ戻った『裏の被害者女子高生』は満面の笑顔で表の彼女へ言った。
「困った時は、いつでもここにおいで。私はあなた自身なんだから」