1977 昭和52年のホテルの一室(1)
四十年後にれいらと咲菜が待っていたのと同じ席に女性が二人座っていた。一人はこれでもかというほどのミニスカート、一人はブーツカットのジーンズでいる。席はフロアのほぼ真ん中、入り口からもレジカウンターにも近く、すべての席から見える位置にある。
二人とも口を閉ざしたままティーカップをかき混ぜている。
「咲子、ちょっとどう思う。かなえちゃんの相手」
ジーンズの彼女はロングの髪をかき上げた。顔を寄せて声を低くしてささやく。
「かなえがブタブタって言うからどんなだろうと思ってたら、ほんとにブタだったわ」
カフェの入口に白いい花が現れた。
広がったフレアを揺らしながらニュールックの彼女はどすんと席に腰をかける。
「疲れた!」
「そりゃ疲れるでしょうよ。衣装合わせがあんな騒ぎになっちゃったんだから」
ミニスカートの咲子はちょっとかがんで彼女の服をつまんだ。うす青い刺繍の蔦が網の目のように巻き付いてからんでいた。
「にしてもすごい恰好。かなえちゃんどうしたの?」
「ああこれ?」
叶江は自分をちらっと見降ろした。
「ママのを借りただけよ。ちょうど他になかったから」
「すっごい目立つ」
「そう?」
短めのパーマの髪をぱっと後ろに払って叶江は財布を取って立ち上がり、バッグはまたどすんと投げ出すように席に置いた。
服もさることながら姿勢がいいので百人に一人の容姿とまでいかなくとも顔かたちを十分に引き立てる役割を果たしていた。
コーヒーを器用に一滴もこぼさずに運んできた叶江は、座る前に少し足を曲げ腰を落としてテーブルにカップを置いた。
ジーンズの麗子は少し乗り出してテーブルの上に投げ出されている叶江の指先に触れた。
「結婚、いやじゃないの?」
叶江は赤い口を尖らせて考える風だった。そしてはっきり言った。
「まあ、いやだわね。でも仕方ないわ。誰でもいつかはするもんでしょ」
咲子と麗子は顔を見合わせる。
「しかし君、叶江は嫌とは言っとらんわけだし」
咲子と麗子は午前中、叶江が式を挙げる予定のホテルの一室で座ったまま叶江を待っていた。
目の前には上品な成りをした老人が背広姿の青年と押し問答をしている。若い男の方はぱりっとした幅広襟のスーツの中にカラーシャツを着こなしている。
「そこですよ。お父さんの苦しい心を汲んで叶江くんは一言たりとも愚痴を出さない。(咲子と麗子は顔を見合わせた)よしこの柔肌を野獣になりとも捧げよう、そう決めたからには誰一人、心の葛藤を見せてなるものかと決めとるわけですよ。叶江くんはそういう人です」
「しかし君…」
麗子が咲子にささやいた。
「だらしないわね、叶江のパパ」
口論は続いている。
「しかしと言えばだ、あのブタだブタだというのは頂けないね。叶江くんはあの調子だから、二言目にはおいブタ、とこうだ。ブタというのは失礼だよ。男にとっては最低の侮辱だ。僕は女房にそんな言葉使いを許したりはしませんね」
控え室のドアが開いている。廊下の真ん中に、小太りの小男が棒立ちになっていた。
きちんとしたタキシード姿なのに麗子は額にしわを寄せた。
何かがおかしい。違和感がある。何がおかしいのかしら?背の低い、色のしろいぽってりとした顔の男だ。頬は少したれさがってゆるんでいる。フレンチブルドックに似ている。愛嬌がなくはない…。
「君…」
カラーシャツの男が何かを指摘しようとして指をさした。
男がひょっと手を前に持ってきたので、全員の視線が下を向く。ズボンを履くべき所の下半身にタオルを巻いて、布の下からにょっきり毛だらけの足が突き出している。
日やけしていない異様に真っ白な肌が目を焼いた。長くて白い靴下とそこだけはきちんとした靴を履いている所がまたいっそう違和感がある。
咲子が頬を抑えて先に悲鳴を上げた。あとから麗子も追従した。