2019 令和元年の雑居ビル
四十年後にも、同じビルの同じ階段を少女が一人駆け上がっていた。
ビルは四十年も経てば古びて壁もくすんだ色になっており、そこかしこに細かなひび割れがあった。何より人が少ない。売り場はがらんとして退屈そうな顔の年配のパートがひたすら佇んでいる。階段を駆け上がる若い女性を、物珍しそうに見上げていた。
こちらは少し様子が違う。
口をきゅっとつむって息も乱さないようだったニュールックの女性とは違って、はぁはぁ、踊り場で止まって息を付く。パステルカラーの似合いそうな真っ白な肌に肩を過ぎた茶色い髪がふわふわっと垂れかかる。
彼女は上から下まで黒服だった。
スーツの足まで黒いフォーマルのパンプスだ。
四十年前と四十年後、時は違っても、二人の女性が向かうのは同じ場所だった。
三階だからおそい旧式のエレベーターを使うより階段を上がった方が早い。
階段を抜けた入り口には女性用下着の売り場があるから男性はめったに近寄らない。間違えてうろついたりしようものなら、売り子の中年女性ににらまれる。
ニュールックの女性と少女は、三階のフロアに入り右側に曲がると下着売り場を抜けて南側に向かった。
螺旋状の階段をのぼってさらにぐるぐるとフロアの中で回転をする。
どこへ?どこへ?どこへ?
目まぐるしく変化するハンガーがぶつかりあって音をたてる。カラカラと鳴ってまるでフィルムが巻かれるような音がする。商品数で勝負とばかりにぎっしりとラックに下げられた女性服の海、一瞬、どこにいるのかわからなくなる。
無我夢中でかきわけるように抜けると、その先をさらに直角に曲がった袋小路の突き当りにそのカフェはあった。
ちょっとフロアを見渡して歩き回った程度では簡単に見つかりそうもない。
中からひときわ高い声が聞こえてきた。
「やぁだ。向こうが好きって言ってきたのになんであたしがしなきゃなんないの」