表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

モノクロームカフェ(2)

 




 だってわたしは知っている。

 愛はまぼろし、気のせい、勘違いだって言われるけど、あるもの。この世界に確かに存在する。

 わたしはそれを見た。


「花実ちゃんごめんね」

「どうしたのかなえちゃん」

 叶江がキッチンの前に座り込んでいる。

「焦げてるしまずいの。食べれたもんじゃないわ」

「大丈夫だよ叶江ちゃん、これ、おいしいよ」

「嘘ばっかり!まずいわよ。ブタのえさよ!ばか!なんでそんなに食べてんの」

「ぶひっ」

「もう!ばか!」

 叶江は涙混じりに笑い出した。

「ブタなんだから!」


 真亜子がコーヒーを持って戻って来た。

 どろっとしたコーヒーは濃いのに口当たりが良くて飲みやすかった。店員はいつも愛想がなくて背中から呼ぶと少しだけむっとしたような顔をする。それでこちらも遠慮なく長居が出来た。


 夢かまぼろしかわからないけど、ここに戻ってきてしまったのは、心をここに残していたのかもしれない、と真亜子は考える。

 優しい、あたたかな気持ちに満たされた時間が過ぎ去って、今は胸に奇妙な震動が生まれていた。


 誰のこと、考えてるの?真亜子。

 たぶん、自分のこと。


 れいらは恋愛に興味がないかもしれない。一人で生きていくってもうこの年から決めている。ママの言うとおり、お見合いはわりと理にかなっているかもしれない。でも昔はそのシステムの中で 逃げ出したくても逃げ出せず苦しんでいた人がいるかもしれない。咲菜は素敵なちびブタくんが現れて幸せかもしれない。


 でもそれは、わたしのことじゃない。


 すべてほかの人の話だ。

 衝動の果てにある未知が怖いと思っていた。何ひとつ訪れないのではないかと思うことも怖かった。いったいこれから、時間が真亜子をどこに連れて行くのかわからない。

 でももう何も怖くない。


 真亜子はひとつの成就、結末を見た。

 叶江の顔は憑き物が落ちたように穏やかになっていた。

 揺るぎ無いものはいま、あの叶江のなかにある。


 そして真亜子は自分だけの物語が欲しいと願う。

 その過程にどこかで待っているわたしだけのちびブタくんを拾うことがあるかもしれない。わたしが誰かのちびブタになることがあるのかもしれない。ないかもしれない。わからない。

 真亜子はカップを両手で支え、中を覗き込んだ。

 飲み干した痕の泡が茶色くにごって底に溜まっている。


 わたしはわたしの話がしたいの。


 人を愛するのはさびしいことなんだ。だって必ず別れが来る。

 幸せは呪いだ。捕らわれたら最後、それでも、それでも揺り動かされたい。

 この胸の石を砕き、取り出して抱きしめて欲しい。


 天啓として落ちてくる何かを、天に手を差し伸べて星が落ちるのを待つようにひたすら待ってはいられない。

 わたしはわたしの足で手で、この体とこころすべてで、星が見える空を見つけにいかないといけないんだ。

 どこかにある愛すべき自分だけの物語を作っていく。


 店員がかがみこんだので、真亜子はバッグを持って立ち上がった。

 普段愛想のない店員が心からにじみ出てくるような笑顔を浮かべ、腰を深く曲げてお辞儀をした。

「お客さま、お時間です」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ