モノクロームカフェ(1)
真亜子はカフェの入り口に立っていた。
きょとんとして真亜子は右、左と頭を動かしたが、友人二人の姿もどこにも見えなかった。
あれ、間違えちゃったかな?
店内には誰もいない。
狐につままれたような気分でいたが、真亜子はこんな時にあまり気にしない。一足、二足さっき出たばかりのカフェにまた足を踏み入れる。
腰回りが妙にふさふさしている。
真亜子は下を向いてからびっくりしたように体をひねって後ろを見ようとしたので、ねこがしっぽを追いかけているかのように、くるっと一回りしてしまった。
これ、おばちゃんがくれた服じゃない?
カフェの白い壁にはフラットな姿見がかけられているので、真亜子は前に立ち自分の姿を鏡にうつしてみる。
真亜子の腰回りを彩るのはニュー・ルックのレトロな服で、腰をきゅっと締め付けてからふくらはぎに到るまでふんわりと広がったフリルは白い花弁をさかさにした姿に見える。
楽しくなって一足、二足、歩いた。茶色の髪が肩先でふわふわ動きを添える。
盛り上がった花弁が揺れ、シルクの手触りが優しく素足に触れる。
きれい。かわいい。
壁にかかったウォーホルの絵の前を通り過ぎるといくつも並ぶ鮮やかな色が急激にぶれてにじんだ。
真亜子のゆったりと柔らかい外見の真ん中には芯があって、目覚めるたび横になるたびに少しずつ大きくなっていく。誇りと頼りともしていたその固さだが、いつかこれが皮膚を破るほど育ちはしないか。優しくしたいと願う人まで傷付けてしまう日が来るのではないかと真亜子はおそれた。
つむじ風のようにくるくる回った布の海が呼び戻したこの場所、四十年前から白く塗られた壁にかかるウォーホルの色が視線の先にぶれていく。
この四十年間、この場所はたくさんのひそかな噂話、打ち明け話、笑い声、叫びを映し続けてきた。
今もこうして呼び声に耳を傾けている。
何一つ聞き漏らすまいと。
「真亜子おいで」
そうだこの服、小さいときにおばさんが膝の上に乗せて見せてくれたっけ。
「大きくなったらあげる。きっと似合うわよ」
叶江は真亜子がつかんでいる小さなピンクのぶたのぬいぐるみを長い指で突っついた。
「あんたこれが大好きねえ。こぶたちゃん」
真亜子は耳をつかんで何か小さくつぶやいた。
「見てよ、名前まで付けちゃってる」
叶江は夫を振り返って呼びかけた。
「花実ちゃん、また太るつもりなの?ブタだからって私までブタにしないでよ!」
「これおいしいよかなえちゃん、まあちゃんも一緒に食べようよ」