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外へ(2)

 




「叶江おばさん!」

 真亜子の後ろに立っているベレー帽の女性を見て咲菜は驚いたが、それは確かに叶江だったが記憶よりもずいぶん若く美しく見えた。

 れいらが愛想よく挨拶をする。

「お元気ですか?」

「あったりまえよ」

 目じりに皺が浮かんでさざ波が立つように笑顔がにじんだ。若い頃よりも角が取れて柔らかくなった大きな目が三人を映している。

「着替えてきたの?」

「そう!ここで待ち合わせなの」

 荷物をどさっと投げるように置くやり方は変わっていない。

 叶江はすらっとのびた足を組んでブーツを前に出した。


 そこだけぱっと気配が変わる。

 美人にありがちなつんとした様子は微塵もなく、表情はくるくると動き老婦人ながらもかわいらしかった。ぽんぽんものを言う顔さえ愛嬌がある。

「これから友達と会うの。ここで待ち合わせなのよ」

 れいらが時計を見てびっくりした声を出す。

「いけない、もう時間だ」

 三人は立ち上がる。

「じゃあおばさん、良かったらこのままこの席使って?お母さんも来るの?」

「多分ね」

 叶江は真亜子の背をたたいた。

「元気でやるのよ、コブタちゃん。早くいい彼氏作って大金持ちと結婚して、私を楽させて!あんただけが頼りなんだからね」


 三人はカフェの入り口を抜けながら右に曲がり婦人服の海の中に入る。咲菜が果敢に先を行き、れいらが続いていた。

 あっけにとられた顔の友人たちに真亜子は困ったように苦笑いをした。

「おばさん、あれが口癖なの」

「私を楽させてって?」

 遠慮がちにれいらが口を出した。

「さっきあんたのことコブタって言ってたけど…」

「こういう肌の色でね、ちょっとピンクっぽい人のこと、おばさんみんなブタって呼ぶみたいなの」

「いやもうほんとに色々…あそこまで来るとむしろ清々しいわ」


 ハンガーがカラカラと音を立てる。

 咲菜が服をかき分けながら言った。

「でもさ、ちょっと悲しいよね。せっかく真実の愛を見つけたと思っても、叶江おばさんみたいにいきなりお別れになっちゃうんじゃね」

「人が死んだとき、いのちがなくなったから悲しいんじゃないの」

 真亜子ののんびりした声が、吊るされた婦人服の海の中に響いていた。

「この世から確かにあった一つのぬくもりが消えたというのが悲しいの。人が死ぬのが怖いんじゃないの。いろんな思い出がなかったことになるのがこわいの」

 右を見ても左を見ても、押し寄せる布、布、布にむせる。

 布はいつしか波うち、右に左に揺れて揺れて膨れ上がって襲う。ささやきがあふれ流れて押し流される。

 どこへ?どこへ?どこへ?


 いっときの幸せなど時間の流れの中ではあっという間に過ぎ去って行く。

 恋人が…結婚が…生活…子供…仕事。好きな人の幸せが自分の幸せ、ならば好きな人の好きな人の幸せは?

 すべてが蔓のように伸びてからみ合い、時間軸のある一点のみにとどめて考えてみても、突き詰めていけば結局は中心にうずくまって胎児のように身を丸め一人でいる自分がそこに居た。


 絶えずゆらぎ絶えず変化する。不確かな世界の真っただ中に置かれて混乱し、結局はどこにいるのかもわからなくなる。

 太陽が昇り月が満ち欠け、宇宙はいつか膨張し飲み込まれる。

 真亜子の両手が前に伸びた。胸がぽっかりと口を開けた。

 何かが足りない。

 何かを探している。

 真亜子の中で呼び覚まされた思いが、声なき声が叫んでいる。

 この大地がひっくり返っても変わらない何かひとつ確かなもの。

 揺るぎ無い確信が欲しい。





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