外へ(1)
咲菜がトイレから出ると、ベレー帽を斜めにかぶり、真っ白なモッズコートを来た婦人が背筋を伸ばしてゆっくりと通り過ぎた。
追い抜きかねて咲菜は仕方なく後をついて歩く。
カフェからはカバンを小脇に抱えた大きな黒ぶちめがねの小柄なご婦人が出てくるのが見えた。さっきまで咲菜たちの会話を咎めるような目で見ていた老婦人だ。
「あら」
「まあ」
ベレー帽の女性は立ち止まって、黒ぶち眼鏡のご婦人と立ち話を始めた。
すれ違ったとき、咲菜は二人の会話の中にブタ、という単語が出てきたような気がして頬を真っ赤にして身を屈めながら席に戻った。
この店には扉がないから、壁ごしに真亜子が咲菜を目ざとく見つけて手を振る。咲菜が小走りに戻ると、真亜子は興奮気味にれいらの携帯を指さす。
「わかるよさきなちゃん。これちょっとさ…かなりえっちだよ!」
「そんなことないって」
れいらが抗弁する。
「こんなのよくあるって」
「だってむねに服の生地がぴったりはりついてるよ!?スカートも不自然にめくれすぎ。ここ、太ももにこんな風には食い込まないから」
「だからそれはよくある表現なんだって。あんたたちまんが読まないの?アニメだってみんなこんな感じでしょ!」
二人とも声を潜めているつもりだったが、会話を続けるうちにどんどん大きくなっていって、また隣席の客たちが振り向いた。
店内の音楽は軽快なジャズに変わっている。
れいらはかがんで携帯を離そうとしない真亜子の目に、いつもと少しだけ違う輝きをみとめていた。
彼女のゆっくりした口調とぽてっとした白い肌は集団の中ではうとまれることもあった。
──は?この子にはこの子のペースがあるでしょ!遅いけど綺麗にやる。あんたなんて雑じゃん!
れいらのはっきりした物言いの後ろにこれまで咲菜も真亜子も二人とも隠れ、手を取り合って身を守っていた。
「まあちゃん。うらやましくなったんじゃないの?」
れいらがからかうように言っても真亜子はふわふわとした熱っぽい目で仔細に咲菜の彼が描いたまんがを見つめている。
読みながら笑った。
「でも…確かに。さきなちゃんだね、これ。すぐあわてるし、赤くなる」
「ちょっとぶりっこ」
「そんなこと言わないで?」
「こぶたちゃん」
とんとんと真亜子の背中をたたく指があって、真亜子は髪をふわっと波打たせながら振り向いた。