葬儀(2)
「まだ若いよ。すぐ次を見つける」
肩をすくめながら振り向いた彼は茶色いふわふわした髪の少女が額に皺を寄せて、こちらをじいっと見ているのに気付く。
その視線があまりにも強く胸を押したので、彼は思わずよろめいて膝を付くかと思ったほどだった。軽蔑、嫌悪、戸惑い…真っ赤になって背中を向け夫の背を見ながら咲子は真亜子に囁いた。
「あの人はね…昔、叶江ちゃんに『けんつく』を食らったのよ。ふられたの」
「だって…いまだに?」
「叶江ちゃんたち、子供が出来なかったからね」
「関係あるの?」
「あきらめきれない所はあったのかもしれないわね…」
自分の夫のことを他人事のようにそんな風に言う咲子おばさんをも、真亜子は眉を寄せて見つめる。
花実ちゃん。わたしね、思ったの。
この人なら、何があっても私を一人にしないって。
ママが言ったの。
あんたは一人では生きられないから、一生大事にしてくれる人を選びなさいって。
けどさ、だいすき、一生大切にする、どこにも行かないって?口ではなんとでも言えるわよ。
式場には色んな顔が見えた。
男前が自慢の紳士な従弟は結婚した奥さんを大切にしていた。でも叶江は知っている。奥さんにはほかにどうしても忘れられない人がいた。ずっと苦しんでいた。同級生で太った牛のような顔の男は成功して幅を利かせている。浮気ばかりで長年連れ添った相手ともついに離婚するとの噂だ。数年前までには、死ぬまで付き合うのだろうと見知っていたのに見えない顔もいた。あのひと若年性の難病にかかり、あのひとは早期退職してから妻と別居した…。
比べても意味は無い、わかっている。けれど叶江は歯を食いしばる。
どんないいことを言う人だって、いざ結婚して生活してみればさ。そんなはずなかったとか、ああいうつもりじゃなかったとかこうじゃないとか、これしてくれないとか文句のひとつも出てくるもんじゃない!
あのひとはわたしがどんなわがまま言っても、ひどいこと言っても全部、受け入れてくれた。
「あーあもう何も楽しくない」
「おばちゃん」
叶江は目を上げて、姪っ子がそばにいるのを見た。そっと指をあげ、真っ白な頬を撫でた。
「消えてなくなっちゃいたい」
叶江はそうつぶやいてから、やっと気が付いたように可愛いふわふわした茶色のくせっ毛を手に巻いた。
「こぶたちゃん?いたの?ここに」
「おばちゃん、ひとりじゃないよ」
「ありがとね」
横には畳の上に敷かれた布団が手つかずのまま綺麗に並べられている。
叶江はぼんやりとつぶやく。
「わたしたち、なんで子供できなかったんだろう」
真亜子が立ち上がって窓に向かう。カーテンの隙間から外を覗いた。
「落ち込んでるわたしに、平気だよ。ずうっと二人でいっしょにいようね、って言ってくれたわ…」
カーテンを引くと同時にざっと夕立が落ちてくるような音がして、光が部屋中にあふれた。
真亜子は振り向いて叶江に言う。
「おばちゃん、朝だよ」