葬儀(1)
真亜子ははっきりと覚えている。
「叶江ちゃん…本当に、本当にいい人だったわね、あんた幸せね」
咲子おばさんが涙を押さえながら叶江の前に手をついた。
小柄な背中を丸めている咲子の前で叶江は化粧の上からでもわかる真っ白な唇を左右に結び眉をひそめ、周囲を見渡していた。
「運ばれた時にはもう遅かったんですって」
「そんな死に方、男らしいわ。介護もせずに、生活出来るだけの準備は残して…叶江ちゃんは幸せよ」
「シッ!」
まだ通夜にもなっていない。安置されている自宅の仏間には人があふれていた。
葬儀社の職員が丁重に叶江の前に膝をついた。
「奥さま、お写真を…」
「写真?」
「いいわ、私が選ぶわ」
真亜子の母の麗子が立ち上がって職員と一緒にアルバムをめくりに行き、咲子は台所に立った。咲子は真亜子に言い残す。
「真亜子ちゃん、叶江ちゃんのそばにいてあげてよ」
それにしても弔問客が多い。ひっきりなしに誰か訪れて、誰かが出てはまた入る。一人一人、体をかがめて叶江と真亜子の前に頭を下げる。水族館で列をなしては次々に水中に飛び込むペンギンを思わせた。
まだ眠っているようなあたたかさが残る花実の前に来ると、ああ!と声が次々に上がり、話しかける声が聞える。
どうしたんだあんた。あんなきれいな奥さん置いて!早すぎるでしょ…もう、西条さんたら…。
そして客がもう一度叶江の前に来て、自己紹介して出ていくのを真亜子は叶江の後ろでじっと見つめていた。
同僚、同級生、団体客は定年退職してから勤めたパート先の仲間たちとのことだった。それから趣味で通っていた絵画教室の生徒さんたちが訪れた。
彼らの手によってそれなりによい額縁に彩られた絵画が枕元に次々に設置され、おじの枕元は突然、花が開いたように明るくなった。
涙と笑い声が入り混じる。
「菊よりも良いわね」
「題材は静物か奥さんか、二択だなこりゃ」
葬式でも叶江は蒼白でもきっとした表情でまっすぐ座っていて、真亜子はさすが気丈な叶江おばさん、と思ったが咲子と麗子は代わる代わる話しかける。
「叶江ちゃん、大丈夫?しっかりしてね」
喪主が唇を結んで一言も言葉を発しないまま、弔辞が始まった。
「花実は愛された人でした。誰もがあなたを愛しました。けれどこんな風に先に、私を置いて亡くなったことを…わたしは決して…決して…」
指先がぶるぶる震えているのが遠目から見てもわかった。
葬儀、出棺と進んで入り口を出てきた男性陣が口々にささやいている。
「独演会。ショーだなまるで」
──絶対に許さない!死ぬなんて許せない!冗談じゃない!
叶江は火葬直前に火が付いたように怒りだした。周囲が総出でなだめ、医者を呼ぶ声さえ聞かれた。
叶江の従弟であるおしゃれが自慢の彼は、ロマンスグレーの頭を振って言う。
「しっかり奥さんやってた人はこんな時も取り乱したりしないもんだ」
咲子が憤然として振り返った。
「あんた何を言うの?こんな時に」