青年は少女と出逢う
青年が、路地裏の片隅でうずくまっている。茶色の目立つ髪にボロボロのレインコート。もう三日も食べ物を口にしていない。周りには青年よりボロボロの服を着た人々が、壁にもたれかかってぐったりしていたり、中には死んでいる者もいた。流行病かはたまた餓死か。どちらにせよ、人は誰も近寄らなかった。
ここは、王国ルーガレドレフの首都ガレフだ。裕福な国でしられるルーガレドレフ。しかし、それ故に移民が増え、住居や仕事が無く野垂れ死ぬ人々がこの国で大問題となっている。
この青年もまた、移民の1人だ。名はカレフといった。見た感じ、只の青年だ。しかし、腰にさしてある剣が彼がただ者ではないことを物語っている。そう、彼は隣の国の兵士であった。隣国では、殺しの腕も人一倍優れていた彼だが、訳あって今この国にいる。
その青年の横を通ろうとした体格のいい男が立ち止まった。青年の顔を確認するかのようにしゃがみ込む。
「なん・・・だよ。おっさん、見世物じゃねぇんだぞ。」
カレフの今できる精一杯の脅しだった。男は暫くカレフを見つめると、こう言った。
「カレフ・・・で合っているか?。青年。」
カレフは顔を上げた。まだこの国で一度も名乗っていないのに何故かこの男が自分の名前を知っていたからである。そして、驚いたと共に警戒をした。剣に手を掛ける。自分の名前を知っている。それは詰まりカレフにとっての敵である場合があるからだ。
「まあ、そう怖い目をするな。俺は君の父の友人だ。クレハドール。聞いたことはないかい?。」
カレフは首を振った。カレフはそんな名前など聞いたことがない。仕方がない。カレフの父はカレフが物心つく前に死んだ。
「そうか・・・。」
男ことクレハドールが立ち上がる。カレフはクレハドールを見上げた。
「腹は減ってないか?。近くにいい店があるんだ。」
クレハドールはそう言ってカレフに微笑み掛けた。
∞*∞
カシャン、カレフの置いた何枚目かの皿が音を立てて落っこちた。カレフはそんなことには目もくれずに今食べている食べ物に没頭していた。そんなカレフを見てクレハドールは苦笑した。
「そんなに急がなくとも飯は逃げないさ。」
クレハドールがそう言った途端、喉に食べ物をつっかえてカレフは咳き込んだ。
「ほら。いわんこっちゃない。」
クレハドールはカレフの背を撫でてそう言った。落ち着いてくると、カレフは顔を上げた。
「おっさんは何で俺に構うんだよ。父さんの・・・友人の息子だからか?。」
カレフはそう言った。クレハドールはため息を吐くと、笑ってカレフの頭を撫でた。カレフはびっくりして首をすぼめる。
「お節介に理由なんていちいちつけてらんねーよ。」
わーっと髪の毛をぐしゃぐしゃにされたカレフはぐしゃぐしゃになった髪の毛の下からクレハドールを見た。子供の頃以来だった。こんな風に人に甘やかされるのは。
「それにしてもお前汚ぇな・・・。おーい、ファーム!。コイツを風呂に入れさせてくんねーか!。」
クレハドールがそう言うと、店の奥から黒髪の若い女の人が出て来た。
「今度はなんだい?。まぁ、汚い子だな。早くこっちに来な。」
カレフは女の人に言われるがままにそっちへと行った。
∞*∞
「どうよ!。」
女の人の声と共に、カレフは綺麗な服に着替えさせられて出て来た。こうして登場すると何か照れくさい。カレフはちょっとそっぽを向いた。
「おお!。お前金髪だったのか~。そこはクリフ似だな。顔は母さんだけど。」
クレハドールは笑いながらそう言った。クリフ、とはカレフの父である。そして、懐から金を出すと、机に置いた。
「ファーム。ありがとな!。じゃあ。」
クレハドールはカレフを連れて出て行った。ファームは呆れたように、代金よりあからさまに多い金を受け取った。
「またか・・・。」
女の人はそう呟くと、多い分のお金をカレフに差し出した。
「青年。お釣りだよ。あの人に言っても返されるだろうから好きに使いな。」
「え?・・・でも・・・。」
カレフは金の単位が分からなくとも大金なことは想像ついていた。しかし、カレフが返そうとすると、逆に押し返され、押し返されると共に財布まで貰ってしまった。
「いいから。貰っていきな。」
女の人はウインクすると、剣とレインコートを返してくれた。
「着ていた服は捨てちゃっていい?。」
女の人はそう言った。カレフは頷いた。クレハドールは、まだ店のすぐ前にいた。カレフはレインコートと剣をしっかり着ると、クレハドールの方まで行く。
「おっさ・・・。」
カレフがクレハドールに話しかけようとするが、
「おっさんじゃ無くてクレハドールさんな。あと敬語。」
とクレハドールに遮られる。う“、と呟いたカレフは正直に
「クレハドールさん。」
と言った。するとさっきとは打って変わって、
「はいはーい。クレハドールさんだよ。」
と言ったクレハドール。呆れたようにカレフはため息を吐くと、本題に入った。
「これから何処に向かうんですか?。お前の家か?。」
カレフはそう言った。クレハドールはちょっと首を傾げると、
「うーん・・・。俺の家・・・でも無いんだよなぁ・・・。」
と言った。
「じゃあ、誰の家・・・。」
カレフがそう言いかけると、雨が振ってきた。カレフは雨を見つめてその話の続きはしなかった。
「最近・・・雨多いな。」
クレハドールが不意に、そう呟いた。
「魔法って・・・カレフは信じるか?。」
魔法。それは御伽噺によく出てくるアレだ。魔法に関する物 や、そうゆう類いの職業はあるが、魔法はある意味”ない物”として扱われてきたこの世界では。
実際、カレフ自身も”魔法”は見たことが無い。
「俺は・・・見たこととがないけれど、世界のどっかにあるとは思いますよ。」
そう言ってカレフはレインコートのフードを被った。
∞*∞
カレフは少し遠くにいる少女を見つめていた。自分より2つか3つ下の少女は籠を抱えて走っていた。
「おい。待て!!。」
男3人が少女を追って向こうから現れる。あのキラキラしたいかにも金持ち感を出しているのを見るときっと人売りだ。少女も捕まれば売られて行くのであろう。少女のフードを男の1人がつかみ掛かる。
「何よ!。」
少女は壁に追いやられて、そう言って男をにらめつけた。
「おじょーちゃん。ちょっと道を教えて欲しいんだけど・・・。」
あからさまに下心丸出しで行った。少女もついて行ったらどうなるかくらい理解しているのだろう。少女はついに腕を捕まれてしまった。
「はなして!!。」
少女は抵抗して男の手を離そうとするが、なかなか外れない。
ああ、売られるのか。
カレフはそう思いながら少女を見ていた。不意に少女が此方を見た。2人は目が合った。一瞬で長いような時間。カレフはいつの間にかかけだしていた。男の手をひねりあげ、少女の前に立つ。少女は目を見開いた。
「おいおい。なんだよ。」
こんな奴に裂いている暇など無い。しかし、カレフにこの少女”は”見過ごせ無かった。カレフは剣も抜かずに男の首を叩くと男は倒れた。人を何百人も何千人も殺してきたカレフにとっては、護身術程度でこいつらを失神させることは出来る。カレフは構えると、こいよ、とでも言うように目で煽った。男たちはナイフやハンマーを取り出して、乱暴に振った。
「うっるああああああ。」
男はそう叫んで斬りかかってきた。そんな単純な攻撃をカレフはかわすと、男に蹴りを入れる。見事にそれは男のみぞおちへと入っていった。ぐふうっなんて情けない声を出して倒れた。すると隙を狙ってもう1人の男がハンマーを振りかざす。カレフはハンマーの力を使い、ハンマーを蹴り飛ばすと、案の定ハンマーは吹っ飛んだ。そのままハンマーを蹴り飛ばした足を軸にしてもう片方の足で男の頭を蹴った。男は倒れた。カレフは着地をすると、少女の方を向いた。
「こんなことくらい、自分でどうにか出来た。」
少女が此方を睨み付けた。カレフはそんな少女をみて特に何も思わなかった。助けてもこうなることくらいカレフは分かっていたのだ。
「そうか・・・。」
カレフはそうとだけ応えた。なぜ少女を助けたのかなど自分にも分からなかった。
「まあまあ、そんなピリピリすんなって。」
クレハドールが2人の間に入った。
「「クレハドールさん・・・。」」
カレフと少女の声が重なった。
長いのって疲れますね