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都市伝説事典  作者: ニカイドウ
幽体離脱編
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35話 後悔が顔を歪める

「馬鹿野郎、俺ぇっっ!!」


 タケルは後悔する。焦りがタケルの思考を曇らせた。

 動く人体模型が長い眠りに就く前に、ホルマリン漬けの殺人鬼を倒す方法を見つけなければいけない。タケルは焦っていた。

 しかし、焦りだけではない。花子を見捨てた後悔もあった。

「結果的には花子を助ける事に繋がる」という判断からの決断だったが、タケルにとっては、今、花子を見捨てた事に変わりはなく、その後悔も含めた黒い感情達が彼の心を曇らせていたのは間違いない。

 その雲が暗雲となり、焦るタケルの判断をさらに狂わせた……。

 ホルマリン漬けの殺人鬼に、「俺がどうやってお前を倒したのか?」と直接聞いてしまったのだ。

 当然答えるわけがない……。


「クソッ!下手したてに出るとか、怒らせて聞き出すとか、もっと良い方法があったはずだろうがっ!!」


 自分自身に罵声を浴びせるタケル。


「キシッ……。どうやらそれを聞いて、過去で実行に移すつもりだったようだなぁ?けど、そんなストレートに聞かれて答えるわけがねぇだろ?俺の黒歴史なんだからよぅ。」


 鏡のキーホルダーの中でホルマリン漬けの殺人鬼が笑う。

 しかしその直後、ヤツの様子が変わる。


「……え?何だ何だぁ?お前、顔が変わってないかぁ?」


 鏡のキーホルダー内で、ホルマリン漬けの殺人鬼が慌てたように言った。いや、実際慌てている。

 ホルマリン漬けの殺人鬼が、スペアの鏡の破片から覗いていたタケルの顔が、みるみる歪み出したからだ。


「……いや、これは鏡の歪みだ!な?そうだろ?おいっ!お前っ!!聞いてんのかよっ!!おいって……」


 しかし、タケルには鏡のキーホルダーからの声は聴こえていない。


 ドクンッ……ドクンッ……


 心臓の音?血液が血管を流れる音?

 しかし、タケルの肉体は、幽体離脱道場に置いて来た。今のタケルは魂だけの存在のはず……。


 ドクンッ……ドクンッ……


 その音がタケルの中で鳴り響く度にタケルの魂から何かが溢れ出していく……。

 その何かがタケルの顔を……、姿を、蜃気楼のように歪めている。

 タケルは自分の不甲斐なさを責める余り、無意識にマトリョーシカを発動し始めてしまっていた……!!


「な……、一体何が始まりやがったんだ!?」


 その異様な空気は、負のエネルギーの奪い合いをしていた、動く人体模型にも届く。


「ぅおいっ!人間っ!!なぁにやってやがるっ!!そんな事したら頭の上の糸が切れちまうぞっ!!!」


 動く人体模型が叫ぶ。幽体離脱中に糸が切れれば、魂は肉体に戻れず死亡。幽霊の道を歩む事になるだろう。


「…………」


 答えないタケル。


「…………何だこの野郎っ!人間の分際でワシを無視だと!!」


 怒る、動く人体模型。


「よく考えりゃ、ワシ、何で人間なんて助けてんだ……?こんな人間ごときのために、力まで使って…………なんか、だんだんバカらしくなって来たぞ!!」


 動く人体模型は、そう言って濡れた犬が水を飛ばすように全身を震わせる。すると、体にへばり付いていたホルマリン漬けの殺人鬼の肉片が、いとも簡単に一つ残らず四方八方へと飛んだ。


「おい、肉片ども。ワシは抜けるぞ!…………と言っても、今のこいつらは自動追尾でワシから負のエネルギーを奪ってただけみたいだがな。それにしても、あの人間、なんて膨大な魂の量だ……。人間離れしてやがる!!」


 動く人体模型は言った。その魂の量は、彼が感心すらしてしまうほど膨大。

 その時……。


『……ねぇ、動く人体模型。そこにいるんでしょ?』


 動く人体模型の耳に、囁きのような声が聞こえる。


「ん?何だ?誰がワシを呼んでやがる?」


 どこから聴こえたのかと探すが、話しかけているような相手は見つからない。

 再び声が聞こえる。


『……貴方には見えないわ。私はトイレの花子。タケルの手の中にある鏡のキーホルダーから貴方にテレパシーで話しかけているのよ。』


 テレパシーからは、言葉以外の情報も受け取る事が出来る。動く人体模型は、アンテナで微弱な電波をキャッチするように花子のテレパシーから情報を引き出す。


「……で、足の小指の爪程の消え入りそうな負のエネルギーしか残っていない都市伝説が、ワシに何か用か?」


『……確かに、私はホルマリン漬けの殺人鬼に取り込まれ、まもなく消化されて消える。このテレパシーが最後になるでしょうね。』


「なら、ワシになんか話しかけずにひっそりと消えたらどうだ?」


『貴方に言われなくてもすぐに消えるわ。私が貴方に頼みたいのはその後……。私が消えた後の事……。』


「ん……?」


 花子は、動く人体模型が話を聞くモードになっていると感じ、更に続ける。


『……今、タケルは、無意識にマトリョーシカを発動してしまっている。早く止めないと大変な事になるわ。』


「はんっ!ワシには関係ないね。ワシはもうこの戦いからは抜けたんだ!」


 口ではそう言っているが、再び肉片に襲い掛かられるリスクのあるこの場所から離れないのは、花子の話に少なからず興味のある証拠だった……。



 ……その後、2人は二言三言、言葉とテレパシーを交わし……


「……ま、その命を賭した願い、聞いてやらんことも無いぞ……。」


 動く人体模型が言った。

 その言葉を聞きながら、花子はホルマリン漬けの殺人鬼に消化され、消えた……。



「なんだなんだぁ!?急に鏡の破片に何も映らなくなったじゃねぇかっ!」


 無意識のマトリョーシカを発動したタケルのいる時間からいえば一年後の未来……。タケルが本来いるはずの現在の、夜の学校。旧校舎3階奥の女子トイレでホルマリン漬けの殺人鬼が言った。

 慌てて自らの腹部を確認する。

 ……ない。さっきまであったはずのトイレの花子さんの顔が消えている。


「はっ!そうかぁっ!!」


 何かに気付き、怒りの表情を浮かべる。そして、持っていた鏡の破片をトイレの壁へ投げ付ける。

 破片は壁にぶつかると、パリンと音を立て、更に細かくなった破片がタイルの床に撒かれる……。


「クソォ!俺が、取り込んだ都市伝説の力を使えるのは、その都市伝説が消化されるまでの間だけだ。あの女、それがわかってて、鏡の繋がりを切る為にわざと消化されやがったのかぁっ!!」


 ホルマリン漬けの殺人鬼以外誰もいない女子トイレからのホルマリン漬けの殺人鬼の叫びが、これまたホルマリン漬けの殺人鬼以外誰もいない夜の学校に響き渡った……。



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