9話 負のエネルギーを喰らう
「負のエネルギーを喰らう?」
タケルは考える…。
それが出来れば、もしかしたら吉川先生は瘴気を祓われ、正気を取り戻すのか…?でも、そんな事をしたら、この小さな人体模型はどうなる…?
「も、もしそんな事が出来るとして、今度はお前がああなっちまうんじゃあ…?」
タケルは心配する。しかし、小さな人体模型はフンと鼻で笑い、こう答える。
「負のエネルギーとは、都市伝説が生きるために必要な、いわば血みたいなものよ。都市伝説はなぁ、人の不安や恐怖を体内に取り込み、負のエネルギーをつくりだす。そして、それを体外に放出する事で人の心に傷を付け、さらに不安や恐怖を与えるのよ!その不安や恐怖を再び体内に取り込み、自らの負のエネルギーを増大させるためになぁ。都市伝説は、そうやって自らの負のエネルギーを増大させる事で、実体化や強化をしていく。…言わば、成長するのよ。しかしな、そいつの身の丈に合わん量の負のエネルギーを持ってしまうと都市伝説はどうなると思う?…負のエネルギーに支配されてしまうのよ。あの吉川のようにな。もちろんそれはワシとて同じよう。…だが、ワシの胃袋はちょっと特別に出来ておってな。実は、底の部分で異次元と繋がっておるのよ。ワシは、ヤツから必要な分の負のエネルギーだけをいただいて、後は異次元に放る事が出来る。ま、ワシの胃袋と言っても、ワシ自体が人体模型の胃袋。それに取り憑いたツクモガミなんだがな…。」
しかし、小さな人体模型はこうも考えている。
もし、こいつがワシを都合良く利用してやろうと考えようものなら、こいつも一緒に喰ろうてやろう…。
と。
小さな人体模型は、タケルの返答を待つ…。
「…もし出来るなら、頼みたい。」
タケルは言った。
「おっ!ワシに頼むか、人間。やってやらん事も無いぞ。お前が、頭を床にこすりつけて、お願いします。人体模型様!と頼むんならな!がはははは…。」
小さな人体模型は、下品な笑い声を上げた。
タケルは少しも迷うことなく 正座をすると、ドンッと頭を床に打ちつけて土下座をする。
「頼むよ!小さな人体模型!負のエネルギーを喰らってくれ!」
「ははぁ。自らの命が惜しいか人間…。格好悪いなぁ。」
小さな人体模型は、ニヤつきながら言う。
「…ああ。正直それもあるよ…。でもよ、それだけじゃねーんだ。俺は嫌なんだよ。誰かを犠牲にするってことが嫌なんだ!負のエネルギーがなくなれば、俺たちみんな助かるんだろ?俺も、お前も、桜田先生も。吉川先生だって!なら、俺の頭なんて安いもんだぜ。いくらでも下げてやらぁっ!」
「おい、小僧。ワシも吉川も、人間じゃあない!都市伝説なんだぞ!それでも助けたいと?」
「ああ。俺はもう誰も犠牲になんてしない!それが人間だろうと都市伝説だろうと関係ねえよ。」
タケルは、小さな人体模型の目を真っ直ぐ見つめて言った。
「人間…いや、タケル。お前はなかなか面白いなぁ。」
小さな人体模型は呟いた。その時!
ブォンッ!!
動く人体模型の腕が小さな人体模型を襲う!
気絶した桜田先生に興味をなくし、こちらに向かって襲いかかって来たのだ。
「貴様ぁーっ!ワシの体を奪っただけでは飽き足らず、このワシも襲うというのかっ!いくらお前でも許せんぞ!吉川っ!!タケル、ワシの力を良く見とけよ!」
小さな人体模型はそう叫んでから、自らの中にある空気をブオーッと全て吐き出す。そして、それ以上の力で周りの空気もろとも負のエネルギーを吸い込み始めた!!
動く人体模型からも、瘴気とともに負のエネルギーが吸い出され、小さな人体模型の口の中へ吸い込まれていく。そして、小さな人体模型は、吸い込む量に比例してみるみるふくれあがる。
「だ、大丈夫か…?」
タケルは不安を覚える。
このままふくれあがり、限界を超えた時に破裂するんじゃないか…?
小さな人体模型は、すでにタケルの身長ほどの大きな球体へと姿を変えていた。そこに、頭部と手足が申し訳程度に付いている。
突然、ボンッという音が鳴り、タケルは小さな人体模型が破裂したと思った。しかし、タケルの目に映ったのは、小さな人体模型の破片ではなく、元の姿に戻った小さな人体模型だった。
「…ふう、終わったぞ、タケル。」
小さな人体模型は疲れた声で言った。
そして、ここは負のエネルギーが行き着く先…。
そこには、何もない。そんな場所で少年が一人、ただ一心に本を読みふけっている…。
「…何かが入ってきた?」
少年は言った。少年は、気の遠くなるほどの時間をこの場所で、1人で過ごし、感覚が研ぎ澄まされていた。そのため、この世界への負のエネルギーの侵入を敏感に感じ取ったのだった。そして、負のエネルギーは少年に降り注ぐ…。
「な、なんなんだ、これは…?心がゾワゾワする…。怒り?不安?恐怖?悲しみ?まるで、僕が僕じゃなくなってしまうようだ…。…助けて…。助けてよ…。」
少年の心は、負のエネルギーに敏感に反応してしまう。彼は、本を置いて三角座りをすると、足の間に顔を埋めて涙を浮かべる。そして、かつての友の名前を叫んだ。
「タケルーーーーッ!!」