23話 ホルマリン漬けの殺人鬼と107体の都市伝説
「吉川先生……」
タケルは記憶を探る。
……確かに、吉川先生が成仏する前そんな事を言っていた……ような気がする!!
「……一年前のあの時、ホルマリンの中でお前の声を聞いてたよ。俺の話に良く似た話をしてるガキがいるなぁってさ。だから見せてやったんだ。「ここにいるよ。」って意味も込めてな。覚えてんだろ?」
ホルマリン漬けの殺人鬼の言葉を聞いてタケルは思い出す。
あの時、確かにタケルは見たのだ。眼球だけじゃない。カエルや昆虫の標本と一緒に、手首や内臓といった人体の一部が入ったビンが多数紛れ混んでいたのを!
そして、ビンに注がれ密閉されたホルマリンの中、まるでそれぞれが生き物であるかの様にうごめいていたのを……!!
「うわぁぁっ!」
タケルは当時を思い出し叫ぶ。
「あーあ。叫びたいのは俺の方だよ……。あの日……復活して向こうの世界へ行き、お前達人間を恐怖に陥れる予定だったのにっ!!……はぁ。お前のせいで復活はお預けになったんだからなぁ……。」
哀しげに話すホルマリン漬けの殺人鬼。
「……え?」
タケルには身に覚えがない。
「……あの時、俺はすぐに気絶して……」
そのタケルの言葉を遮り、ホルマリン漬けの殺人鬼は再び口を開く。
「……でも、良い事もあったなぁ。」
不気味にニターッと笑うホルマリン漬けの殺人鬼。タケルは気になってしまう。
「……良い事?」
「ああ良い事だ。あの日、お前のせいでバラバラになった俺の一部達がこの夜の学校の都市伝説達を1体づつ取り込んで来てくれたんだ。今、俺の体には107体の都市伝説が取り込まれている……。」
ツカツカとタケルに歩み寄るホルマリン漬けの殺人鬼。ホルマリンの匂いがツンと鼻につく。
「や、やっぱり本物の……?」
その匂いで本物だと確信したタケル。怖くなり後ずさる。
ホルマリン漬けの殺人鬼は、そんなタケルを掴もうと手を伸ばす。
「ひっ!」
タケルは条件反射的に目を閉じてしまう。
「やめなさいっ!」
そう叫んでホルマリン漬けの殺人鬼の手を掴み、2人の間に割って入ったのは花子。
「何だ?」
彼は、長い前髪から覗く両目で花子を睨みつける。
花子はその目を見て悟る。この男には勝てない……と。
花子の足がガクガクと震え出す。しかし、花子は足の震えを意思的にも肉体的にも無理矢理押さえ込み、相手を睨み返す。
「……私が……相手になるわ……!」
すると、
「……おお。108体目の都市伝説!」
そのヒリヒリと殺気立った雰囲気に反して、その表情は満面の笑み。しかし、その新月手前の三日月のような両目から薄っすらと見える瞳は冷徹。
「……!!」
花子の背筋をゾワゾワしたものが通り抜ける。力が抜けていくのを感じる。
「花子っ!」
同じくゾワゾワを感じ取ったタケルは、慌てて花子を助けようとホルマリン漬けの殺人鬼に掴みかかる。
「待ってタケルッ!あなたは行って!!」
力を振り絞りタケルを制止する花子。
「で、でもよっ!」
「俺は構わないよ。……2対1でも。いや、2対108かな?俺の中の107体も入れたらば……キヒヒヒヒヒヒヒ!」
女子トイレにホルマリン漬けの殺人鬼の奇妙な笑い声が響く。
「……そうだっ!」
タケルは思い出したように声を上げる。
「こんな時はアレだっ!」
「ダメよっ!」
タケルの心を読んだかのように素早く否定する花子。
「なんだよ?まだ何も言ってねーじゃんかよ!」
「わかるわよっ!単純なタケルのしそうな事くらいっ!」
「キシシ。何か妙案でも浮かんだのかい?」
ホルマリン漬けの殺人鬼は花子に掴まれた腕を後ろへ引く。花子はバランスを崩しながら彼の後方へ流される。花子はまだ手を離してはいないが、彼は気にせずタケルの方へと向かおうとする。
「や、やるしかないぜ花子っ!マ……」
「駄目っ!!」
花子は倒れるギリギリのところで踏み留まり、ホルマリン漬けの殺人鬼の腕をありったけの力で引っ張る。
しかし、ホルマリン漬けの殺人鬼は、
「ん?何だよ、引っ張られたら向こうに行けないじゃないか?」
と言っただけ。
花子にとって全力だったにも関わらず、ホルマリン漬けの殺人鬼にはほぼ影響は見られない。
ただ、こっちを向かせる事だけは成功した。
「……私が相手だってさっきから言ってるでしょ!ホルマリン漬けの殺人鬼っ!!」
出来る限りの大きな声で花子は言い放った。
相手の出方を伺う花子とタケル。
2人にとっては長い……暫しの沈黙。
……の後、ホルマリン漬けの殺人鬼が口を開く。
「……アイツはお前を取り込んでからにするか。ようこそ俺の体へ。108体目の都市伝説、トイレの花子さん。」
「まだ早いわよっ!」
そう言った花子にホルマリン漬けの殺人鬼は左の手のひらを向ける。
「何…?」
戸惑う花子。あくまでもマイペースに話し始めるホルマリン漬けの殺人鬼。
「……俺の能力は不老不死。ただし欠陥品のな。……自然治癒力がないんだ。だから、傷を回復させるためには人間や都市伝説を取り込み、そいつらの治癒力で回復させなきゃならない。今取り込んでる107体もバラバラにされ、ホルマリン漬けにされていた体を回復させるために使用させてもらってるよ。そしてその行為は、副産物として俺に素晴らしい第2の能力を与えてくれた。……俺は取り込んだ者が消化されるまでの間、そいつの能力を使う事が出来るんだ!」
「「えっ!!」」
タケルと花子は驚く。なんと、今まで白かった女子トイレの壁がジワジワと真っ赤に染まっていく……!!
話を続けるホルマリン漬けの殺人鬼。
「……この学校には昔、悪いことをした生徒を閉じ込める為の部屋があった……。でも、時代の流れってやつでその部屋は使われなくなり、そこへ続く扉も壁に塗り込められた……。」
「……。」
タケルはその話が本当かどうか確認しようと花子を見る。花子もこちらを見ている。
タケルは花子の目を見て、花子も同じ疑問を浮かべていることを察する。
とにかく話を聞くしかないようだ。
「……それから長い年月の経ったある日、ある生徒がその扉を発見した。なぁ、その生徒が部屋の中へ入った時、何を見つけたと思う?」
ホルマリン漬けの殺人鬼は花子に問いかける。
「?」
花子は答えられない。
「……ヒントはこの赤い壁。本当に赤いだけか?」
花子は確認のために赤く染まった壁に目を向ける。
「っ!!」
驚く花子。が、辛うじて声は出さない。
しかし……。
「ぎゃああああああぁっ!!」
声を上げたのはタケルだった。
タケルは見た。壁はただ赤く染まっていたのではなかった。
タケルは怯えた声でこうつぶやいた。
「じ、字だ……。壁中に赤い文字がびっしりと書かれてる……!!」
たすけて……ごめんなさい……もうしません……ここからだして……
誰かの悲痛な叫びを記した赤い文字によって、女子トイレの白かった壁はびっしりと埋め尽くされていた……。




