17話 元5年3組
タケルは渡り廊下を旧校舎に向かって歩く。さっきまで開いていた旧校舎への扉が閉まっている。
「あれ?風で閉まったのかな?」
タケルはドアノブに手をかける。
……開かない。鍵が掛かっているようだ。
「うわっ!どうしよう?鍵かかってんじゃん!何?オートロックだったっけか?これじゃあ旧校舎に戻れねーじゃねーかよっ!」
1人で喚くタケル。
「ここが夜の学校だからよ。元の学校ではこの扉は空いていた。だけどここでは鍵がかかっている。ただそれだけよ。でも、忘れてない?タケル、幽体離脱中でしょ?通り抜けなさいよ。」
花子が少し呆れたように言った。
「あ…………。」
タケルは自分が魂の状態である事を完全に忘れていた。
しかし、やったことの無い事をするのはなかなか勇気のいるもので、タケルも例外ではなかった。タケルは恐る恐る扉に両手を近づける。
「抜けろ……。」
そう念じながらゆっくり扉に触れる。
すると、触れた部分からズプッと扉に埋まっていく。
「……おお!」
成功した事に喜ぶタケル。続いて顔を近づけていく。扉に当たる寸前で少し怖くなり目を閉じながら扉に顔を押し当てる。
ズブブ……。
目を開けるタケル。
「うわぁっ!!」
心臓が飛び出るかと思った。タケルの顔が扉を抜けた時、その扉の向こう側に顔があった。
タケルは落ち着いて顔を確認する。
「……なんだ。ツトムか。びっくりしたー。」
タケルに13階段の話をしたツトムだった。
もちろんタケルの声はツトムには聞こえていない。姿も見えていない。が、もしツトムに今のタケルの姿が見えていたなら、驚いていたのはツトムのほうだったろう。
何故なら、扉の向こう側から見たタケルの姿は、顔と両手が扉から生えているようにしか見えなかったからだ。まるでス○ーウォー○のハン○ロ状態のタケルは、まさにホラーそのものでしかなかった。
「で、これってどんな状況だ……?」
タケルは、壁に埋まったまま考える。冷んやりして案外気持ちいい。
まだ記憶の扉は開かない。
「……確か1年前の行方不明事件が載った新聞には、行方不明になっていたのは6人だって書いてあった。俺、タケシ、じゅんぺい、カゲル、ツトム、モクメの6人だ。」
彼らはタケルも含めて元5年3組のメンバー。ま、夕暮小学校では6年生でのクラス替えはないから、今の6年3組でも同じクラスなんだけど……。
1年前の夏休み。タケル達6人は深夜の夕暮小学校に忍び込み、その日から3日の間行方不明になっていた。更に帰って来た6人は、その3日間の記憶を失っていた。
その事件は当時の新聞にも載ったほどで、ここら辺では少し騒がれた事件だった。しかし、誰もその間の事を覚えておらず、新情報が全く出なかったためすぐに下火になり世間から忘れられる……。
だが記憶のないタケルにとっては、その新聞記事の少な過ぎる情報だけが事件の記憶の全てだった……。
「でも、今考えると新聞記事が記憶ってのもおかしいよな?いや、おかしいと思わないのがおかしいと言うか……。普通何があったか調べようとするだろ?ほら、俺って好奇心旺盛だし……。」
タケルは言った。
それは、タケルが怪しむ度にモクメ……5年3組の黒板の目が記憶操作を施していたからなのだが……。
「なに一人でブツブツ言ってるのよ?」
花子の声が聞こえる。
「あ、ごめん。気になる事があってさ。俺、記憶を取り戻すためにここに来たからさ。」
「そうだったわね。」
「……まずはここにいるメンバー。俺は、新聞に書かれたメンバーだと思ってたんだけど……。」
タケルは辺りを見渡しながら言った。
その時、鍵の掛かった扉のドアノブをガチャガチャしていたツトムが口を開く。
「鍵が開かない……。」
「ど、どうするよ?ヤマト?」
この声は5年3組のリーダー的存在タケシの声。タケルはその言葉に疑問を浮かべる。
「ヤマト?」
タケルは口に出す。斜め上を見て記憶をさがすが、それは知らない名前だった。
ヤマトと呼ばれた人物は、タケシ達と何か話している。タケルは彼を凝視する。しかし、一年前の自分のようにモヤがかかっていてぼやけている。いや、自分以上にモヤが濃い。まるでマジックで塗り潰されたようだ。顔だけじゃなく、体格すら分からない。声も機械の音声案内のように無機質に聞こえる。
「あのモヤがかかってるヤツは誰なんだ花子?モクメじゃあないよな……?」
「ええ。彼は黒反モクメじゃないわ。彼の名前は結城ヤマト。あなたの幼馴染よ。」
そう答えた後、花子は少し悲し気な顔をする。
「結城ヤマト……。幼馴染……。駄目だ。思い出せねぇ。」
タケルは苦い顔をして言った。思い出せない事がとても悪いことのように感じ、心がチクチクする……。
「じゃあ、1階まで降りようぜ!」
突然、タケルの良く知った声がする。タケルが声のした方を向くと、そこにはじゅんぺいが立っていた。
「じゅんぺい!」
タケルは嬉しそうな声を出した。さっきまで一緒に幽体離脱道場にいた狭山じゅんぺいだ。タケルは、知らない場所で知っている人に出会った気分だった。少し気を持ち直したタケルは、とりあえず状況をまとめる。
どうやらここにいるのはツトム、タケシ、じゅんぺい、そしてヤマトの4人のメンバーらしい。先に新校舎へと向かったタケルを含めて5人。
「カゲルとモクメがいない……?どういう事なんだ?」
タケルは言った。
「そうね。あの新聞記事のメンバーと本当のメンバーは違うみたいね。タケル、あなたの記憶が戻れば何が真実かなんてすぐにわかるのでしょうけど……。」
花子が残念そうに言った。
「そう言えば名前のない霊能師は、……記憶を戻すにはパズルのピースが足りない……みたいな事を言ってたな……。パズルのピース……。それって足りない記憶って事だよな?きっと、俺が思い出せない記憶。……まさか、結城ヤマトの?」
その時、再びタケルの記憶の扉が開く。
記憶の中の声が聞こえる。
『……6人目はずっとあなたたちのそばにいたのよ。……そして、彼らの記憶を消したのは私じゃなく、6人目の能力よ。』
「い、今の声は……、名前のない霊能師?そうだ!この肝試しの最後に、俺たちは名前のない霊能師と対決をしたんだ!!そして、俺たちはアイツに助けられて元の世界に戻って来れた……。ん?アイツって誰だ?……駄目だ。思い出せるのはここまでみたいだ。」
タケルは残念そうに言った。
「でも、俺がこの夜の学校でやる事は分かったような気がする。それは、6人目を見つけ出す事だ。6人目を見つけ出し、記憶を消されるのを阻止する!あの日、名前のない霊能師は言っていたんだ。夕暮小学校での肝試しの前に俺たちは夕暮霊園で肝試しをしていた。6人目はその時から俺たちの中にいたんだって!なら、今ここにいるメンバーの中の誰かが6人目って事になる。これは幽体離脱している俺にしか出来ない事だ。俺が見つけなきゃいけないんだ!!」
タケルは決意に満ちた目をして言った。
その言葉に、花子は答える。
「……そうね。それが出来なければ、タケルは名前のない霊能師に負けるでしょうね。」
更に、
「そしてもう一つ。この旧校舎3階奥の女子トイレに来て。そうすれば、私も名前のない霊能師を倒すための切り札になるわ。」
花子は何か策があるように言った。
「わかった、行くよ。花子に最初に会ったトイレ……だよな。」
「ええ。」
「と、その前に……。」
タケルは何か思いついたように言うと、急にヤマトに近づいていく。そして、そのモヤを消そうと手で払ってみたり、フーッと息を吹きかけたりし始める。
そんな事をされているとは知る由もないヤマトだったが、何か違和感を感じているようだった。
タケルには塗り潰された様にしか見えないヤマトの姿だったが、花子にはその姿は見えている。彼がソワソワしているのがわかる。
「何やってんのよタケル。ヤマトが違和感を感じてるみたいよ。たまにいるのよ。鋭い人がね。」
と花子は言った。
「いや、モヤが取れてヤマトの顔が見えれば記憶が戻るかなーって。一応……。」
タケルはそう言うと、再びモヤを取る仕草を始める。
「とりあえずは、階段まで戻って、2階の渡り廊下を調べてみよう。」
うなじを気にしながら、ヤマトはみんなの話をまとめたようだ。タケルがうなじ辺りに息を吹きかけていた。
「もう良いでしょ?奥へ進みましょうタケル。」
花子はタケルに先に行くよう促す。
タケルは少し寂しそうに、
「やっぱ無理か……。」
と言った。
その時。
「……ごめん。みんなは先に行っててくれ。僕は、ちょっと気になることがあって。」
ヤマトは、旧校舎3階奥を見つめて言った。
タケルとヤマト。奇しくも2人は同じ場所を目指す事となる……。
「一人で別行動だって?まさか、この結城ヤマトが6人目なんじゃ……?」
タケルは心で呟いていた。
1年前の肝試し編に出てきたメンバー、好きなんですよね。