21話 名前のない女
タケルの母ちゃんの目に、Aマートにかけられた時計が映る。時刻はもう午後5時を回っている。
「あっ!なんで?もうこんな時間じゃないっ!宅急便が来ちゃうわ!それに、晩御飯作らなきゃっ!!大変大変……」
タケルの母ちゃんはそう言って、慌てて家に帰って行った。そして、タケル達もAマートを後にする。
「ふぁぁぁぁ……。」
ジンタンがアクビをする。
「おい、タケル。ワシは、またしばらく寝る!もう学校には戻さんで良いぞ。お前の机の引き出しに入れといてくれ。」
「……もしかして、負のエネルギーを喰らったのか?まさか、ミクちゃんを助けるために?」
タケルは驚く。
「ガキのためじゃねぇ!腹が減ってただけだ。」
ソッポを向くジンタン。
「それでも、ありがとよ。」
タケルはお礼を言った。ジンタンは、バツが悪そうに、
「ワシは寝る!ポケット貸せ!」
と言ってタケルのズボンのポケットにもぐりこむ。
モクメはその姿を見て、この都市伝説はそんなに悪い奴じゃないのかもなと思った。
その時、タケルの横を40代後半くらいの女性が通り過ぎる……。
その年齢にしては少し派手めな赤いカーディガンを腕にかけ、マイバッグからは少し細めの大根のようなものが出ていた。別段珍しくもない普通の女性だった。タケルも例にもれず、彼女を気にする事なく通り過ぎた。
しかし……。
「……メリーさんが消えた事で、色々な事象が無かった事になってしまったわね……。」
すれ違いざまに彼女はそう言ったのだ。
「えっ?」
動揺するタケル。モクメも赤マントも、とっさに戦闘態勢に入る。
「……気を引き締めろタケルッ!」
ポケットに入ったはずのジンタンも、再び肩へと戻っている。
「え?寝たんじゃなかったのか?」
「寝れるかよ!バケモノだぜ、アイツは……。都市伝説のワシから見ても…だ!」
女性は口に手を当て、フフッと上品に笑うと、
「あのベテランと若手の警察官コンビも相名勝馬の事なんて忘れて、今頃は町のパトロールでもしてるわ。……でも、残ったものもあるのよ。」
とマイバッグから大根のようなものを引き抜く。
「!!」
それは腕。山崎マリの眉間に刺さっていたメリーさんの左腕だった!
さらに女性は、タケルが赤いカーディガンだと思ったものを開く……。
「そ、それは、相名勝馬の赤い特攻服!!」
タケルは驚く。女性はニヤリと笑うと、メリーさんの左腕を掲げる。
「あれほどの負のエネルギーを取り込みながら暴走しなかった都市伝説の一部と……。」
次は赤い特攻服を掲げ、
「暴走しながらも自我を保ち続けた都市伝説の一部……。この2つがあれば、私の研究がまた一歩完成に近づくわ……。」
と言った。
「……お前は誰だ?」
タケルは女性を睨みつけて言った。
「……私を覚えていないなんて寂しいわ……御堂タケル。でも……仕方ないわよね。あなた、一年前の記憶を失っているんだものね。」
女性は、わざとらしく悲しい表情を作って言う。しかし、タケルは彼女のことなんて知らない。それに、一年前の記憶?失っている?
一体どういう事なんだ?
モクメと赤マントが構えたまま、女性との距離を詰める。
「やめなさい!……勝ち目がないことくらいわかるでしょう?黒板の目……、赤マント……。それにあなたたち……、もしかしてメリーさんの件、終わったとでも思ってるのかしら?」
女性の声は、低く冷たい……。
「……終わってないのか?」
タケルは呟く。もしかして、メリーさんと携帯で繋がっていた都市伝説がまだ存在した?もしそうなら……!
「ミクちゃんが危ないっ!」
タケルは慌ててAマートに戻ろうとする。が、それを止めるように女性は再び口を開く。
「ふふ。そうじゃないわ御堂タケル。ミクちゃんはもう大丈夫よ。メリーさんが消えた事で、呪いも消えた……。繋がっていた都市伝説達も力を失ったわ。」
タケルは思う。メリーさんの呪いが終わってないって言ったのはお前じゃないか!と。
すると、心の声がわかるように女性はこう答える。
「あなたが考えていることはもっともね。でも、あなたは思い違いをしているわ。」
タケルは恐ろしくなる。コイツ、俺の心を読んでるのか?
「そのとおり。誰であろうと私に隠し事は出来ないわ。……そこの小さな人体模型さん、ジンタンって言ったかしら?あなたもね。」
女性はジンタンに視線を移す。
「あなたが私の負のエネルギーを食べようとしているのはわかってるわよ。でも、仮に食べたとしても、それは意味のないことだわ。私は負のエネルギーを利用しているだけの、人間なのですから。ただ、特別なだけの…ね。」
「くっ……!」
ジンタンは先に釘を刺され、悔しがる。喰らう事が出来なければ、ジンタンは無力だ……。
「おいっ!黒板の目!赤マントっ!何してんだ!戦えよっ!!」
2人に八つ当たりのように叫ぶジンタン。
「……ごめん。」
「か、体が……動か……ない……わ。」
モクメと赤マントは喉から無理やり声を絞り出す。
「……その2人は、もう私に負けているのよ。私の言葉にね……。勝ち目がないと認めてしまったのだから……。」
女性は、タケルの目を見つめ直し、さらに話を続ける。
「ごめんなさいね。御堂タケル。あなたの質問、はぐらかしたわけじゃないのよ。メリーさんの呪いの件よね?実は、メリーさんは一体だけじゃない……。そう言ったらあなたはどうするかしら?」
「!!」
タケルは愕然とする。
もし、そのメリーさんも他の都市伝説と携帯で繋がっていたとしたら……?
再び同じような戦いを強いられたとしても、次も勝てる保証はない……。
「……何体だ?お前、いったい何体用意してやがる?」
ジンタンが言った。キョロキョロと、なぜか辺りを気にしている。女性は答える。
「……少ないわよ。……ざっと100体くらいかしら。フフフ。」
女性は口を手で押さえて上品に笑う。
しかし、その内容はタケルを震え上がらせるに足る。そしてタケルは理解する。さっきのジンタンの行動は200個の目を警戒しての行動だったのだ。今、タケル達は100体のメリーさんの200個の目によって監視されている!
タケルも先程のジンタンのように辺りをキョロキョロしてしまう。タケルの目に人形の姿は見えない。
しかし、視線は感じる!……ような気がする。
「もちろん各人形達には、他の都市伝説達5体から10体と繋がる携帯を持たせてあるわ。さぁ、御堂タケル。どう切り抜ける?強くなり続けるメリーさん達と戦う?それとも先程のように携帯を壊す?それならあなたは助かるわね。代わりに100人の持ち主が死ぬだけで……。」
女性は、子供がふざけている時のような笑顔でタケルを見ている。
タケルはもうダメだと思った。何も出来ず、何も思い浮かばないまま時間だけが過ぎる……。
実際はほんの数分だったが、タケルには何時間にも感じられた……。
そして、その沈黙は、女性の声で破られる。
「……冗談よ。今日は色々収穫もあったし、そのジンタンちゃんに真夜中の少女の負のエネルギーを食べさせることも出来た事だしね。もう引き上げるとするわ……。」
そう言うと、女性は歩き去っていく……。
足が震えている。タケルは彼女の後ろ姿を見送る事しか出来ない。
……でも、このままで良いのか?
心の声がタケルに問いかける。
タケルはこのままじゃ駄目だと思った。
「なぁ、おまえ、名前のない女……だろ?」
恐怖で狭まる喉から無理やり言葉をひねり出す。すると、堰を切ったようにタケルの喉から言葉が溢れ出した。
「夕暮小学校で吉川先生を人体模型に宿したのもおまえなんだよな?今回の事と言い、おまえ、何故こんなことを……?何故オレの周りで不可解な事件ばっかり起こすんだよ!!」
タケルは怖かったが、この女を許せなかった。周りの誰かが傷ついてもおかしくなかったのだから。いや、吉川先生やメリーさんはこの女がいなければ今も……。
「……あら、何もかもがあなたを中心に回っているような言い方ね。でも、私は何もあなたの周りで事件を起こしているわけじゃないのよ。逆に私が聞きたいくらいだわ。あなたは何故毎回毎回、私の計画を台無しにするのかしら?一年前のあの事も含めて……ね。」
「一年前?」
女の言葉にタケルは反応する。
「……そう。一年前よ。あなたは覚えていないでしょうけど、あの時、あなたは私の育てていた都市伝説を倒し、儀式を台無しにしたわ。あの時はあなたにこう名乗ったわね。名前のない霊能師……!と。」
「!!」
名前のない霊能師。
その言葉を聞いて、タケルの脳内を何かが駆け巡る!
5年生……夏休み……夕暮霊園……。
地蔵……ニット帽……6枚目……。
夜……学校……七不思議…………!!
「うわぁああーっ!!」
突然頭を押さえて叫び出すタケル。
名前のない霊能師は驚く様子もなく、冷静に話す。
「どうやら、あなたの脳内で、繋がりを絶たれたニューロンが再び結びつこうとしているようね……。」
タケルはうずくまる。頭が痛い……。
覚えのない記憶のようなものが現れては消えてゆく……。
「うぅ……。」
声が漏れる。
「……苦しそうね。それは、脳が一年前の記憶を思い出そうとしているのよ。でも、それは叶わないでしょうね……。」
「な、なにを言ってる?」
タケルは声を絞り出す。
「あなたの記憶には、パズルのピースが足りないのよ。大切な一枚の記憶がね。だから絶対に記憶は戻らない……。それを見つけない限りはね。その頭痛はしばらくすれば治まるでしょう。でもね、無理に記憶を思い出そうとすれば、再び痛みがあなたを襲うわ……。そして、その負荷に耐えられなくなった時、あなたの脳は壊れてしまうでしょう……。それが嫌なら、一年前の事は忘れたままでいる事ね。ふふふふ……あははは…………!」
笑い狂う名前のない霊能師。
頭痛に耐えられず、タケルの意識が遠のいていく……。
「今日はここまでのようね。では、また1週間後に会いましょう。今度は正真正銘、あなたを標的にしてあげるわ。あなたの学校を巻き込んでね……。」
名前のない霊能師の声が聞こえる……。
1週間後?何があった?
……そうだ。1学期の終業式だ。
ドサッ……。
タケルはその場に倒れこんだ……。




