5話 家に取りに帰ったもの
タケルは、家に向かって走っていた。
「ハァハァ…。状況はどうだ花子、大丈夫か?」
タケルは、キーホルダーを取り出して話しかける。
「ええ、大丈夫よ。」
花子の声がする。それは、先ほど花子から手渡された、鏡を加工して作られたキーホルダーだった。そこには、花子の顔が映っている。
タケルは安堵する。
「よかった…。でも、人体模型は…?」
「それがね…、タケルがトイレを出た後、急に動きを止めたのよ。あれから、ピクリとも動かないわ。まるで、ただの人体模型に戻ったみたい…。でも、私の結界じゃ、負のエネルギーの放出は防げても、コイツに集まる人の不安や恐怖は遮断出来ないみたい…。学校中の不安や恐怖が、今もコイツに集まってきているのがわかるわ…。実体化まで時間がないわよ。」
「わかってる!必要なものを持ってすぐ帰るよ!…でも、なんなんだコレ?変なものがやたらと見えやがる!さっきも人面犬がいやがったぜ…。」
タケルは言った。内心ビビり気味だが、無理に笑顔を見せる。
花子は、少し考え込んだ後、口を開く。
「ねぇ、タケル。あなたには、私や動く人体模型だけじゃなくて、そこら中にいる都市伝説が見えてしまうみたいね。」
「…そうみたいだな。」
「さっきも言ったように、都市伝説は、普通、人には見えないものよ。なのに、今のあなたには都市伝説が見えている…。」
タケルは、その理由を探す。いや、探すまでもなくアレだ…。
「…昨日まで俺に見えてたのは、普通の日常だったはずなのに…。これってやっぱり…?」
タケルは、左手を見る。左手には、都市伝説事典と書かれた黒い本が握られている。
この本はなんなんだろう…?とタケルは考える。一時は左手に吸いついて離れなかったこの本。だが今、この都市伝説事典は、タケルが自らの意思で握りしめている。
それは、タケルが学校を出てすぐのこと…。
試しに右手に持ち替えてみたのだが、都市伝説事典は、すんなりと右手に移動してくれた。
続いてタケルは、都市伝説事典を全力で放り投げてみた。するとそれは、空をブーメランのように旋回し、タケルのオデコ目掛けて襲って来た。
「うわうわうわっ!待ってくれよっ!もう絶対にしないっ!絶対に捨てないからさっ!」
タケルは叫びながら目を閉じる。とっさに両手でオデコを守る。その直後、都市伝説事典は、オデコに激突…!
…とはならずに、タケルが目を開けた時には再び左手に戻っていた…。
「なんなんだよ…。この本…。」
タケルは言った…。
それからは、捨てるという意思さえなければ、都市伝説事典は左手に吸い付くことはなくなった…。
「…その都市伝説事典のせいかもね…。」
右手のキーホルダーから花子の声。タケルはその声で今に引き戻される。タケルは、両手でオデコを守るようなポーズを取っている。
「あっ!」
タケルはごまかしつつポーズを崩しながら、花子に話しかける。
「花子、この本について何か知ってるのか?」
タケルはキーホルダーを覗き込む。
花子は答える。
「その本は、この世のあらゆる都市伝説が載っているという伝説の本よ。でも、あなたの持っているそれにはほとんどの都市伝説が記されていない…。理由はわからないけどね。でも、あなたが出会った都市伝説はそこに追加されていっている。もしかしたら、都市伝説事典は、その失ったページを埋めるために都市伝説を呼び寄せているのかも知れないわ。そして、タケル。あなたは、その副産物として都市伝説が見える目を与えられたのかもしれないわね。」
「な、なんてこった…。」
なんでこんなもん拾っちまったんだ…。
タケルは後悔するが、そんなことも言ってられない。…もう捨てる事も出来ないんだ。今、出来ることを…!
「もう行くよ。何かあったら呼んでくれ!」
「わかったわ。気をつけて。」
タケルは、キーホルダーをポケットにしまうと、再び走り出した。さらにスピードを上げて…。
「ただいまっ!」
ドアを勢いよく開けるのが先か、その声が先か?
そして、タケルはすでに階段を上り、自分の部屋へと向かっている。
「あんた!まだ昼じゃない!何しに帰ってきたの!!」
かあちゃんの声が飛ぶ。
「忘れもの!すぐ帰るよっ!」
そう言いながら、学習机の中をガサガサと探す…。
「あった!」
タケルは、あの日から仕舞ったままだった人体模型の胃をポケットに突っ込むや否や、ドタドタと階段を降りた。
「いってきまーす!」
「気をつけるのよー。」
かあちゃんの声と、せんべいを食べるバリッという音が聞こえた。
「花子、今から帰るからなっ!」
タケルは、ポケットの中のキーホルダーの、さらに向こう側に聞こえるように大声で叫んだ。
タケルを待つ花子。花子は、止まったままの人体模型を見つめている…。
こうして近くにいることで、花子は今までわからなかった人体模型の想いを感じていた。人体模型の怒りの奥底にあるもの。怒りに邪魔されて微かにしか感じられないが、それは、深い悲しみ…。
「あなた、もしかして…?」
そして、校門前。こちらに向かって走って来るタケル。それを呼び止める声。
「おいっ!御堂、待つんだ!」
それは、担任の桜田先生だった。
「あっ!ごめん先生。ちょっと忘れもので…家に…。」
タケルは言い訳を口に出す。
「何言ってるんだ?みんなもう家に帰ってるぞ。」
桜田先生は言った。
「え?」
「なんだ?知らなかったのか?学校で、集団失神事件が起こったんだ。何か、有害なガスが校内に充満している可能性があるらしく、午後からは休みだ。」
「へー、そうなんだ…。」
そう言って、何事もなかったように先生の横をすり抜け、校内に入ろうとするタケル。動く人体模型は、いつ実体化してもおかしくないはず。時間がない!
「おいおい、聞いてなかったのか?校内には入れないぞ!もうすぐ警察も来る!」
そう話す先生の横を強引にすり抜けるタケル。
「ごめん、先生!…そう、忘れ物!絶対に今必要な忘れ物が中にあるんだ!先生は、早く避難して!」
タケルはそう言い残すと、校内に消えて行った…。