13話 真夜中の少女
13話
「あら、どうしたの?小さなお客さん。」
タケルの母ちゃんが、門のほうへ歩きだす。タケルは、ジンタンを見る。
「……あの子、本当に都市伝説……なのか?」
不安な表情で言った。もちろん、門の前の女の子の事だ。
「ああ。都市伝説なのは確かだ。」
ジンタンは答える。
「タケル、僕も感じるよ。あの子は都市伝説だ……。」
モクメもジンタンに同意する。
「ミクちゃんのお友達?」
タケルの母ちゃんは女の子に話しかける。
タケルは、ミクちゃんを見る。タケルの視線に気づいたミクちゃんは、首を横に振り、
「知らない子……。」
と言った。
門の前の女の子が口を開く……。
「おばちゃん、たすけて……。」
それを聞いたタケルの母ちゃんは、慌てて門のかんぬきに手をかける。
「ダメだ!母ちゃんっ!」
タケルはかんぬきにかかった母ちゃんの手をつかむ。
「何するんだいっ!小さな子が助けを求めてるのに!」
「わかってるよ!わかってるけど……。」
……普通なら助けないという選択肢はない。タケル自身もそれは良くわかってる。しかし、相手は都市伝説。ミクちゃんと母ちゃんに何かあってからじゃ遅いんだ!
「俺の気持ちもわかってくれよ!」
「タケル!母ちゃんは、あんたをそんな冷たい人間に育てた覚えはないよ!」
タケルの母ちゃんは、タケルの静止も聞かず、かんぬきを外し、門を開けてしまう。
女の子は門を入って、タケルの母ちゃんに抱きつく。その目には、大粒の涙が大量にあふれている。
女の子は、声を殺して泣いていた。まるで、何かに見つかるのを恐れるように……。
その時。
「すいません。今、女の子、来ませんでしたか?」
その声に、タケルは門の方を見る。すると、髪の毛はボサボサ。ヨレヨレのTシャツを着た、30代前半くらいの眼鏡の男が立っていた……。
女の子は、母ちゃんの陰に隠れる。母ちゃんもそれに気付いて、その男から見えないように女の子を背中に隠した。
タケルはこの状況を、ある都市伝説と重ねる。
「まさか、これはあの都市伝説か…?」
都市伝説事典がパラパラと音を立てる……。
タケルは、都市伝説事典の開かれたページをのぞく。そこに書かれていたのは……?
真夜中の少女。
ある夜の事……。山の中をドライブしていると、前方に人影が見えた。慌ててブレーキを踏む。車のライトに照らされて見えたのは、1人の少女だった。少女は窓に近づくと、必死の形相で、
「助けて……!」
と、窓をバンバンと叩く。しかし、運転手は、こんな真夜中に、山の中に少女がいるなんておかしいと怖くなり、少女を置いて走り去ってしまう……。
しばらく進んだ時、前方に男がいるのが見えた。
運転手は、先程、少女を置き去りにした罪悪感もあり、男の前で車を止める。男は、
「すいません。女の子見ませんでしたか?」
と尋ねてきた。話を聞くと、その男は少女の父親で、山ではぐれてしまったのだそうだ。
運転手は、男に少女と出会った場所を教え、帰路に着いた……。
しばらく経ったある日。運転手は、その男と再会する……。
それはテレビのニュース。男は、連続幼女誘拐殺人事件の犯人として報道されていた。
あの時、少女を車に乗せていれば、もしかしたら犯人は逮捕され、その後の事件はなかったかもしれない……。
あの時、少女を車に乗せていれば、すくなくとも、少女の命は助かったのに……。
タケルが、真夜中の少女のダウンロードを終えたのとほぼ同時に、男はタケルの母ちゃんに話しかける。
「実は、娘とはぐれてしまいまして……。」
「えっ?」
タケルの母ちゃんは、わかりやすく慌てる。
「母ちゃん!落ち着いて!」
タケルは、母ちゃんの代わりに前に出る。
「もし、その女の子を知ってたとして、あんたが父親だって証拠は?」
タケルは男を睨みながら言った。
「証拠…?」
男は、そう言いながら、こちら側を観察している。 そして、タケルの母ちゃんの陰に隠れている女の子を見つけてしまう。
「あっ!マリ!探したよ。」
男は言った。マリと呼ばれた女の子は、タケルの母ちゃんの陰から出ようとしない。
「どうした?お父さんだよ。さぁ、一緒に帰ろう。」
男は、そう言って開いた門から中へ入ろうとする……。
ガチャン!
かんぬきの閉まる音。閉めたのはタケルだ。
「どういうことだ?」
男は、少し怒ったように言った。
「……あんたが父親だって証拠がなけりゃ、この子を渡す事は出来ねぇよ。あんたが誘拐犯だって可能性もあるんだからな。」
タケルは言ってやった。タケルの母ちゃんも、
「その通りね…。」
とタケルの言葉に感心する。そして、
「でもまぁ、疑うばかりってのもなんだし、本当の親じゃないとわからないような質問に答えてもらうってのはどうかしら?」
と言った。タケルは、この男が誘拐殺人犯の都市伝説だと確信しているので、質問なんて必要ないと思っている。が、そもそも都市伝説の存在を知らない母ちゃんを納得させるためには必要なんだろうとも思う。
「じゃあ、僕が質問させてもらうよ。」
と、モクメが言った。モクメは質問を考えるため、マリちゃんとほんの2、3分ほど2人で話をし、男への質問へと移った……。
「まずは、あなたとこの子の名前をフルネームで答えてください。」
「私は山崎 悟。この子は山崎マリです。」
「……。」
モクメは山崎悟と名乗った男の一挙手一投足を見逃さないようにじっと見つめる。
「……で、答えはどうなんだよモクメ?」
タケルがたまらず聞く。
「……女の子の名前は山崎マリ。マリちゃんから聞いたお父さんの名前も山崎悟だったよ……。」
「当たり前だ!私はその子の父親なんだからね!」
男は、何故こんな事をやらなければいけないんだといわんばかりの表情で言った。モクメが、次の質問をする。
「マリちゃんの年齢は?」
「7歳。小学校1年生だ。早く門を開けてくれ!私はその子を連れて帰りたいんだ!」
質問を続けるモクメ。
「通っている小学校は?」
「雪宮小学校。」
「誕生日は?」
「8月9日」
「母親の名前は?」
「ゆり子。」
山崎悟は、次々と質問に答えていく……。
タケルは不安になる。もしかして、本当のお父さんなんじゃないか……?
そして……。
「もういいだろう?君たちが怪しんでいるのは、マリの私に対する態度が原因か?そいつには虚言癖があるんだ!それが原因で、なんども警察に世話になってる!こっちだってうんざりしてんだよ!さ、マリ!帰るぞ!」
タケルは、門を開けようとかんぬきに手をかける。
「待って!」
ミクちゃんが声を上げる。タケルが見ると、ミクちゃんがマリちゃんを守るように手を広げている。
「マリちゃんが言ってるわ。お父さんじゃないって!」
「だから、子供と私、どっちが正しいかくらいわかれよっ!」
山崎悟はいきり立つ。
「……マリちゃん、言ったんだって。ここに来る前に、名前も、年も、お父さんとお母さんの名前もその人に。でもね、マリちゃん、一つ間違ってたんだって。本当は、マリちゃんは小学校2年生なの。まだ1学期だから間違えちゃったみたい……。」
「……。」
ミクちゃんの言葉に、一瞬静寂が訪れる。
「……ああ。そうだそうだ。2年生だった。私もつい間違えてしまったよ。血は争えないね。」
そう言って笑う山崎悟。それでも、自分が正しいというスタンスは変えないようだ。
「娘を返さないと言うなら、警察に連絡しても良いんだぞ!」
今度は脅しにかかる。その時、ついにタケルの母ちゃんの堪忍袋の緒が切れる。
「あんた、何様のつもりだいっ!警察でもなんでも呼べば良いよっ!だけどね、マリちゃんは絶対に渡さないよ!あんたが本当の父親だったとしてもだっ!子供に虚言癖?どっちが正しいかだって?実の子供を嘘つき呼ばわりするような奴は親なんかじゃないよっ!」
「ちっ!クソッ!!」
山崎悟は悪態をつく……。
「あの……、どうかしましたか?」
山崎悟の後ろから声がする。山崎悟も含めて全員が、声のした方を向く。
するとそこには、1人の警察官が立っていた……。