10話 彼女には戻る理由がある
10話
パキリ…。
その音は、メリーさんの耳にも届く。
「え?」
メリーさんは、何が起こったのかわからないといった表情で後ろを振り向く。そこにはモクメの姿が…。
「…あなた、何をしてるの…?」
メリーさんは、モクメの顔のほうを見て言った。
しかし、顔を見ているわけではない。その証拠に、メリーさんを見るモクメと視線が合わない。彼女は、視線を落とすのを恐れるように、モクメの顔の辺りの空間を見ていた…。
「…あなたの足元で、かすかだけど何かが壊れる音が聞こえたわ…。」
彼女は、恐る恐る視線をモクメの足元へと落としていく…。
彼女の視線が地面をとらえた時、その瞳には、真っ二つに割れた携帯電話が映った。
「キャーーッ!!」
突如、悲鳴を上げるメリーさん。
彼女は、取り乱した様子でモクメのほうへ向かう。扇風拳に絡まった洋服の事も忘れて動き出したため、洋服が引っ張られて破れそうになる。
「危ないっ!止まるんだ。都市伝説事典。」
タケルがそう言うと、都市伝説事典は回転を止める。メリーさんの洋服は少しシワになっていたが無事だった。
「ふぅ…。大事だって言ってたからな…。」
タケルは言った。だが、安心してもいられない。メリーさんに狙われているモクメが危ない!
「モクメッ!!」
タケルは叫ぶ。が、メリーさんのほうが早い。メリーさんは長い腕をブンッと横になぎ払う。その腕はモクメの脇腹を狙う。モクメは両腕でガードするが、その勢いを殺すことが出来ずに吹き飛ばされた!
そのまま地面から突き出た大きな岩にドンッと打ち付けられる…。
「大丈夫かモクメッ!」
タケルはモクメの元に駆け寄る。
「タケル!逃げてください!2発目が来るかも知れないっ!」
モクメは、自分のことよりもタケルを心配して叫ぶ。
「何言ってんだ!お前を残してはいけねーだろ?」
そう言って、モクメに肩を貸すタケル。
「おい。タケル。」
いつの間にかタケルの頭に乗っていたジンタンが髪の毛を引っ張る。
「イテッ!何だよ!」
タケルは少し苛立ちながら言った。
「…慌てなくても大丈夫そうだぞ。見ろよ。」
ジンタンは、そう言ってタケルの首を無理矢理グイッと回す。
「痛いってもう!今はそんな場合じゃないんだってジンタ…」
タケルは言葉を止める。その目に映ったのは、割れた携帯電話を拾い上げ、そのまま動かないメリーさんの姿だった。
彼女の口から言葉が漏れる…。
「…なんてことを。大変だわ…。負のエネルギーが逆流…す…る…」
そこまで言った途端、メリーさんの中からまがまがしい何かが溢れ、その壊れた携帯電話の中に吸い込まれていく…。
メリーさんの、今まで人間のようだった肌も、人形のそれに戻りつつある。手足も縮み始め、左右バラバラな長さになっている。先程まで生き生きとしていた左目もガラス玉に戻る。右目はまだかろうじて人間っぽさを保っていたが、そのいびつさが恐怖をあおる。
「な、なんなんだよ…。あれ…。」
タケルはあまりの怖さに怯えた声を出す…。
「…まだ負のエネルギーが定着してなかったようだなぁ。ヤツから剥がされた負のエネルギーが、壊れた携帯電話から、繋がる先の都市伝説達に返って行ってんだ。このまま放っておけば、ヤツはただの人形に戻るだろうよ。」
ジンタンは落ち着いた声で言った。
「ほ、本当にそれだけですか?何か悪いことが起こる予感がするのですが…?」
モクメは不安そうに言う。その時、メリーさんが再び口を開く。
「だ…め…。このまま…では…!…まだ私の中…に、負の…エネ…ルギーが…あ…るうち…に……!」
メリーさんは何を思ったか、割れた携帯電話を空に放り投げる。そして、落ちてくるその残骸を左右長さの違う両手の先、かろうじて残っている長い爪で貫いた…。
ガチャッ…。
携帯電話の残骸が地面に落ちる。しかし、彼女は爪を下ろすことはない。彼女がその長い凶器を突き立てていたのは携帯電話そのものではなかった…。
彼女の爪は、何もないはずの空間に突き刺さっていた…。
「グググッ…!」
彼女はそのまま、力を込めて空間を切り裂き、押し広げる。すると、その空間に穴が開いていく…。
「…あ、あれは何だ…?」
タケルは驚く。
「あの携帯電話は、都市伝説達から負のエネルギーをヤツに供給するため、向こうの世界とこっちの世界を繋げていた…。ヤツは、残った負のエネルギーで、その通路を広げ、向こうの世界に戻るつもりらしいな…。」
ジンタンが解説する。
「えっ!では、早く止めないといけないのでは…?」
モクメは、それを聞いて慌てて言った。が、時すでに遅く…、彼らの目に映るのは、穴の中へと消えていくメリーさんの後ろ姿だった…。
「くそっ!行かせるかよっ!!」
タケルは穴に向かって走る。その穴は、メリーさんが入ったと同時に収縮を始めている。
その速度は早く、すでに握り拳大までその姿を縮めていた。タケルは、それをこじ開けようと両手を伸ばす!が、その指先が届くよりも先にその穴は塞がってしまった…。
「だーっ!どうすれば良いんだ?ちくしょーっ!」
タケルが叫ぶ。そんなタケルに、ジンタンは落ち着いた声でこう言った。
「…大丈夫だ。元の世界に戻れたとしても、ヤツは、負のエネルギーをほとんど失った状態だ。都市伝説としての力はもうないだろう。それどころか、あの状態であんなことをすれば、人形としての姿すら保てず消えてしまう可能性だってあるな。」
「消える?」
「ああ。文字通り、その存在自体が消えてなくなるってこった。お前らにとっちゃ、そっちのが好都合だろ?」
「まぁ、そうですね…。」
モクメが答える。
「ん?」
ジンタンの話に疑問を感じたタケル。
「…じゃあ、なぜアイツはそうまでして戻る必要があるんだ?」
と、その疑問を口にした…。