9話 携帯電話
「行くぜっ!おりゃぁっ!!」
タケルは、自分がヒーローになったかのようにメリーさんに殴りかかる。風車の乗る右手のひらを掌底のように繰り出す。
が、タケルは拳法なんか習ったこともない。
同学年のケンカでは負けた事はないが、テクニックよりは根性で勝つタイプだ。
メリーさんは踊りながらヒラリヒラリと攻撃をかわす。しかし、タケルの攻撃が素人のそれだとわかると、遊び始める。かわす動きが、風車のギリギリを狙うようになり、さらに少しずつ少しずつそのギリギリを縮めてくる。
「ふふふふ。ふふふふ…。」
踊りながら笑うメリーさん。
「クソッ!クソッ!」
やけになって掌底を何度も繰り出すタケル。
次第に手が上がらなくなる。
「…ハァハァ…。」
疲れで手を止めてしまうタケル。
メリーさんもタケルに合わせて動きを止めると、遊び心を出す。
「頑張っているあなたに、ご褒美をあげましょう。一発だけその攻撃を受けてあげるわ…。」
そう言ってニッコリと笑うメリーさん。
「ハァハァ…。ちくしょー、なめやがって!」
「じゃあ、いらないかしら?」
「…いや。ありがたくやらせてもらうよ…。ハァ…。でも、あとで吠え面かくなよ…!」
タケルはそう言うと、呼吸を整える。
「今までで一番の打撃を与えたい!都市伝説事典、もっともっと力を貸してくれっ!」
タケルは、今まで開いていた右手を握り、拳へと変える。すると、風車は拳の上で回る。左手で右手首をつかむ。
「うおおおおおおおおお…!」
タケルは拳に力をためるように咆哮を上げる。すると、風車はさらに速さを増していく。
タケルは拳を前に突き出す。風車は拳の前でバリバリと放電しながら回る。
その右拳を肘を曲げて体の方へと引き、左手を自然に前に出す。腰を下げ、左足を前に、右足を後ろに開いた。
「行くぞっ!メリーさんっ!!扇風拳っ!!!」
タケルはそう叫ぶと、右足で踏み切り、メリーさんの懐へ飛ぶ。と同時に腰を回し、右拳を振りかぶってメリーさんの顔面へと打ち込んだ。
超高速で回転する都市伝説事典がメリーさんの顔面へと炸裂する!
…かと思われた。
「!!」
タケルは愕然とする…。
メリーさんは、人間の首の可動範囲を超える動きで、首を後ろに折り曲げ、その扇風拳をかわしてしまったのだ…。
「あなた、ひとつ忘れていたんじゃない?私が人形だってことを…。ヒャハハハハハハ…!」
メリーさんは、首を後ろに折り曲げたままの姿で笑う。彼女の長い髪がフワッと宙を漂っている…。
その時。
ギュルンッ!
不思議な音がした。そして…。
「ギャーッ!!」
つんざくような叫び声。
それは、メリーさんの叫びだった。なんと、メリーさんの長い髪が、まるで扇風機で髪を乾かしている時に絡まってしまったかのように扇風拳に絡まってしまっていた。
メリーさんの髪はどんどん絡まり、その顔をタケルの拳に近づけてゆく…。
「うわっ!」
タケルは驚いて手を引っ込める。すると、ブチブチブチと音を立て、彼女の長い髪が頭皮から抜ける!
勢いあまって地面に尻餅をつくタケル…。
「…あなた、よくも私の美しい髪を…!」
怒りに震えるメリーさんの声。
タケルはメリーさんを見上げる。メリーさんの顔には、憤怒の表情が浮かんでいる。
「うわうわうわうわっ!」
タケルは、あまりの怖さに尻餅をついたまま高速で後ずさる。
しかし、メリーさんはその長い手足で四つん這いになり、蜘蛛のような動きで一瞬でタケルに追いつく。
「殺してやるぅ!」
メリーさんはそう叫ぶと、天高く振り上げた長く異様な腕を振り下ろした。その先端には、鋭く長い爪!
「うわっ!やめてくれっ!!」
タケルはとっさに両手を上に突き上げる。
すると、都市伝説事典はまだそこで回転を続けていた。先程のような速さではないが、その回転が偶然にもメリーさんの服の裾を巻き込んだ。
「きゃあっ!」
叫んだのはメリーさんのほう。メリーさんは、明らかにうろたえる。
「や、やめてっ!この服は傷つけないでっ!これはミクちゃんとお揃いで作ってもらった大事な服なのよっ!!」
その時、メリーさんの背後に回り込んでいた
モクメが、何かを踏みつける。彼の足下にあるものがパキリと音を立て壊れる…。
モクメが足を上げると、そこにあったのは半分に割れた携帯電話だった。
メリーさんは、怒りに我を忘れ、携帯電話を地面に落としてしまっていたようだった…。
そして、モクメはそれを見逃さなかった…。
だが、彼は知らない。携帯電話を破壊した事によって、更なる悪夢が始まってしまう事を…。




