8話 都市伝説黒輪
名前のない女…。
タケルは、この言葉を思い出すと心臓をつかまれたような気持ちになる。
これは、俺がその会ったこともない女にビビってるって事なのか…?
心の中で自分に問いかけるタケル。彼が黙り込んだ事で会話が途切れる…。
今聞こえているのは、踊るメリーさんの鼻歌と、ススッというかすかなすり足の音のみ…。
「…きっと、ヤツの持っている、母親の携帯ってやつに細工したのも、その女なんだろうなぁ。」
唐突にジンタンが言った。それを聞いたタケルは、無意識に肩にいるジンタンをつかむ。
「え?細工?どういう事だよ!」
タケルは、携帯を見るように、つかんだジンタンを見つめて詰めよる。
「いてぇいてぇっ!」
「あ、ごめん。」
自分の力の強さに気づき、手を緩める。タケルは、反省する。自分の中の恐怖のせいで、力の加減が出来ていなかった…。
ジンタンは、タケルの開いた手のひらに立つと、
「もうこんな事すんなよっ!…ヤツの負のエネルギー、1体分にしてはやけに膨大だと思ってたんだ。そしたらあの携帯、複数の都市伝説とヤツとをつなげてやがる。そこから他のやつらの負のエネルギーを吸収してるんだぜ。ま、これだけの負のエネルギーを吸収して、まだ正気を保っていられるヤツもスゴイけどな。見てみろよ。」
と言ってアゴでクイッとメリーさんを見るようタケルにうながす。
タケルはメリーさんのほうへ目を向ける。彼女はまだダンスを続けている。しかし…。
「!!」
その動きが滑らかになってきている。体のバランスはおかしいが、肌の質感が人形のそれから、より人間らしくなっているように見える。
ジンタンは、驚くタケルにこう言った。
「ヤツは負のエネルギーを、人間になるために使ってるんだ。本気で人間に…、あのガキの母親になるつもりのようだなぁ…。」
「どうすれば良いんだ…?」
タケルは聞く。
「…まずは負のエネルギーの供給源を断つ。あの携帯を破壊するってことだな。」
ジンタンは答えた。
タケルは自分に気合いを入れるため、自分に言い聞かせるよう呟く。
「…訳のわからねーヤツにビビってても仕方ねぇ…。」
タケルは、メリーさんに向かって走り出した。
「おっと!」
と、ジンタンはタケルの手から飛び降りる。
「ワシはここで見物してるぜ。体があればまだしも、今のワシに戦う力はないからな。」
ジンタンは、小さな石を椅子がわりにして座った。
「自分の進む道は自分で切り開くっ!こんな時のために、1週間ひそかに練習してたんだ!頼むぜ相棒!」
と、その手に握られた都市伝説事典に声をかけるタケル。タケルは、走ることで得た推進力を都市伝説事典を持つ右手に込め、ダンっと左足を地面に打ちこむように下ろす。左足を中心に回転し、推進力に遠心力を加える。そして、その力を全て都市伝説事典に込め、メリーさんに投げつけた。
「行けーっ!都市伝説黒輪っ!!」
タケルは叫ぶ。
勢いの乗った都市伝説事典は高速回転し、まるで黒い輪っかのようになってメリーさんの方へと向かっていく!
目指すはその手の携帯電話だ!!
メリーさんは、まだ奇妙なダンスを踊っている。こっちに気づいていないのだろうか?
そして今、まさに都市伝説黒輪がメリーさんの持つ携帯電話を破壊しようとその手を襲う!
サッ…。
メリーさんは、流れるような動きで都市伝説黒輪をかわす。それは、まるでダンスの振り付けのようだった。
都市伝説黒輪は、メリーさんの向こう側に消えていく…。
「まだだ…。」
タケルは呟く。
そう、都市伝説事典は戻ってくる!
風の力を受け、さらに回転を増した都市伝説黒輪。豪と音を上げて後方からメリーさんを襲う!
それは、当たればかなりのダメージを与えられるのではないかというスピードだった。
しかし…!
サッ…。
メリーさんは再び都市伝説黒輪をかわす。
ただ踊っているだけのメリーさんを、都市伝説黒輪がとらえることは無かった。
そのままの勢いでタケルの元へと戻る都市伝説黒輪。タケルは、それを両手で受け止める。
ドッ!!
その空間が震えるほどの威力だった…。
タケルの周りに粉塵が上がる…。
「タケルッ!!」
モクメが叫ぶ。
「あの威力の攻撃をまともにくらったら死ぬかもな…。」
と、不吉な事を言うジンタン。そして、タケルもその威力に、自分は死んだと思った…。
粉塵が晴れてゆく…。
「……。」
あまりの事に声の出ないタケル。まばたきをする。こちらを気にする素ぶりもなく踊り続けるメリーさんが見える…。
タケルの体のどの部分にも痛みは無い。どうやら生きているようだ。
タケルは、キーパーが正面から来るボールを受けるような体勢のまま止まっている。そして、その手前に突き出した両手のさらに前方には、回転を続ける都市伝説黒輪がとどまっていた…。
「これは…?」
タケルは、何かを試すようにそのまま両手を左右に離していく…。
すると、都市伝説黒輪は、右手の方についていった。タケルは、右手のひらを空に向ける。
その10センチほど上で都市伝説黒輪は、グルグルと弧を描き回り続けている。時折ビリビリと電気のようなものを発しながら…。
「かっけーっ!都市伝説事典法・風車…。これだな。」
タケルはニィ…と笑みをこぼす。自分に酔っているようだった。
「事典法だってよ。拳法みたいに言いやがって。都市伝説黒輪といい、ほんとネーミングセンスねぇよなぁ、あいつ…。」
ジンタンは言った。
「…。」
モクメはなんとも言えないと顔で表現した…。