20話 5年3組の黒板の目と6人目
「………で、いつ元の学校に戻れるんだ?」
しびれを切らしてタケルが言った。黒板の目が、「…参りましょう。」と言ってから、かれこれ10分は経過している。ヤマトが黒板の目に向かって問いかける。
「あのー、元の学校に戻るのって、けっこう時間のかかるものなんですか?」
黒板の目は答える。
「いえ……。私は、先ほどから異世界移動を行っているのです。しかし、何度試みても、この世界から移動することが出来ません…。どうしてこんなことが起きているのか、私にもわからないのです…。」
眉毛がないので表情がわからないが、黒板の目は多分困惑している。
「…きっと、何か条件がそろっていないんだわ…。」
赤マントが言った。
「条件か…?ヤマト、何か思いつかないか?」
タケルはヤマトに助けを求める。
「タケルくんこそ、その都市伝説事典で何とかならないの?」
たしかに的を得た返しのようだが…。
「いや、何をどう調べたらいいかわかんねーんだよ…。」
タケルは答える。都市伝説事典は、都市伝説についてタケルが知りたいことを教えてくれる。が、あくまで事典。調べるものが明確でない場合は使えないのだった…。
「…きっと何か見落としがあるはずよ…。」
赤マントはそう言って考えこむ。ヤマトも考える。つい考えが口に出てひとりごとを言ってしまう…。
「僕たちは、七不思議の7番目を呼び出すために、6つ目までを話した…。そして、7番目として現れたのが赤マント…じゃなくて5年3組の黒板の目…。彼?…の異世界に連れさる能力で元の学校に帰るのが僕たちの目的…。ん?なんか違うような…。僕たちは、なぜ七不思議の7番目を呼び出す必要があった?」
そこまでヤマトのひとりごとを聞いていた赤マントが口を開く。
「…記憶を消すためだわ。死に顔アルバムで自分の死に顔を見てしまった3人を助けるためには、記憶を消さなければいけなかったから!」
「そうだった…。あの時、赤マントに憑依した名前のない霊能師が、僕以外の5人の記憶を消した…。まぁ、タケルは、悪魔の本のおかげで助かったんだけどね。でも、黒板の目が七不思議の7番目になった事で、名前のない霊能師はここにはいなかった事になるはずじゃあ…?」
ヤマトは、さらに考えこむ。
「でも、タケシたちの髪は元の色に戻ってる。これは記憶が消えてるって証拠だよな?…なら、消したのは誰だ…?」
タケルは不思議そうに言った。その時…。
「ふっふっふっ…。いくら七不思議の7番目をすげ替えた所で一緒よ…。」
「!!」
タケルたちは驚く。その声は直接脳に響く。
「聞こえているかしら?私は今、あなたたちの脳に直接話しかけているわ。」
「…その声は、霊能師!」
タケルが言ったとおり、それはあの霊能師の声だった。
「ええ。…あなたたちは何か勘違いしているようね?」
「え?」
タケルは思う。勘違い?なんのことだ?
「6人目は、七不思議の7番目を呼び出したから発動したんじゃないわ…。気づかなかった?あなたたちが異世界の学校へ来る前から、6人目はずっとあなたたちのそばにいたのよ…。」
「な、なんだって!?」
タケルの疑問はさらに膨らむ。
「都市伝説事典にも書いているんじゃないかしら?都市伝説・6人目について…。6人目は、何も学校に現れる都市伝説ってわけじゃないわ。遊び半分で肝試しをした子供が異世界に住む何ものかと入れ替わっている。そういう都市伝説よ。…夕暮霊園。そこであなたたちがおこなった肝試しで、何かあったんじゃないかしら?何か、6に関わるような出来事が…ね?」
「はっ!」
いち早くヤマトは気づく。6に関わる出来事に…。そして、ヤマトはそれを口に出す。
「…6番目の帽子だ。」
夕暮霊園での肝試し。それは西入口から出発して、東入口に位置する5体のニット帽をかぶったお地蔵様から、ニット帽を取ってくるというものだった…。1人目のタケシはまだルールが曖昧で、お地蔵様にタッチして帰って来るだけだった。2人目から6人目までが1枚づつ、計5枚のニット帽を持ち帰った。そして、誰もがその事に気づかないまま、…じゅんぺいがそれをかぶったままトイレに行ったことが原因だったのだが…その後に出発したのがツトム。ツトムが肝試しを終えて持ち帰ったもの…。それはあるはずのない6枚目のニット帽だった…。
「あんな時から…!」
ヤマトの言葉でタケルも気づいたようだ。
「ええ。あんな時…から、6人目はずっとあなたたちのそばにいたのよ。時には臼井カケルを隠れみのにしてね。そして、彼らの記憶を消したのは私じゃなく、6人目の能力よ。
…その異世界の学校から出るには、6人目を消さなければいけない。でも、そこまで戻って過去を変える力はあなたたちにはない。…そうでしょう?」
タケルたちには霊能師の声が聞こえるだけだが、今、霊能師は邪悪な笑みを浮かべているのだろう…。
「6人目が帰る条件にからんで来るなら…。タケルくん!都市伝説事典で6人目の事を調べて欲しいっ!その条件に何か抜け道がないかどうかをっ!!」
ヤマトがタケルにそう言った。
「あ、ああ!」
タケルは6人目というキーワードで都市伝説事典を調べる。実際はキーワードを思い浮かべるだけで都市伝説事典から情報が流れこんで来るわけだが、その1秒にも満たないわずかな時間は、タケルには与えられることはなかった…。
突然、いくつもの白い手が折り重なるようにタケルへと襲いかかる。そして、その1本がタケルの手から都市伝説事典を奪う!
「なっ!」
叫ぼうとしたタケルの口をふさぐ。手足を縛る。耳をふさぐ。そして最後に2つの白い手のひらが、タケルの目をふさいだ…。
「タ、タケルくんっ!!」
ヤマトの呼びかけは、もうタケルには届かない。
ズズッ…ズズッ…ズズッ…ズズッ…
なにか大きなものを引きずるような音…。それは、旧校舎の方から聞こえてくる。
ズズッ…ズズッ…ズズッ…ズズッ…
そのなにかが靴箱の向こうから姿を現す。本来動くことのないそれは、己の内から伸びる無数の白い手に引かれてやってきた…。紫鏡、その本体だった。鏡の中、紫のモヤの中に人影が映る。
「まずは邪魔な都市伝説事典を取り除かせて、頂いたわ…。」
その人影は霊能師だった。霊能師は、ヤマトを見て邪悪な笑みを見せる。
「霊能師、タケルくんをどうするつもりなんだ!」
ヤマトは勇気を振り絞って叫ぶ。霊能師は、落ち着いた口調で返す。
「…結城ヤマト。あの時、本当は選んでいたんじゃないかしら?あなたにとって邪魔な人間を…。そして、それはあの御堂タケル…。」
「だまれ!そんなわけないだろっ!」
ヤマトはムキになって反論する。
「…私にはわかるわ。私が手伝ってあげる。あなたは何もしなくていいのよ。ただ、御堂タケルがこの紫鏡の中に引きずり込まれるのを、黙って見ていればいいの…。」
「…そんなことはさせないっ!」
ヤマトはそう言うが早いか走り出す。目指すは、一本だけ別行動する白い手。そこに握られている都市伝説事典。ヤマトはその白い手に飛びかかり、都市伝説事典を奪う。
「霊能師っ!僕がお前の事を調べてやるっ!!」
ヤマトは念じるが、都市伝説事典からは何も流れ込んでは来ない。
「はははっ!それは悪魔の本が御堂タケルのために姿を変えたものっ!あなたには扱えないようね。」
霊能師の嘲笑にも、ヤマトは諦めない。
「開けば良いだけだっ!」
ヤマトは都市伝説事典を開き、名前のない霊能師のページを探す。
「やめろっ!見るなっ!!」
霊能師の表情が変わり、全ての白い手がヤマトへ押し寄せる。
ドサッ…
代わりに解放されるタケル。それを確認したヤマトは叫ぶ。
「今だ!黒板の目っ!タケルとみんなを連れて元の学校に!」
「え?で、でも、あなたはどうするのですヤマト?」
黒板の目が明らかに動揺しながら言った。
「僕は大丈夫。良いかい?3日後に紫鏡の前に着くように行くんだ!!そうすれば元の学校に戻れるはずだから!昼間がいい!昼間なら紫鏡は手出しできないはず!頼んだよ。黒板の目!」
「何をするつもりなの!」
赤マントは叫ぶ。
「赤マント…いや、槇村サトリ。………ずっと好きだったよ。」
「…え?」
ヤマトは、サトリの返事も聞かずに走り出す。
「霊能師ーっ!」
紫鏡に一直線で突っ込む。
「な、何をするのです結城ヤマト!この紫鏡は、元の学校ともこことも違う、異次元の牢獄へとつながっているのですよ!そこへ入ったが最後、ひとりぼっちで死ぬ事も出来ず、永遠を生きることになるのですよ!」
「そんなに時間があるなら抜け出す方法だって見つけられるはずさっ!」
ヤマトはそう言って、紫鏡の中へと消えた。
「後は頼むよ…黒板の目…。」
それがヤマトの最後の言葉だった。
パリーンッ!
紫鏡が音を立てて割れる。
「ヤマトーッ!!」
後を追おうとする赤マント。
「無駄ですっ!!紫鏡は割れてしまった。ヤマトの犠牲を無駄にするわけにはいきませんっ!この世界から脱出しますよっ!!」
黒板の目が鈍く輝くと、眠っているタケシたち、タケル、そして赤マントも同じように輝く。そして、次の瞬間、彼らはその異世界から消えた…。
「あーあ。計画は失敗だわ…。紫鏡を割られてしまっては、もう同じ事は出来ないわね…。それに、異次元の牢獄への道も閉ざされてしまった…。さて、どうするかねぇ…。」
名前のない霊能師は、誰に言うとはなしにつぶやいた…。




