3話 トイレの花子さん
「頼む!動く人体模型に追われてるんだ!あんなバケモノ、俺にはどうしたらいいか…。」
タケルは、言った。
「そう素直に頼まれるとは思ってなかったわ。」
花子は少し驚いた顔をする。そして、
「私もその、バケモノなんだけどね。」
と言って、苦笑いを浮かべた。タケルはその表情には気付くことなく、こう言った。
「そうなんだけどさ、なんか…。」
タケルは思った。花子を怖がる気にはなれなかった。同い歳くらいの女の子だったからかもしれない。それと…。
「懐かしい気がするんだよな。お前のその雰囲気とかがさ。」
その言葉を聞いた花子は、少し嬉しそうな顔をする。
「ま、安心して。このトイレの中にはアイツは入ってこれないから。結界を張ってあるのよ。」
花子は言った。
「結界?ってなんだ?」
「あんたにわかりやすく言えば、バリアよ。」
「あー、なるほど。じゃあ、アイツが飽きて理科室に戻るまでここにいれば良いってことか…?」
「そうね。それが今か、数年後になるかはわからないけどね。」
タケルは、トイレの中でおじいちゃんになった自分を想像して身震いする。
「で、でも、あんなバケモノが学校をはいかいしてるんだぜ。誰かが助けに来てくれんだろ…?」
タケルは、そう言ってから気付く。
こんな状況にしては、校内が静か過ぎる。警報器が鳴っていないどころか、悲鳴ひとつ聞こえてこない。むしろ、耳をすませば、昼休み、校庭で遊ぶ児童たちの笑い声が聞こえてくる。
「どういう事だ…?」
…タケル一人では、その答えは出せそうもない。
「…あら、この不自然さにやっと気づいたのかしら?」
花子は言った。そして、こう続ける。
「実はね、あの人体模型は、あなたにしか見えていないのよ。今のところは…。」
「え?じゃあ、あれは幻かなにかってことか?」
タケルは聞き返す。
「今のところって言ったの聞こえなかった?都市伝説ってものは、普通、人には見えないものなのよ。ま、霊能力者や、超能力者みたいに見える人もいるみたいだし、普通の人でもチャンネルが合えば…なんて話も聞くけどね。でも、アイツは幻なんかじゃないわ。ちゃんとそこに存在する。今はあなたにしか見えていないけど、都市伝説は、人間の願いや恐怖を取り込んで成長する。成長すれば誰にでも見えるようになるわ。」
花子は、一気に語った。タケルは、たまらず割って入る。
「ま、ま、待ってくれよ!全くついていけねぇ。そもそも都市伝説って何だよ?幽霊とか、妖怪みたいなもんか?」
ふぅ。と呆れたようにため息をついた後、花子は答える。
「そうとも言えるし、違うとも言えるわ。都市伝説、それは噂よ。バケモノ、妖怪、宇宙人、UMA…、自然現象や超常現象、殺人や誘拐などの事件に関わるものまで。嘘かまことか、信じるか信じないかはあなたしだいの現代における噂の数々。その噂が広がって、大勢の人たちに伝わり、その願いや恐怖が集まることで、都市伝説は真実へと変わる。」
「な、なるほどな。」
タケルは半分すら理解できてはいないが、そう答えた。
その時、トイレの奥の窓から聞き覚えのあるサイレンが聞こえる。
ピーポーピーポー…。
「救急車?」
タケルはつぶやく。
救急車のサイレンが近くでとまる。
「始まったみたいね。」
花子は言った。
タケルは、窓から外を見る。担架に乗せられて、人が運ばれて来るのが見える。
「!!」
タケルは驚く。担架に乗せられているのは、理科室から飛び出した時、注意を受けたあの先生だ。
救急隊員の声が聞こえる。
「今、救急車の応援を呼んでいます。自力で動ける方は、先に病院に向かって下さい!」
何かが起きている。しかも、被害はあの先生一人ではないようだ。
「思っていたよりも事態が早く進んでるようね…。」
花子は言った。
「何が起こったんだ…?」
タケルは誰にともなく問いかける。
「アイツの負のエネルギーに当てられたのよ。」
花子は言った。
「負のエネルギー?」
「ええ。あの動く人体模型は、怒っているわ。その怒りは、負のエネルギーとなって人に影響を及ぼす。タケルを追いかけてここまで来る間にも、アイツは、その負のエネルギーを撒き散らしていた。そして、今も結界の外で負のエネルギーをバラ撒き続けている…。」
「影響って?」
「負のエネルギーはね、人の心を傷つけるの。微量なら気を失うくらいだけど、受け続ければ、二度と目覚めないこともあるし、目覚めたとしても心の病気になってしまう人だっているわ。」
「そ、そんな…。」
俺が校内を逃げたせいで…。タケルは心が痛んだ。花子は、それを察したようだ。
「べつに、あなたのせいじゃないわ。でも、これ以上犠牲者を増やさないようにしないとね。今、この学校には、恐怖や不安が渦巻いてる。それは、アイツの力になるわ。アイツが実体化すれば、今以上に被害がふえてしまう。それはなんとしても阻止しましょう!」
花子は、タケルを励ますように言った。
「そうだな!オレ、行くよ。ありがとな、花子!」
タケルは、そう言うと、トイレの入り口へと向かう。
「待って!」
花子が止める。
「行くところがあるのね。なら、私の能力が役に立つわ。」
「能力?」
「ええ。私は、トイレの鏡を自由に行き来することが出来るの。この能力を使って、タケルを別のトイレへと移動させれば、そこから出て行くよりも安全でしょ?」
そう言って、花子は微笑む。
「それともう一つ。」
花子は、真顔になる。
「結界の外のアイツをこのままにしておけば、犠牲者が増える一方だわ。一度、結界を解いて、アイツをトイレに引き込む。そして、再び結界を張る。そうすれば、しばらくは負のエネルギーが撒き散らされるのを防ぐことができるわ。」
「でも、お前は大丈夫なのか?」
タケルは、花子を心配する。
「こう見えても、私だって都市伝説よ。しかも、トイレの花子さんは、動く人体模型よりよっぽど有名なんだから!大丈夫。タケルはタケルの出来る事をして。」
心配は消えない。しかし、タケルは花子の言葉を信じようと思った。
「わかった。じゃあ、俺がおとりになって、あの人体模型をここにおびき寄せるよ!」
タケルは、そう言って、トイレの出口へと向かって進んでいった…。