19話 都市伝説事典
「な、なんだ?文字が出て来やがったぞ…。」
タケルはあまりの気持ち悪さに慌てる…。ヤマトは、タケルの持つそれをのぞき込む。そして、その文字を見て驚いた。
「都市伝説事典…。あれだ!僕たちが小2の頃に自由帳で作った。タケル、サトリ、僕の3人で知りうる限りの都市伝説と、自分達で創作した都市伝説をごちゃ混ぜに集めて記した…。あのノートの表紙に君が書いたんだよタケル!まだ習ってない難しい漢字を書けるって自慢しながらっ!!」
「そ、そんなこともあったような気もしないでもない…。ハハ…。とにかく、これを使えば何とかなるなら…でも、どうやって使うんだ?」
タケルには、都市伝説事典の使い方がわからない…。
「何をしているの御堂タケル?あの白い手に捕まりさえすれば、あなたは元の学校へもどれるのに…。一体、何が不満だというの?」
霊能師は、勝ち誇った表情を赤マントの顔に貼り付けて言う。
「それが不満なんだよっ!お前の思い通りにはなりたくねーって言ってんだっ!馬鹿やろーっ!!」
「なんだって!人が優しくしてりゃあつけあがりやがって!!」
怒りで口調が乱れる霊能師。
「…ふふっ。タケルらしいや…。」
ヤマトは、たまらず吹き出す。そして、霊能師に向かってこう叫ぶ。
「…僕もだ霊能師!お前の思い通りになってたまるかっ!」
「ぬぬぬ…。」
霊能師は、言葉にならない怒りをフツフツと煮えたぎらせる。
と、その時、風もないのに、都市伝説事典のページがパラパラとめくれていく…。その1ページ1ページには、都市伝説がびっしりと書かれている。そして、あるページでピタリと止まる。タケルは、そのページにある都市伝説の名前を読む。
「…5年3組の黒板の目?」
タケルがそれを口に出した途端、頭上に黒い影のようなものが浮かび、それが次第に何かへと形を変えてゆく…。
「な、なんなのですか…、これは…!!」
霊能師は一瞬、怒りを忘れる。驚きを隠せない。それもそのはず!そこに現れたのは巨大な目…。そして、それこそが都市伝説・5年3組の黒板の目だった!
「バ、バックベアードか!?」
タケルが叫ぶ。驚いたのは、こっちも同じだった。
「いや、違うでしょ!そのページが開いて、こいつが出てきたんだから!」
ヤマトは都市伝説事典の開いたページを指差しながらタケルにツッコミを入れた。白い手も躊躇しているのか、スピードが落ちたように感じる。
「…私の知らない都市伝説ですね…。でも、その都市伝説にどのような力があろうと、すでに発動してしまっている6人目を止めることは出来ませんよ…。都市伝説とは噂…。噂だからこそ人間が作り上げた特定の場所、特定の時間、特定の動作などの条件の下でしかその力を発動することが出来ない…。逆に言えば、その条件の下に発動してしまった都市伝説は、防ぐための条件が噂として存在しない限りは何があろうと止める事は出来ないのよ!ふふふ…はははははは!!」
霊能師の笑い声がだんだんと大きくなる。しかし、それに被せるように…
「ははははははははっ!」
霊能師を超えるほどの笑い声。…それはタケルから発せられたものだった。
「何がおかしいの?御堂タケル?」
不機嫌そうな少し低い声でそう言った霊能師。彼女の見たタケルは、こちらを気にする様子もなく都市伝説事典を読みふけっている。
「いやー、この本が面白すぎてさ。」
霊能師は、赤マントの目でにらみつける。すると、タケルは、読んでいた都市伝説事典をパタンと閉じ、表紙が霊能師に見えるように掲げる。
「この、悪魔の本改め都市伝説事典には、都市伝説のことがかなり詳しく書いてあるみたいだぜ。名前のない霊能師、お前の事も書いてあったよ。で、少し気になる事があってさ…。ここには、お前が都市伝説を集めているって書いてあるんだけど…?」
「ほう、私の事も…?でもそれが何か…?」「こうも書いてある。お前は、夕暮小学校七不思議の7番目が誰にも知られていない事を利用し、その7番目に別の都市伝説・6人目を組み合わせる事で、この異世界から強力な都市伝説を向こうの世界に連れ出そうとしている…。」
タケルは言った。タケルは特に記憶力が良いというわけではない。知りたい情報が都市伝説事典から流れて来ると言ったほうが正しいのだろう。
「…そうだったとして、それがなんだと言うのです?」
タケルはニヤリと笑う。
「都市伝説が噂なら、曖昧な部分は必ず出てくる。なら、そのいくつかの必要条件に矛盾が生じることがない限りは、俺たちにだってその曖昧な部分に手を加える事が出来るって事だ!例えば!!」
タケルは頭上に浮かぶ黒板の目を指差してこう叫んだ。
「6人目とこの黒板の目を入れ替えて、コイツを夕暮小学校七不思議の7番目にする…なんて事もなっ!!」
「えっ?それって本当に大丈夫なの…?」
ヤマトは不安気に言った。
「ああ。俺が知りたいと思った情報が、この本から俺の頭ん中に流れ込んで来るんだ…。この本も言ってるぜ。大丈夫だってな!」
都市伝説事典がタケルに与えたのは、都市伝説の情報のみ。事典自体がしゃべったわけではない。最後の言葉は、タケルの自信から出た嘘だったが、その顔を見たヤマトはタケルの言葉を信じようと思った。
しかし、霊能師はまだ余裕をにじませている。
「ほう、面白い。もし、それが仮に出来たとして…、その黒板の目が、はたして人間に味方するかしら…?」
「…………それは…、まぁ、この本の力で…なんとか………なぁ、ヤマト?」
タケルはしどろもどろになる。その点は考えていなかったようだ。
「いや、僕は知らないよっ!だって、その本使ってるのタケルくんなんだし…。」
ヤマトはそう言い返した。と、その時、上から様子をうかがっていた黒板の目が声を発する。
「私は、都市伝説・5年3組の黒板の目…。あなたたちは5年3組の児童たちですね。タケシ、君は怖がりながらも毎日私に挨拶してくれる。じゅんぺい、君は嫌というほど私に話しかけてくれる…。たまに嫌な時もあるけれど、いつも嬉しく思っていますよ。ツトム、君は掲示物を貼る時に、いつも私をよけて貼ってくれる。だから、私はいつもあなたたちを見守っていられる。それから、カゲル。あなたはあまり印象に残っていませんね。……………嘘です。放課後、運動場でサッカーを頑張っているあなたをいつも見守っていますよ。そして、覚えていますか?タケル、ヤマト、そしてサトリ。あなたたちが1年生の頃、今の5年3組を秘密基地にしてた事があったでしょう?その時、あなたたち3人が後ろの黒板にチョークで描いた大きな顔。初めは男の人だったはずなのに、まつ毛を描いたり、髪を伸ばしたりして、最後は性別不明な絵になって、3人で大爆笑していましたね…。一通り遊んで、先生に見つからないように黒板消しで消して…。でも、タケル。あなたが目だけ消し忘れた。その後、その目を見つけた上級生が、イタズラで絵の具の白でなぞり、私は消えなくなった…。それが始まりなのです。あなたたち3人は、言わば私のお父さんとお母さん。それだけでは、私があなたたちを守る理由になりませんか?」
「み、味方になってくれるんだね…?」
ヤマトはおそるおそる言った。
「ほ、ほら、なんとかなっただろ?わかってたよ。全部この本に書いてあるんだから…。」
タケルはそう言ったが、少し嘘くさい。どうやら、都市伝説事典は、タケルが知りたいと思った事だけしか教えてくれないようだ。
「…なんと。都市伝説のくせに人間に味方するなんてね……」
霊能師は言った。ヤマトは、霊能師のまだ余裕のあるその態度に疑問を持ちながらも、確信がもてずに何も言えないでいる…。
「…よしっ!ヤマト、あとは俺たち2人だ!七不思議の6つ目をお前が言い終えた後、俺たちの目の前に現れたのは、赤マントじゃない!この5年3組の黒板の目だ!そう死ぬ気で思い込むんだ!!」
「ええっ!!思い込むって…。」
ヤマトはそう言ったが、どうやら、やらなければいけないという事だけはわかる。
「わ、わかった!やるよ!」
タケルとヤマトは、必死に思い込む。
「私も手助けを…。」
黒板の目は、そう言うと目から催眠音波を出し、2人に照射した。
「おっ!なんかだんだんそんな気がしてきたぜ!」
「ほんとだ!出来そうだよ!」
すると、赤マントの色が少しづつ薄くなっていき、代わりに黒板の目が濃さをましていく…。
「霊能師…。お前は俺たちに七不思議を集めさせる事で、都市伝説に呪の力を与え、その霊体を実体へと変化させていた。だから僕たちにもサトリ…、赤マントが見えるようになった。でも、これで黒板の目が実体となり、赤マントは霊体へと戻る…!いくらお前の霊能力でも、霊体に霊体を乗り移らせることは出来ない…だろ?お前は、この場から退場だっ!!あばよ!」
タケルはそう言い放った。
次の瞬間、霊能師の意識は、自宅の日本家屋の中にいる本体へと引き戻される。
「くっ!赤マントの体が霊体に戻ったか…。」
霊能師は、机に置かれた、お茶の入った湯呑みを右手で払いのける。湯呑みは畳にお茶をまきちらしながら転がった…。
「…だが、これでおわりだと思うな…。」
霊能師の言葉の真意とは一体…?
「霊能師の気配が消えました。もう大丈夫なようです。」
黒板の目はそう言った。白い手も司令塔を失い、バラバラにうごめいている。もうタケル達を襲う気は無いようだ。
「ふう、助かった…。」
タケルはへたり込む。
「…ヤマト、見えているか…?」
赤マントの声だ。
「大丈夫!少し透けて見えるけど…。」
ヤマトはそう返した。
「俺にも見えてるぜ。都市伝説事典の力みたいだな。」
タケルは言った。都市伝説事典には、都市伝説を見えるようにする力もあるようだ。
「タケル、ヤマト…。どうやら私も霊能師に利用されていたようだ…。すまない…。」
赤マントは、そう言って少しヨロめく…。
「大丈夫?赤マント!」
ヤマトがとっさに助けようと手を出す。…が、ヤマトの手は赤マントをすり抜けてしまう…。
「ありがとうヤマト。大丈夫よ。霊体は、人間には触れることが出来ないから…。」
赤マントは、少し寂しい顔をした。
「…帰れば、元の世界に帰って槇村サトリの体に戻れば!また一緒にバカやれるさっ。僕とタケルくん、それにみんなも一緒に。」
ヤマト、タケル、赤マントは、眠っているタケシ、じゅんぺい、ツトム、カゲルの顔を眺める。とても幸せそうに眠っている。
「…いいよな。こいつらは。何があったかも忘れちまって、スヤスヤと寝てやがるぜ。」
「なんか、気が抜けるね…。」
「でも、私は嫌いじゃないよ。この4人…。」
「ああ。」
「そうだね…。」
こうやって話してると、あの頃に戻ったみたいだ…。とヤマトは思った。
「じゃあ、まぁ、帰りますか…。」
タケルが言う。
「その方法は、もう見つけてあるの、タケル?」
ヤマトが聞くと、タケルは「ああ。」と答えた後、
「なぁ、黒板の目!お前の能力で俺たちを元の学校まで帰すことは出来るよな?」
と黒板の目に話しかける。
「ええ。では、さっそく参りましょう…。」
と、黒板の目は答えた…。
タケルがこの作戦を実行に移したのは、初めに都市伝説事典が開き、5年3組の黒板の目のページで、その能力を知ったからだった…。
ある日、児童が5年3組の教室の後ろの黒板に、大きな顔の絵をチョークで描いた。しかし、黒板消しで消そうとしたところ、いくら消してもその目の部分だけが消えない。しばらくすると、その目は瞬きをするようになり、またしばらくすると、今度は夜な夜な黒板を抜け出すようになったという。もしそれに出会って目が合ってしまうと、催眠術をかけられ操られる。または異世界に連れさられてしまうという噂もある…。




