6話 紫鏡と旧校舎のトイレ
体育館から逃げ出したヤマトたちは、旧校舎と新校舎をつなぐ渡り廊下まで来ていた。
児童の描いた絵が壁に並ぶ、不気味なあの場所だ。
「!!」
ヤマトたちの目が、その中でも一際異彩を放つ、ある一枚の絵に縫いつけられる。
目から赤い涙を流している少年が、包丁を持っている。そして、その周りには、刺された人たちの死体が散らばっていた…。
「な、なんだよ、この絵…。」
タケシが怯えた声で言った。
「え?何って、虫取りだけど。ほら、手に虫取りあみ持ってんじゃん?」
じゅんぺいが答える。
「なに言ってんだ?んなわけ無いだろ!」
タケシは強めに言った。
「いやいや、だって、この絵描いたの俺だし。」
じゅんぺいが衝撃の一言を放つ。
「…。」
タケシ、ヤマト、ツトムの開いた口がふさがらない。よく見ると、絵の下に「虫取り 狭山じゅんぺい」と書かれた紙がつけられている。この包丁、虫取りあみだったんだ…。と、ヤマトは思った。
「じゃあ、この散らばった死体はなんなんだよ!?」
タケシが怒鳴る。怖さで怒りがこみ上げてきたようだ。
「え?カブトだけど。」
じゅんぺいは、マイペースに言った。
「ふふっ。」
ヤマトは笑った。…この壁に貼られた絵の中で一番恐ろしい絵がじゅんぺいくんので、ある意味良かった…。と、ヤマトは思った。
「ち、ちょっとみんな!」
急に声を上げるツトム。ツトムは、渡り廊下につながる扉の前にいる。
「鍵が開かない…。」
ツトムは、そう言ってドアノブを回す。ガチ、ガチと回りきらずに音を鳴らす。
「ど、どうするよ?ヤマト?」
タケシが言った。
「うーん。ここが渡れないとなると、2階か1階の渡り廊下まで行くしかないね。ここに鍵がかかってるなら、2階ももしかしたら…。でも、1階の渡り廊下に扉はないし、最悪そこを通って新校舎に渡ろう。」
ヤマトは答える。
「じゃあ、1階まで降りようぜ!」
じゅんぺいが唐突に言い出す。
「え?なんでだよ?」
タケシは、不安そうに言った。じゅんぺいは答える。
「アレがあるじゃん。この旧校舎の1階と2階の間にある踊り場には!」
「それってまさか…?七不思議?」
ツトムは怯えた声で聞く。
「その通りっ!夕暮小七不思議の一つ、紫鏡!!」
じゅんぺいは、水を得た魚のように元気いっぱいそう言った。周りとは対照的に…。
…紫鏡。この言葉を二十歳まで覚えていたら不幸になるといわれる都市伝説が有名だが、
夕暮小学校の紫鏡は少し違った。
それは、この小学校の創立からあった大鏡だった。創立に尽力された方から寄贈されたもので、その方が気が狂って死んだとか、その方の娘がムラサキカガミと言って死んだとか…、火事のあった豪邸にあった鏡だとか、大虐殺のあった村から持って来たとか、鏡の前で自殺があったとか、学校の前で車にはねられた少女の霊が乗り移っただとか…。どの説が正しいのか、全てが嘘なのかわからない出自の大鏡。夜中、その大鏡の中に紫のもやがかかったとき、鏡の中から無数の白い手が現れて、そこにいるものを鏡の中に引きずり込むという…。
「お、俺は嫌だぜ。1階までは降りない!」
タケシは言う。ツトムもブンブンと首を縦にふる。「えーっ?なんでだよ?」とじゅんぺいは不満そうに言っている。
「とりあえずは、階段まで戻って、2階の渡り廊下を調べてみよう。」
ヤマトはまとめる。しかし…。ヤマトは、気になっていた。旧校舎3階の渡り廊下の奥、曲がり角よりもさらに奥が…。うなじのあたりがピリピリする。そこにいる何かに呼ばれているような気がする。
「じゃあ、行こうぜ。2階の渡り廊下に…な!」
タケシはじゅんぺいをけん制するように言った。
「…ごめん。みんなは先に行っててくれ。僕は、ちょっと気になることがあって。」
ヤマトは、そう言ってみんなを見送る。タケシが、「大丈夫なのか?」と声をかけるが、ピリピリの強くなるヤマトには聞こえない。ただ笑って返すのがやっとだった。
「なー、なー!早く行こうぜ!」
じゅんぺいからの催促に、タケシたちはしぶしぶ階段を降りていった。
旧校舎3階をさらに奥へと進むヤマト。角を曲がり、後は直線だ。その時、ヤマトの脳裏に映像が浮かぶ。
ドォン!
壁をぶち抜き、廊下へ出る動く人体模型…。
「!!」
現実に引き戻されるヤマト。実際には、壁には何の変化もない。
「今の、何だったんだ…?」
わけのわからないまま進む。しかし、ここから見えるその奥は、行き止まりのようだ。ヤマトはさらに進む。来たことのない場所にもかかわらず、なぜかわかっている。ここからは見えないが、その奥には何かがあることが。そして、ヤマトは、その奥に到達する。そこにあったのは…。
「トイレ…?」
ヤマトは言った。ゴクリとつばを飲み、中へと入っていく。
入り口近くには手洗い場。それより奥には扉が並んでいる。小便器がない。女子トイレのようだ。並んでいるのは個室の扉。6つある。ヤマトの脳裏に再び映像が浮かぶ。6つある扉のうち、5つは開いているが、左から3番目の扉だけが閉まっている。
しかし、実際ヤマトの目が見ているのはその逆。5つは閉じているが、左から3番目の扉だけが開いていた…。
「花子さん…、じゃないのか…?」
ヤマトは、開いている左から3番目の扉の中をのぞき見る。洋式だ…。中へ入り、フタをしたまま座る。ギィーと音がして、扉が勝手に閉まった。
「!!」
ヤマトは慌ててノブに手をかける。ガチャガチャガチャッ!鍵はかかっていない。でも、どちらに回しても、押しても引いても扉は開かない。
「何なんだよ、一体!!」
その時、ヤマトは、背後に気配を感じる。ノブを握る手にブワッと汗がにじむ。ガチガチと、歯が噛み合わない。恐怖で背後を振り返れない…。背後から声がする。
「赤いマント着せましょうか…?」
ヤマトの背後には、赤マントを羽織り、両手に大きな包丁を持った少女の上半身が、壁から突き出していた…。