33話 都市伝説辞典
「久々だ!ちゃんと来てくれよ!都市伝説辞てーーーーーーーーんっ!!」
タケルがその名を呼ぶと、上空にあった巨大な都市伝説辞典は、世界の吸収を止め、タケルの掲げた左手を目掛けて突進して来る。
「あーっ!わっ!うわーーーーっ!!ま、ま、待て待て!!」
タケルは慌てて叫ぶ。しかし、都市伝説辞典は勢いを緩める様子がない。タケルは、左手は掲げたまま、右手で両目を隠すようにして、その体勢のまま硬直してしまう。
「タケルッ、危ないよ!目を開けるんだっ!そのままじゃ押しつぶされてジ・エンドだっ!!」
赤ぼうずが叫ぶ。
「そ、そ、そうだよな!」
そう言うとタケルは、恐れつつ中指と薬指の隙間から都市伝説辞典を見る。
都市伝説辞典は、かなりの勢いでこっちに向かって来ている。しかし、
「おい、ヤマト!これってもしかしたら、こっちに有利なんじゃねーか?ほら、見てみろよ!」
タケルの声が明るい。
そして、タケルは走り出す。
赤ぼうずは、走るタケルを目で追う。
「オレじゃなくて、都市伝説辞典を見るんだよ、ヤマト!」
タケルは走りながら叫んだ。
赤ぼうずは言われた通り、都市伝説辞典を見る。すると、都市伝説辞典の軌道がズレた事に気付く。
「タケル!まさか!」
「そうだ!都市伝説辞典は、オレの左手に向かって来てるんだ!だから、このままオレが走れば……!!」
タケルはある位置まで走ると立ち止まり、ニヤリと笑う。
そこは、都市伝説辞典とタケルとを結ぶ線上に、上空のエディネアを捉えた位置だった。
「ここだ!全力で来いっ!都市伝説辞典っ!!」
タケルは叫んだ。
都市伝説辞典は、勢いよくエディネアへ向かう。
「行けーっ!!」
タケルは全力で叫んだ。
しかし、エディネアは上空で首を僅かに傾けるのみ。
都市伝説辞典はエディネアをすり抜け、タケルの左手にファサッと収まった。
「え?あんなにデカかったのに、なんでオレの左手に収まるんだよっ!!遠近感どうかしてるだろっ!!しかも、避けられやがって……」
タケルはそう言って、エディネアを見る。都市伝説辞典は首筋にもかすってはいないようだ。彼は無表情だが、タケルは笑われてるような気になる。
「クソッ!」
タケルが悪意を吐いたその時、エディネアが動いた。プテラノドンの翼で滑空し、鷹のカギ爪の鋭い切先でタケルの喉を掻っ切ろうと襲いかかる。
「うわーっ!なんでも良いから、都市伝説だっ!都市伝説を出してくれっ!!」
タケルが願うと、都市伝説辞典が光を発した。
パラパラと、自動でページがめくられていく……。
「もう、どのページでも良いからっ!!そこで良いよ、早く出せよ!都市伝説辞典っ!早くっ!!」
タケルは慌てて叫ぶ。鷹のカギ爪は、もうすぐそこまで来ている。
そして、都市伝説辞典は遂に、タケルの願いを聞き入れたかのように唐突にページをめくる見えない手を止める。
開いたページからモクモクと水蒸気のようなモヤモヤが湧き上がった。
「うわっ!」
タケルは小さな悲鳴と共に、モヤモヤに包まれる。
怪物エディネアは空中でバックステップし、警戒するようにモヤモヤの周りを旋回し始める。
そして、そのモヤモヤの中では、タケルが白い5本の何かに捕獲されていた。
「うぇ!な、なんだよこれ!!」
タケルは気持ち悪そうに叫ぶ。
すると、モヤモヤから声が返って来る。
「それは、私が言いたいね!」
「ん?」
タケルは、その声に聞き覚えがある。
「……桜田先生?」
桜田先生とは、タケルの担任の先生だ。
「違う、私だ!」
その時、突風でモヤモヤが晴れる。
タケルは、捕獲されたモノを目視する。
それは骨。彼は、巨大なガイコツの手に捕獲されていた。
「ガシャドクロ……」
タケルがそう言うと、赤ぼうずが、すかさず叫ぶ。
「違う!ガイコツ先生だろ?」
とツッコミを入れた。
ガイコツ先生とは……一年前の肝試し編8話以降参照。
「……何だ?その赤いぼうずは?……それより、御堂タケル!なぜ私が貴様を助けなければならないのだ!それに、ここはどこだ?」
ガイコツ先生は、不満そうに言う。
そして、そのままタケルを握り潰そうと手に力を込める。
「痛っ!待て待て!向こうを見るんだガイコツ先生っ!!」
タケルは慌てて怪物エディネアを指差す。
ガイコツ先生はそちらに首を向けると、
「ん?何だあの怪物は?」
と言った。すると、赤ぼうずが答える。
「……アイツはこの世界を消そうとしてる悪いヤツなんだ。」
「赤いの、なんでお前が答える?ん?その顔、黒板の目ってヤツの人間体だったか?けど、中にいるヤツは匂いが違うな……ん?この匂いは……」
ガイコツ先生は、名探偵気取りで謎解きを始めた。タケルは、慌ててツッコミを入れる。
「いやいや、後にしろって!今は時間がねーんだって!オレだってお前と共闘なんて嫌だけどよ。今だけでいい、一緒に戦ってくれよ!でないと、お前も消されちまうんだぜ!!」
タケルは、ガイコツ先生に懇願する。
しかし、ガイコツ先生は余裕の表情で笑う。
「ははっ!都市伝説は死なないんだよ。人間がいる限りはな。」
「だから、アイツは世界を消そうとしてるんだって!もちろん人間も都市伝説もひっくるめてだぞっ!!」
タケルは真剣に言うが、ガイコツ先生はヘラヘラしている。
「信じられないなぁ……」
ガイコツ先生がそう言った時、彼の背後から、彼を斬りつける何者かの影。
「痛っ!な、な、何だ!?」
ガイコツ先生は慌てて後ろを振り向く。
そこには、無表情な怪物エディネアが立っていた。カギ爪の鋭利な先端がギラリと光る。
ガイコツ先生の肋骨が、バラバラと2、3本下に落ちた。
「……やってくれたなぁ、怪物!しかし、負のエネルギーがあればこんな傷……」
ガイコツ先生はそう言うと、辺りを見回す。
「……あれ?人間は?」
彼は、今更ながら、その場に人がいない事に気付いたらしい。
「今は訳あって都市伝説辞典の中だ。負のエネルギーを集めるのは無理だぜ。ま、人がいたとしても、死に顔アルバムを使わせる訳にはいかねーけどな。」
とタケルは言った。
「……まぁ良い。後でお前から負のエネルギーをたらふく頂いてやれば良いだけだ。」
ガイコツ先生はニヤニヤしながらタケルを一瞥し、
「……けど、まぁ、まずは私を傷付けた貴様から、代償を支払ってもらおうか?」
と怪物エディネアを睨みつけた。
そして、ガイコツ先生は、切られていない肋骨の隙間から何かを取り出し、怪物エディネアに向かって放り投げる。
「……どうやら、貴様も夕暮小学校の卒業生のようだな。ほら、20数年前の卒業アルバムだ。懐かしいだろう?」
ガイコツ先生が言った。
「!!」
タケルはその瞬間に気づく。あれは死に顔アルバムだ。そして、そこに載っているのは御堂虎之介……この世界でのタケルの父親の死に顔だと言うことにも……。
タケルがそう考えている数秒のうちに、怪物エディネアは落ちた卒業アルバムに左手を伸ばしていた。
左手のカギ爪は拾いやすいようにか、人間に戻っている。
「そうだ。見たい欲望には抗えないだろう?拾え!そしてめくれ!ふはははは!」
ガイコツ先生は、邪悪に笑う。
怪物エディネアは、死に顔アルバムを拾い……
「やめろーーーーっ!!」
父親を案じたタケルが叫ぶ。
今、死に顔アルバムは、怪物エディネアの手の中にあり、彼は器用に右手のカギ爪でページをめくるように……。
「!?」
ガイコツ先生は驚く。
なんと、怪物エディネアは死に顔アルバムをめくるのではなく、カギ爪でつまんだ後、無表情のまま下に落とした。
床に落ち、バフンと埃を舞わせる死に顔アルバム。
「ん?どうした?上手く、めくれなかったのか?大丈夫だ。もう一度、慎重にやれば良い。右手も人間の手に変えれば、問題ないはずだ……」
ガイコツ先生は、怪物エディネアに対して丁寧に言った。
しかし……
ダンッ!!
辺りに地響きが起きる。
「ギャーーーッ!!」
ガイコツ先生の悲鳴が響く。地響きの原因は、怪物エディネアのゾウの足。
彼は無表情で、地響きするほどの力をもって、死に顔アルバムを踏み付けていた。
「ぐぎぎ……」
苦しむガイコツ先生。それもそのはず。ガイコツ先生の本体は、今、怪物エディネアに踏みつけられている死に顔アルバムなのだから。
「大丈夫か?ガイコツ先生っ!!」
もちろんそれを知った上で、タケルはガイコツ先生を心配している。
「お、おい……、他にも出せるんだろう?都市伝説辞典ってヤツで……何でも良いから、強力なヤツを出して、アイツの足を……退けて……」
ガイコツ先生は辛い表情でタケルに言った。
タケルは、慌てて考える。強力な都市伝説は……?
そして、1体の都市伝説を思い出す。
しかし、タケルは躊躇する。それを呼び出して制御出来るかどうか……
「は、早くしてくれ……」
掠れた声がタケルに、ガイコツ先生が弱っている事を教えている。
タケルは決意を固める。
「最強なヤツが1体いるぜ!こんな状況じゃあ呼び出すっきゃねーっ!!都市伝説辞典っ!!」
タケルの声と心に感応し、都市伝説事典が発光。見えない手がページをめくっていく。
先程ガイコツ先生を呼び出した時とは違い、明らかに意思を持ってページを探している。そして、都市伝説辞典は、そのページを探し当てる。
と同時にタケルは叫んだ。
「出てこいっ!カシマユウコッ!!」
都市伝説辞典上空3メートル辺りの空間が、ゴゴゴゴ……という重い何かを引きずるような音と共に扉のように開いていく……。
そして、その向こうから現れたのは、昔、小学校にあったような小さな古い焼却炉。
普通の焼却炉と違うのは、空に浮いている事と、内側から扉を破らんばかりに轟轟と焚かれた炎。
それは、まるで溶鉱炉のようだ。
一番近いタケルだけではなく、タケルから数メートル離れている赤ぼうずにも、その熱気が襲いかかる。
「タケルッ!な、なんてヤツを呼び出すんだっ!!」
赤ぼうずは怒鳴った。
「仕方ねーだろっ!強力な都市伝説って言やー、コイツしか思い出せなかったんだからよ!」
カシマユウコとは、この『都市伝説事典』に度々出てくる最強の都市伝説だ。初めに名前が出たのは、一年前の肝試し編3話での事……。
「けど、都市伝説辞典を持ってしても、コイツはタケルにも操れないだろ?」
「……や、やってみなきゃわかんね……。」
タケルの声が尻窄みに小さくなる。
死に顔アルバムをゾウの足の下敷きにしている怪物エディネアは、熱気を感じていないように無表情のまま、様子を伺っている。
タケルと赤ぼうずも、カシマユウコの出方を伺うように空飛ぶ焼却炉を見つめる……。
「……タケル。と、とりあえず命令を。」
赤ぼうずが口を開く。
「あ、ああ。」
タケルはそう答えると、空飛ぶ焼却炉に向かって叫んだ。
「カシマユウコ!都市伝説辞典の持ち主であるオレの声が聞こえるよな?そこにいるプテラノドンの翼を持った怪物を倒して、ガイコツ先生……死に顔アルバムを助けたいんだ!頼む!手を貸してくれっ!!」
空飛ぶ焼却炉はタケルの声に反応するように、扉を開いていく……。
中には、轟轟と焚かれた炎と、その炎にまかれた少女の姿があった。彼女こそがカシマユウコだった。
「……」
カシマユウコは、何も言わずに俯いている。
いや、わずかに首が動いている。
彼女と視線を合わせた者は死ぬ。それが彼女の都市伝説。
彼女は、ズズズ……と首を動かし、顔を上げていく。
そして、その視線は怪物エディネアの方へ向かおうとしていた。
「よし!そのまま……」
赤ぼうずは、タケルの気持ちを代弁するように囁いた。その声でカシマユウコを刺激してしまわないように、最新の注意を払って。
普段、空気を読まないタケルも、今は呼吸の音さえ浅い。なんせ、カシマユウコに見られたら終わりなのだ。
カシマユウコが、あと数センチ視線を持ち上げれば、怪物エディネアは彼女の視線に入る。
事は順調に進んでいるはずだった……
しかし、次の瞬間。
ガクンッとカシマユウコの首が折れる。
「!!」
赤ぼうずには、何が起きたのかわからなかった。
しかし、確実に言える事は、カシマユウコの視線は捻じ曲がり、自分を捉えているという事実だった。
「……突風だ。アイツがプテラノドンの翼で
突風を起こし、カシマユウコの首を折りやがった……。」
それを見ていたタケルが言った。
「……怪しいモノは、先に排除しておくのが良いでしょう?」
怪物エディネアは、無表情のまま言った。
「ヤマトッ!とにかく逃げろっ!!」
タケルが叫ぶ。しかし、赤ぼうずは動かない。
「……標的が僕で良かったよ。」
赤ぼうずが言った。
「え?」
タケルは不思議そうに聞き返す。
その時!
「があぁぁあアあああァーーーーッ!!」
咆哮を上げたのは、カシマユウコ。彼女自身も予期しなかった怪物エディネアからの攻撃に驚き、しばらく放心していたようだ。
しかし、その咆哮は、首を折られた痛みからではない。その証拠に、彼女の首には激しい炎がまとわりつき、瞬く間に傷を癒していく。
それは怒り。
そして、その怒りは怪物エディネアだけではなく、彼女以外の全てに向けられた。
カシマユウコの首を癒した炎より、さらに激しい炎が焼却炉の扉から放出される。
「うわっ!とっ!!」
「……っ!!」
タケルと赤ぼうずは、かろうじて避ける。
しかし、怪物エディネアに向かった炎は、二人に向かった炎よりも大きく激しい。
「……」
彼は無言でプテラノドンの翼をバサッと一振りする。
しかし、その突風は炎をさらに奮い立たせただけだった。
「ほう、これは素晴らしい。」
怪物エディネアは、カシマユウコを褒め称えるように呟き、翼を使って上空に飛ぶ。
そして、炎に向かって頭から急降下すると、炎ギリギリでグルリと宙返りをし、その遠心力を鷹のカギ爪に乗せ、炎を真っ二つに切り裂いた。
切り裂かれた炎は散り散りになり……。
「……うわちっ!あちちちちちっ!!!」
先程までぐったりしていたガイコツ先生が叫び出す。
なんと、怪物エディネアが飛び立った事で、ゾウの足から解放された死に顔アルバムが燃えている。
「うおーーーっ!」
タケルが、叫びながら死に顔アルバムにヘッドスライディングする。
タケルは、死に顔アルバムをつかむと、火を消す為にゴロゴロと床を回る。
「た、助かった……」
ガイコツ先生は弱々しく言った。
「よしっ!」
タケルは死に顔アルバムを掲げ、ガッツポーズを取る。彼のファインプレーで、死に顔アルバムは、少し焦げてはいるが無事だった。
「ナイスだよ、タケル!後は任せて!!」
赤ぼうずはそう言うと、カシマユウコの前に立ち塞がる。
「カシマユウコッ!視線を向けられたのは僕だっ!僕を狙えっ!!」
叫ぶ赤ぼうず。
「え?ま、待てよヤマト!!何してんだよ?」
慌てるタケル。
「これ以上暴れられても困るからね。死に顔アルバムにとっては、炎の方が危険……だろ?」
「……あ、ああ。まあな。」
赤ぼうずの問いに、ガイコツ先生は答える。
「けどよっ!!」
タケルは心配して叫ぶ。
「……大丈夫だよタケル。君の前にいる僕は結城ヤマトじゃない。君は忘れてるだろうけど、この体は黒板の目で構成されているんだ。本当の僕は、まだ異次元の牢獄に囚われたまま。言わばドローンを操作してリモート会議をしているようなものさ。そして、黒板の目は至る所に存在している。」
赤ぼうずは、カシマユウコから目を離さず言った。タケルを安心させる為だ。
「?」
「……ほら、僕は君の頼みでサトリを救いに向かっただろ?あの時と一緒さ。僕は消えても、またすぐに別の黒板の目で復活すれば良いんだよ。」
赤ぼうずはそう言うと、再びカシマユウコに向かって、
「来い!都市伝説カシマユウコ!!」
と、挑発した。
カシマユウコは、標的を怪物エディネアから赤ぼうずに移し、赤ぼうずを睨むや否や、猛スピードで赤ぼうずへと襲いかかった。
「ヤマトーーッ!」
タケルが叫ぶ。
ヤマトの周りの空間に、歪みが生まれ、それが拡大していく。そして、襲い来るカシマユウコがその歪みに入ったその時、ヤマトはタケルに笑いかける。
「大丈夫!カシマユウコは、都市伝説・5年3組黒板の目の能力、異世界移動で異世界へ連れて行く!すぐに戻って来るよ。」
ヤマトはカシマユウコと共に消えた。
「おい、ヤマトッ!サトリはどうなったんだよーーーーー!?」
タケルの叫び声がこだました。




