31話 都市伝説ジ典
さて、過去や世界線を行ったり来たりで大忙しの数話でしたが、ここからは29話から続く、一番新しい世界線の続き……。
相馬絵名の世界が真のアカシックレコードに吸収されつつある中、エディネアの前に現れた赤ぼうず。
そして、タケルはエディネアに向かって自信満々にこう言った。
「……その通り。エディネアさんよ。あんた、俺たちが何をしたのか知りたいか?」
と……。
「……という訳だ!エディネアッ!!」
分岐前のシナリオを見事に都市伝説事典編24話まで演じ切り、エディネアへのネタばらしまで終えたタケルは、感無量だった。
「な、なんだって!じゃあ、お前は、この世界が真のアカシックレコードに吸収された後、夕暮小学校七不思議7番目の校長先生の能力で、分岐点へと戻って来たと言うのかっ!?」
信じられないという表情のエディネア。
「だから、お前の正体を知ってるんだぜ、エディネア!!しかも、校長先生が偶然にも死んだばあちゃんだったもんだから、俺は今、完全なマトリョーシカを操れるって訳だ!!」
タケルは自慢気に言った。
「そして今、相馬絵名の世界は、タケルのマトリョーシカの中にある!真のアカシックレコードにも手出しは出来ないマトリョーシカの中にね。」
赤ぼうずの声も、勝利を確信していた。
「……では、今、私の目に映る光景は……真のアカシックレコードは何だと言うのだ!?」
エディネアが叫ぶ。確かに、世界はヒビ割れ、その先の空間から現れた真のアカシックレコードによって、辺りは人も、物もデータ化され、吸収されつつある。
「……良く見てくれよ。あれは、真のアカシックレコードじゃあ無いんだぜ。」
タケルが言った。エディネアは、真のアカシックレコードを凝視する。
すると、真のアカシックレコードだと思っていた巨大な本が、真っ黒に塗り替えられていく。
「な、なんだ?あの黒い本は?」
エディネアは動揺して、声が裏返る。
「もう少しすればわかりますよ。」
赤ぼうずの言葉が早いか、その黒い本に起こった変化が早いか。
黒い本の表紙の中央が、虫が這うようにうごめく。
そして、その虫たちが、黒い本の表紙に文字を浮かび上がらせてゆく…。
ー都市伝説“辞”典ー
「ん?どういう事だ?あの本は、相馬絵名のアカシックレコードではないか。」
エディネアは不思議そうに黒い本を眺めながら言った。
「いやいや、全然違うだろうよ!絵名の本は、都市伝説事典だろ?百科事典の事典だ。彼女が持っていた、実際の本のタイトルだ。けど、今、そこにあるのは、都市伝説辞典!国語辞典の辞典なんだよ!……ノートにオレが書いたんだよな。知ったばっかりの難しそうな漢字を書きたくて。で、間違っちまった。」
タケルは、懐かしそうに言った。
「何を言っている?」
タケルの言葉を理解出来ないエディネア。
「つまり、あれはオレの都市伝説“辞”典だよ、エディネア。相馬絵名の世界は、真のアカシックレコードに吸収なんかさせないぜ!」
タケルは言った。
「……ま、まさか、ここは相馬絵名の世界だぞ。一冊の本に一つの世界、それは決まっている事だ。他のパラレルワールドに影響を与える本なんて聞いた事がないぞ……。」
エディネアは驚いている。
「……けど、タケルはこの世界の人間じゃあ……ないんだよね、エディネア?あなたがタケルをこの世界へ連れて来た……ですよね?」
赤ぼうずは、出来るだけ感情が出ないように淡々と言った。その方が、エディネアに精神的なダメージを与えられると考えての作戦だ。
エディネアは考えながら言葉を絞り出す。
「確かに。……しかし、私が手を出さずとも、パラレルワールド間を移動してしまう事は間々ある話だ。神隠しなどと言われる事象の数%はソレなのだからな。そして、一つの世界に本を持つ者は一人。その一人がパラレルワールド間を移動してしまう確率は、ほぼ0に等しい。私が知っていて、タケルを連れて来たのなら話は別だが、それは無い……。」
「難しく考えんなよ、エディネア。例え確率が0に等しかったとしても、現にオレはお前に連れられてパラレルワールド間を移動したし、オレは本を……都市伝説辞典を持っているんだ。それが現実ってヤツだ!」
タケルは、きっぱりと言い切った。
「そうだね、タケル。そして、僕は気付いていたよ。一年前のあの肝試しの最後、僕は都市伝説事典と一緒に異次元の牢獄へ閉じ込められただろ?」
赤ぼうずは話し始めた。
「ああ。」
タケルは苦い顔で相槌を打つ。
「最初は、相馬絵名の都市伝説事典が槙村サトリを通して、タケルへ渡されたものだと思っていた。あの時、名前のない霊能師もそう言っていたしね。けれど、異次元の牢獄で一人、する事もなく、僕は都市伝説事典を開いた……。一瞬でわかったよ。これは僕たちの都市伝説“辞”典だってね。そして、あの名前を探した。僕たちの都市伝説“辞”典にしかないあの都市伝説の名前だ。」
そこまで聞いて、タケルが口を開く。
「……赤ぼうず、だよな?」
「そうだ。タケル。そして、都市伝説事典には、赤ぼうずが記されていた……。気付くと、表紙に書かれていたタイトルが、事典から辞典に変化していたんだ。」
「……それで?事典だか、辞典だか知らないが、タケルのアカシックレコードが支配出来る本来の世界はマトリョーシカの中だろう?この相馬絵名の世界で何が出来るというんだ?真のアカシックレコードのように見せかけて、私を驚かせるだけか?」
エディネアは言った。タケルは答える。
「驚かせるだけ?ちげーよ、エディネア。相馬絵名の世界は、俺の都市伝説辞典が吸収する!!」
それを聞いたエディネアは笑い出す。
「ハッハッハッハ。笑えるね、君たち。種から出来た唯のアカシックレコードが、他のアカシックレコードを吸収など出来る訳がない!アカシックレコードを吸収し、そのデータをその内に集積出来るのは、真のアカシックレコードのみの能力なのだからなっ!!」
「じゃあ、今の状況をどう説明する気だよ?」
「ふっ、幻覚か何かだろう?」
エディネアは、信じないというスタンスを続ける。しかし、そんなエディネアと対照的なのは、赤ぼうずだった。
「え?お、お、おい!ま、待ってくれよタケル?吸収ってどういう事だよ?相馬絵名の世界を救う為に戻って来たはずだよね?なのに、吸収するって?それじゃあ真のアカシックレコードと同じじゃないかっ!」
彼は、かなり慌てて言った。タケルは、誤解を解こうと赤ぼうずに弁明する。
「違うって、ヤマト!オレは相馬絵名の世界を守るために吸収するんだ!エディネアは、マニュアルを作る為に、真のアカシックレコードに、この世界のデータを吸収させようとしていた。そうだよな?」
「ああ。」
エディネアは、短く答える。心なしか、表情が硬い。
「けど、 オレはこの世界をこの世界のまま都市伝説辞典に一時避難させるだけだ。万が一、真のアカシックレコードがマトリョーシカ内に侵入してこないとも限らないだろ?そのための保険みたいなもんさ。この件が片付けば、すぐに元に戻すに決まってんじゃねーか!」
タケルは、赤ぼうずに言った。
「なら、いいんだけど……。」
赤ぼうずは、一先ず安心する。
だがエディネアは、逆に青ざめている。
「まさか、本当なのか……?」
と二人には聞こえないように呟いた。そして、
「……タケル。そして、赤い君は、タケルの親友の結城ヤマトくんだね。君たちはどうやら誤解をしているみたいだ。」
エディネアの口調は、先ほどまでとは違い、とても優しく誠実な口調になっていた。
「私達が君たちの上位に位置する存在だと言う事を未来…もしくは別の世界線の私は説明していたか?」
「……そうだな。確か言っていた気がするな。」
タケルは答える。
「真のアカシックレコードは、未完成の進化マニュアルである事。それを完璧にするためには膨大なデータが必要である事も理解してくれていると思って良いんだよな?」
「ああ。けど、そのデータの為に世界を消すってーのは、絶対に許せる事じゃあない!」
タケルはキッパリと言い切る。
「この世界がデータ収集のためにアカシックレコードの種によって大量生産されたパラレルワールドだとしてもかい?」
「……それでも、みんなが生きる世界だ!」
タケルは、ハッキリと自分の中の正義を持って言った。
「……私達は、君たち人類を1人も取りこぼさず進化させる。それが使命だ。今、君にはこの世界が消えてしまうように見えているのかもしれない。しかし、約束の日には全ての人類は復活し、進化を遂げる事が出来るんだ。それこそが真のアカシックレコードの力。そして、真のアカシックレコードを私達に与えて下さった……『神』……の力なんだ。だから、タケル。私達は敵ではない。私の行いがいささか荒っぽかったのは謝る。すまなかった。けれど、もう争う必要はないんだ。」
そう言って、エディネアは力強く優しい瞳でタケルを見つめる。
「タケル!騙されるなよ。真のアカシックレコードが使えないと分かった途端にそれだ!僕たちを丸め込もうって魂胆に決まっている!」
赤ぼうずはエディネアを疑っている。
しかし、タケルは虎之介を思い出していた。
タケルの思い出す虎之介は、ちゃんと父ちゃんだった。
「ヤマト。エディネアはさ、この世界でちゃんと父ちゃんをやってくれてたんだ。入学式や運動会、家族旅行の思い出だってある。全てが偽りだったとは思えねーよ。」
と、タケルは言った。
「信じてくれ、タケル。」
エディネアはもう一度言った。
「なあ、エディネア。お前達は何故こんな事をしてるんだ?進化なんて俺たちが望んだ訳じゃねーし、お前達にとって得になる要素もないだろう?でっけぇ宇宙の中で、ある程度の知能がある人類に出会う確率だってめちゃくちゃ低いんだろう?人類を探して回り、親切にも進化までさせてやるなんてよ。ありがた迷惑にも程があるって……。」
タケルは言った。怒りや悲しみの中に、虎之介への信頼や愛情も合わさって感情がぐちゃぐちゃになっている。
「ま、待ってくれよ、タケル!そいつの言う事が全部嘘だって可能性は否定出来ない!!神?進化?そんな嘘っぽい宗教的な話なんて、詐欺でしか使われないって!!」
赤ぼうずは、タケルを止めようと必死だ。このままエディネアと話を続ければ、タケルは洗脳されてしまうかも知れない。
「タケル、私の話を聞いてくれ!私は嘘を吐くつもりはない!真のアカシックレコードを完璧にし、全ての人類を私達と同じ進化に導く事は、必要な事なのだ!!だから、すぐにマトリョーシカを解き、世界を解放してくれないか?相馬絵名の世界だけではなく、君の中にある全ての世界を……。」
エディネアは懇願する。
「……なら、さっきの答えをくれよ。何故、オレ達を進化させるんだ?そして、神ってーのは、一体何者なんだよ?」
と、タケルは言った。
「……それは、真のアカシックレコードの1ページ目に記されている。」
エディネアは答える。
赤ぼうずは慌ててタケルとエディネアの会話を遮ろうと、二人の間に体を割り込ませ、
「やっぱり!こいつは、真のアカシックレコードを読ませる為に、タケルにマトリョーシカを解かせるって筋書きなんだよ!!」
と叫んだ。
しかしエディネアは、
「それくらい、そらで暗唱出来る。」
と言い、真のアカシックレコードの1ページ目を語り始めたのだった。