30話 不完全と完全
僕は結城ヤマト。
今から語るのは、校長室にエディネアが来訪し、校長先生の能力で、タケルが分岐点へと飛ばされた後の話……。
前回では、一年前の胆試し編20話と都市伝説事典編24話の2つの分岐点の話をしたけど、実は、タケルの分岐点はそれだけじゃなかったんだ。
語られ無かった分岐点はかなりあった。
けど、そのどれもが『しょーもない』分岐点ばかり!
サトリと喧嘩しただとか、サトリにイジワルしてしまっただとか、サトリが口を聞いてくれないだとか、サトリが……転校してしまっただとか……。
タケルって、こんなにずっとサトリの事が好きだったんだな。そして、彼女が花子さんになってしまった後も……。
話数でいうなら、都市伝説事典編10話。
花子さんである槙村サトリと、赤マントである槙村イノリの姉妹が、名前のない霊能師によって別の空間へと飛ばされてしまった回だ。
「理由なんてどうでも良いわ。自己主張の苦手なイノリが私に反発してるんだもの。嬉しいじゃない。意見が合わないなら、喧嘩になるのは姉妹なら当たり前でしょ?仲良し姉妹ならなおさらねっ!私、実はあなたに不満が色々あったのよ。我慢だっていっぱいしたわ。だから、喧嘩をしましょう、イノリ。あの頃出来なかった喧嘩を、今!!」
分岐点に到着したばかりのタケルの耳に、花子の声が飛び込んで来た。
「これは、えーと?」
タケルは、状況を理解しようと、必死に頭を働かせる。
「……お姉ちゃん。実は私も……いーっぱい我慢してたわ。」
赤マントは精一杯生意気な笑顔で花子に応える。
「決まりね。あ、それと、タケル。私は今、槇村サトリじゃないわ。私はトイレの花子さん。そして、彼女は赤マント。この姉妹喧嘩に勝ったほうが槇村サトリの体を得て、人間に戻る事が出来る。……それで良いわよね、赤マント?」
花子はタケルに、邪魔をするなと釘を刺しているようだ。
「いや、けどよ……」
タケルは何か言わなければと、会話に割って入ろうとする。
何故なら2人はこの後、名前のない霊能師によって……
「ええ。お姉ちゃ……じゃなかった。トイレの花子さん!この体は渡さないわよ!」
赤マントはとても嬉しそうに微笑んでいる。
悲しいかな。ストーリーは、以前と同じルートを、同じように進んでいく。
「ほうほう、面白い。やるが良いよ2人とも。で、勝って肉体を得た方と戦ってあげるわよ。家族の幸せを奪った復讐、したいんでしょ?ふふふふ。」
名前の無い霊能師が言う。
「おいっ!待てよっ!喧嘩なんかしてる場合じゃねーって!!このままじゃサトリもイノリもっ!!」
そうタケルが叫んだ瞬間、タケルの耳元で声がした。
「タケルッ!変えるべき分岐点は、ここじゃないっ!!」
ヤマトの声だ。タケルが振り向こうとすると、
「駄目だよタケル、振り向くな。この場面には、僕は登場していないんだ。今、僕は目の姿で、君の耳に張り付いている。」
と、制止される。
「あ、ああ。わかった。で、でもよ。このままじゃサトリがっ……」
タケルは小声で呟く。
「君は、サトリの事だと冷静じゃいられないんだな!彼女なら大丈夫だ。必ず戻って来る!」
「けどよ、この世界が吸収されちまうまでに、サトリは帰らなかったじゃねーかっ!!」
タケルは、少し声を荒げてしまう。
「ふはははっ。御堂タケル、お前も絶望しているようだね。よしよし。では、その姉妹喧嘩とやらが誰にも邪魔されないよう、新しい空間をねじ曲げてあげましょう。入るのは2人。でも、出る時は肉体を持つ者1人よ。そうれっ!」
彼女がそう言うと、ゴゴゴと空気が震える。空間が歪み、巨大な手のようになって花子と赤マントをギュッと掴む。
「ああああああーっ!!」
タケルは大きな声を出す。
その瞬間。
「わかった!わかった!僕が行ってサトリを助け出すよっ!だから、君はあの分岐点へ行ってくれっ!!状況は、君の向かった先にある黒板の目で知らせるっ!」
そう言うと、黒板の目はタケルの耳から離れ、花子、赤マントと共に、その場から忽然と消えた……。
そして、その瞬間。タケルも次の分岐点へと移動した。最後の分岐点となる、あの場所に。
話数で言えば都市伝説事典編22話のラストから23話にかけて……。
タケルが次に現れたのは、夕暮小学校の体育館だった。
「タケルッ!今だっ!!」
御堂虎之介の声がする。
「え?何が今だってんだっ!エディ……」
タケルが敵意向き出しで虎之介に食って掛かろうとしたその時。
「タケル、マトリョーシカを使うんだよっ!!」
黒反モクメが叫ぶ。
「え?どっち?」
タケルは混乱している。『どっち』というのは、今叫んだのは黒反モクメか?はたまた赤ぼうずか?という問いだった。
「僕だっ!!」
その問いを受け、モクメは即答する。確かにタケルの耳に聞こえた声はモクメの声だった。しかし、タケルにはわかった。この語らずとも理解してくれる安心感は、赤ぼうず……結城ヤマトだと。
その一瞬で、タケルは次の行動を決める。
「わかった!行くぜ!マトリョーーーーーーシカッ!!!!」
その声をきっかけに、タケルの魂は肉体を超えて拡大を始めていた。彼の意識は既に体育館より外へと向かっている。
『タケル!今見える景色はどうなっている?』
テレパシーで通話して来たのは、赤ぼうずだった。
『テレパシーは、モクメの声じゃねーんだな。』
タケルもテレパシーで会話をする。
『ああ。君のマトリョーシカの範囲内なら、エディネアに聞かれる事無くテレパシーで会話が出来るからね。』
赤ぼうずは答える。
『なるほどな。けど、ヤマト。ここは、本当に分岐点か?オレには思い当たるようなフシがねーんだよなぁ……。』
タケルは、考えるフリをしながら言った。
『……テレパシーでフリをしても筒抜けだよ、タケル。』
赤ぼうずは呆れた声で言った。
『それに、わからないかい?ココこそが君が変えるべき分岐点。そして、既に分岐は始まっているんだよ。』
『え?オレは、ここに来てから何もしてないぜ?』
タケルには、分岐した理由がわからない。
『……君は、マトリョーシカを使っただろ?』
赤ぼうずは言った。しかし、それを聞いてもタケルにはピンとこない。
『ああ。けど、前も同じタイミングでマトリョーシカを使ったはずだぜ?』
すると、赤ぼうずは、
『タイミングは変わらないさ。』
と言った。そして、彼はさらに話を続ける。
『……けど、あの時、君が発動したのは不完全なマトリョーシカだった。今の君は、校長先生のおかげで完全にマトリョーシカを操る事が出来るようになっている。』
『……そうか!オレは今、完全なマトリョーシカを発動してるんだもんな!これでこの世界を、みんなを救う事が出来るんだな。』
タケルは嬉しそうに言った。しかし、
『まだ安心は出来ないよタケル!分岐点において別ルートを選択しているとは言え、今のままだと、前回と変わらない。』
赤ぼうずは、浮かれたタケルに釘を刺す。
『なら、これからオレはどうすれば良い?』
タケルは、赤ぼうずに信頼を持って尋ねる。
『とりあえずは、前回と同じように、夕暮町の外側が見えるくらいまでマトリョーシカを拡大して!』
『あ、ああ。わかった!』
タケルはそう言うと、マトリョーシカを拡大し、夕暮町全体を包み込む。
『出来たぜ。』
『……どう?前回もタケルは夕暮町の外側を見たんだよね?』
『うーん、どうって言われてもなぁ。今回も夕暮町の外側には、何も無い。吸い込まれそうなぐらい真っ黒な空間だぜ……。』
タケルは身震いする。
『……タケル、もっとマトリョーシカを拡大出来るよね?』
赤ぼうずは言った。しかし、
『……もうやってるよ!けど、やっぱり夕暮町の外側は、どこまで行っても何もねーぜ……』
真っ黒な空間を独り漂うタケル。だんだんと気味が悪くなってくる。
『……それはおかしいな。あの時は僕も騙されたけど、そこは、相馬絵名が都市伝説事典を引用して作り出した世界だ。その外側に本来の世界があるはずなんだけどな……』
赤ぼうずはそう言って、首をかしげる。実際、体育館にいる黒反モクメの体が動いている訳ではない。首をかしげるイメージがテレパシーでタケルに伝わっているという事だ。
『え?どういう事だよ?現にどこまで行っても真っ黒だぜ?オレはいつまで独りぼっちで、こんな所にいれば良いんだ?気味が悪いぜ……。」
タケルは青ざめた顔で言った。
『……その世界は要するに、規模の大きな都市伝説だ。その真っ黒な空間も含めてね。だから、その外側に行けば、本来の相馬絵名の世界に辿り着くはずだと考えたんだ。あの時の不完全なマトリョーシカでは辿り着けなかった、相馬絵名の世界の全容が見える場所に。完全なマトリョーシカなら届くと思ったんだけど……』
赤ぼうずは、そう言った後も、『何かがおかしい……』『何か間違った部分はないか……』とブツブツ言いながら、頭の中で試行錯誤を繰り返している。そして、何かに気付いたように、タケルにこう言った。
『なぁ、タケル。校長先生に教わった通りにマトリョーシカを使ってるか?確か、大きくなる時は……?』
『えーと、被せて…………あっ!そうかっ!マトリョーシカを拡大させる事に必死で忘れてたぜ。閉じなきゃいけねぇんだった!』
タケルは言った。
『それだよ、タケル!そこで一旦マトリョーシカを閉じる事で、都市伝説はタケルの内側に入る!そうなれば、その外側には……!』
『本当の相馬絵名の世界があるって訳だな!よしっ!!』
タケルは、気合いを入れ直し、こう叫んだ。
『行くぜ!被せて、閉じるっ!だっっ!!マトリョーーーーーーシカッ!!!!』
すると、声を合図にタケルの周りにあった真っ黒な空間が晴れていく……。
そして、そこには…
「うっ!うわぁああああーーーーーーっ!!」
その光景を目撃したタケルは、大声を上げてしまう。そして、その声は、体育館の中にも響き渡ってしまった。
『タケルッ!落ちついて!体育館まで声がだだ漏れてるっ!』
赤ぼうずが慌てて言った。
『あ、ああ。ごめん。』
タケルは赤ぼうずの声で少し落ち着きを取り戻す。
『落ちついたね?とりあえず、さっきの大声は大丈夫。前回、君が夕暮町の外側を見た時の叫びとほぼ同じタイミングだった。』
赤ぼうずは、安堵して言った。
『けど、大変なんだって!今、オレが見てる光景がっ!!』
タケルは慌てて状況を説明しようと話し始める。しかし、それを制止する赤ぼうず。
『待って!今は、エディネアに怪しまれない事が重要だよ。前回と同じように彼と会話するんだ、タケル。シナリオは、マトリョーシカによって、君の中に取り込まれているはずだよ。』
赤ぼうずがそこまで言うと、
「おい、タケル。父親の声が聞こえているだろう?さぁ、今、お前の目が映している光景を皆に教えてやるんだ。」
という、御堂虎之介……エディネアの声がタケルに届いた。
「……。」
タケルは何も答えない。
赤ぼうずのテレパシーが聞こえる。
『よし、シナリオ通りだね。そのまま続けて。しばらくしたら、エディネアは、『この世界の真実』ってヤツを饒舌に話し始める。長ったらしくね。そこで、また話そう、タケル。もちろんテレパシーでね。』
「タケルッ!!」
無言のタケルに、虎之介は怒りを含んだ声で叫ぶ。
「……い、いやだ……。」
シナリオ通り、タケルはボソリと小さな声で答えた……。
しばらくして、まだ正体を隠し虎之介と名乗っていたエディネアは、饒舌に、長ったらしく『この世界の真実』を語り始めた……。
そこら辺を復習したい方々には、都市伝説編23話を再読して頂くとして、その裏側で、タケルと赤ぼうずは、再びテレパシーでの会話を再開する。
『で、さっきは何に驚いていたんだい、タケル?』
と、赤ぼうずからのテレパシーが届く。
『おっ!やっと来たか。いや、マトリョーシカを閉じた後の光景がヤバいんだって!これは宇宙だ!けど、普通じゃねー!ここには、地球も月も太陽も土星も木星もねーんだ!太陽系の惑星だけじゃねーぜ。いや、星という星が全部、本になっちまってるんだよ!!』
タケルは驚きを隠さず放出した。
『なるほど。……タケル、多分、君が見ているのは、宇宙というより平行世界やパラレルワールドの概念だと思う。』
赤ぼうずは、考えながら答える。
『どういう事だ?地球はどうなったんだよ?』
タケルは、赤ぼうずに聞き返す。
『きっと、地球が無くなった訳じゃなくて、君に見えているのは、エディネアが言っていた真のアカシックレコードの種たちが成長し、本になった姿なんだよ。その本たち1冊1冊が、誰かが創造したパラレルワールドなんだ。そして、相馬絵名の世界である「都市伝説事典」もそこに存在するはず。タケル、マトリョーシカを「都市伝説事典」に使ってくれ!!』
赤ぼうずが、言い終わるか終わらないかのタイミングで、タケルが慌てて叫んだ。
『うわっ!ヤバいぜヤマトッ!なんか、他の本と比べるまでもなく、かなりデカい本がこっちに向かって来てるっ!……あれは…………ん?覚えてるぞっ!エディネアが言ってた、真のアカシックレコードってヤツだっ!!』
『落ちついて!真のアカシックレコードも、マトリョーシカの中には入っては来れないはずなんだ!現に、タケルの中にある世界は、真のアカシックレコードには記載出来ていないとエディネアも言っていたからね。けど、時間はないよ!急いで「都市伝説事典」にマトリョーシカを使うんだ!!』
『あ、ああ。わかった!「都市伝説事典」に、マトリョーシカを被せ、閉じるっ!』
タケルの掛け声と共に、マトリョーシカが発動する。
マトリョーシカは、都市伝説事典を包み込み、閉じた……。