24話 収穫
「お前が種をっ!?」
とモクメが叫ぶ。
「ああ。私だよ。もちろん収穫のためにね。」
と、虎之介が答える。
「……収穫?」
モクメには、虎之介の言葉が妙に引っかかった。不穏な空気を感じる。
「クック。察しがいいねぇ、黒反モクメ。そして、残念だが、まさに今、収穫の時が訪れたようだ!」
虎之介がそう言うと、ゴゴゴ……と地鳴りがし、辺りが揺れ始める。
「うわーっ!」
体育館にいる子供達が一斉に慌て始める。
「騒ぐなっ!!」
虎之介が怒鳴ると、子供達は一斉に静まり返る。
「もう遅い。世界を生み出した者が真に絶望した時こそ収穫の時なのだ。この世界の終焉が始まるぞ!ハハハハハハハハ!」
笑う虎之介。地鳴りが大きくなり、体育館がひび割れていく。それだけではない。空間に浮かんだ結界のひび割れも拡大していく。
「け、結界がっ!!ダメよ!都市伝説達が押し寄せて来るわっ!!」
それを見た絵名が叫ぶ。
結界のひび割れが拡大し、空間に大きな穴が浮かぶ。
穴の中には、ここと同じ体育館内の風景が存在する。こちらよりも暗い。そして、こことは違う異様な空気を感じる。
それは負のエネルギー。穴の中の体育館は、夜の学校のそれだった。
ダム……ダム……ダム……
穴の中でバスケットボールが弾んでいる。
ダム……ダム……
それが、ひび割れを越えてこちら側に侵入して来る。
暗がりを抜け、明かりに照らされたバスケットボール。
だがそれは、バスケットボールではなく少年の頭部だった。
「キャーッ!」
それを見てパニックを起こす子供達。
「ハハハハハハハハッ!ただの都市伝説にそれほどまで狼狽えるか?しかし、もうそんな次元の話じゃあない。」
虎之介がそう言うと、突然、床に転がる少年の頭部にバリバリとヒビが入る。
少年の頭部だけではない。空間の穴からのぞく夜の学校全体に、こちら側と同じようなひび割れが起こっていく。
こちら側の崩壊よりも先に、夜の学校側の世界が音を立てて崩れていく……。
更に先の空間が姿を現す。
「何だあれ?」
誰かが言った。
そこに何かが浮かんでいる。
それは、焼却炉。
浮かぶ焼却炉の扉が開き、中から炎と共に少女が現れる。
絵名が口を開く。
「……カシマ……ユウコ……!!」
都市伝説カシマユウコだ。
しかし、現れたのは彼女だけではない。あまたの凶悪そうな都市伝説達が、夜の学校の先の空間に現れ、そこから次々とこちら側へと侵入を開始する。
「……カ、カシマユウコ以上の都市伝説があんなにたくさん……。結界の修復は間に合わなかった……。もう……駄目だわ……。」
絵名は膝を折り、床に崩れる。
絶望に瞼を閉じる。
虎之介はニヤリと笑う。
「……チェックメイトってヤツだ。」
「おい、待てよっ!誰か1人でも希望を持ってればまだ助かる見込みがあるって話じゃねーのかよっ!!」
そう叫んだのはカゲルだった。虎之介は落ち着いた口調で答える。
「わからないか?忍者の末裔。今から結界を修復するという事は、677の魂を犠牲にするという事だ。今回、13階段の持つ過去に得た魂を使ったとしても、その結界がどこまで持つか……。カシマユウコ以上の都市伝説があれだけいるんだ。明日……いや、今日中にでも破壊されてしまう可能性だってある。そうなれば、次に差し出すのはお前達の魂なんだぞ。仮にそうまでして結界を張ったとして、その結界は誰を守るための結界だ?お前達は、誰のために犠牲になる?」
「……。」
カゲルは次の言葉を出せずに、口をモゴモゴさせることしか出来ない。
「……それにな、相馬絵名は気付いてしまったんだ。この世界は彼女が作り出した世界。だからこそ、この結末も彼女が望んだものだ。そして、それこそが彼女にとっての最大の絶望なんだよ!」
そう言って笑う虎之介。
都市伝説達から逃げ惑う子供達に、更に地割れが追い討ちをかける。
「もう何を起こそうが結果は変わらないんだ!ハハハハハハハハ……。」
虎之介の言葉は地鳴りにかき消され、逃げ惑う子供達には届かなかったが、その耳障りな笑い声だけはなぜかその場に響き渡っていた。
その時。
「おい、何だコレっ!何があったってーんだ!?」
先程までもぬけの殻だった者の方から声がする。
「おいっ!父ちゃんっ!!」
それはタケルの声。テレパシーではなく、声帯から発された声。
マトリョーシカの発動によって巨大化していたタケルの意識は、この瞬間、体に戻って来ていた。
「おいおい、驚きだ。あれだけ膨れ上がった魂を一瞬で体に戻して、何ともないのか?タケル?」
虎之介が言った。その表情は、本当に驚いているようだ。
「え?なんともねーよ!そんな事よりこれはどういう……」
「……素晴らしい成長だ。ここで収穫させるには惜しいな。」
虎之介は、独り言のようにボソリと呟いた。
「え?」
「いや、何でもない。タケル、もう少し待っててくれ。父さんと一緒に次の世界へ行こう。」
「次の世界だって?父ちゃん、ちゃんと説明してくれよっ!」
「さぁ、もうすぐ現れるぞ!」
虎之介がそう叫ぶと、今までバラバラだった壁、床、天井、空間、全てのひび割れに法則性が付与され、重なり、新たな大穴が形成されていく。
その穴の先、破れた空間の中。
タケルの目はそこに浮かぶ巨大な何かを見つける。
それは、巨大な……巨大な!!
巨大な1冊の本だった。
「な、何だあの巨大な本はっ!!」
タケルが叫ぶ。
すると、子供達を襲っていた都市伝説達に異変が起こる。受信状況の悪いテレビのように、都市伝説達にノイズが走った。
そして、彼らは悲鳴を上げる。
彼らの体を構成するものが粒子状に細かく分解され、巨大な本へと吸収されていく。
「え?あの本は味方なのか?俺たちは助かった……のか?」
わけがわからないが、それを希望だと感じたタケルが言った。
「違うなぁっ!」
しかし、その希望を虎之介の声が打ち砕く。
虎之介は喜びに満ちた表情で更に続ける。
「見ろっ!あれこそが真のアカシックレコードッ!真のアカシックレコードの種子を与えられた者がアカシックレコードを生み出し、そのアカシックレコードが世界を創造する!そして、種子を与えられた者が真に絶望したその時、真のアカシックレコードが現れ、その世界の全てを刈り取るのだっ!!刈り取るとは、すなはち、世界をデータへと変換し、真のアカシックレコードの一部とする事よ!!じきこの世界は無となり、真のアカシックレコードに記録されることとなるのだっ!!」
「うわぁっ!!」
叫んだのは、タケシ。
タケシの腕も粒子状に細かく分解され、真のアカシックレコードと呼ばれた巨大な本へと吸収されていく。
いや、彼の腕だけではない。その場のあらゆるものが分解され、吸収され始めていた……。
「これこそが世界の終焉!終末を楽しめ、子供らよ!!」
虎之介は、今までタケルが見た事のないくらい邪悪な笑みを浮かべて言った。
「……ついに終末か……」
モクメの口から漏れたその言葉は諦めの言葉なのか……。
世界は分解され、次第に姿を失い、辺りには何も残らなかった……。
ただ、巨大な本と……。
「ハハハハハハハハハハ……!!」
御堂虎之介の笑い声が響いていた……。




