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都市伝説事典  作者: ニカイドウ
都市伝説事典編
127/137

23話 この世界は……

「マトリョーーーーーーシカッ!!!!」


 その声をきっかけに、タケルの魂は肉体を超えて拡大を始めていた。彼の意識は既に体育館より外へと向かっている。

 一方、体育館内では……。相馬絵名の後ろに黒い影のようなものが揺らめいていた。


『な、なんです?何が起きたと言うの!?』


 そのモヤが言葉を発する。いや、それはテレパシー。受信した者達には、言葉以外の情報も送られる。その情報が知らせたのは、モヤこそが相馬絵名の体を乗っ取っていた名前のない霊能師の意識体だという事だった。


『くっ!いつの間に外に?しかし、今一度戻れば済む事……』


 モヤは、そう言って相馬絵名の肩に手をかける。


 バチバチバチッ!!


 火花が散る。実際には散ってはいないが、名前のない霊能師にはそう感じる。モヤの手の部分がビリビリと痺れている。


『なに?私には肉体がないのよ。それなのに、なんなの?この痛みのような感覚は……?』


「……もう私の中には入らせないわ。名前のない霊能師。」


 そう言ったのは、今まで彼女が絶望を与え操っていたはずの相馬絵名だった。


「相馬絵名!自分を取り戻したのか?」


 虎之介が叫ぶ。


「ええ。もう大丈夫。あなたのおかげで、全て思い出したわ。ありがとう、御堂虎之介。」


 相馬絵名は言った。


『何を思い出したと言うのっ!!』


 名前のない霊能師はそう叫ぶと、再び彼女の体内へ侵入しようと、人の姿を崩して相馬絵名に覆い被さる。


「父親に都市伝説辞典を燃やされた時、私は絶望から逃れるためにもう一つの都市伝説辞典を創り出した…。それこそがこの本だった……。」


 相馬絵名はそう言うと、右手を上げる。右手には、まだ虎之介の元にあったはずの都市伝説辞典を掴んでいる。


『い、いつのまにっ!』


 怯む名前のない霊能師。


「……もう、消えなさい。」


 落ち着いた口調で相馬絵名が呟く。都市伝説辞典が鈍く光る。


『うわっ!な、何をするのです!や、やめろーっ!』


 名前のない霊能師の叫びがあたりにこだまする。

 すると、モヤは一点に集約する様に小さくなり、消えた。その声……テレパシーの余韻すらも残らなかった。


「結界を張る能力だけは預かっておくわね。」


 相馬絵名がそう言うと、モヤが消えた辺りから淡く輝くフワフワしたものが彼女の方へと近づいていく。そして、そのフワフワは彼女に吸収された。

 すると……。


「うわっ!手が戻った!」


 タケシが叫ぶ。両手をブンブン振り回している。その手は魔女の木から人のそれへと戻っている。


「……え、絵名……。」


 相馬絵名を呼ぶ声。彼女の母親、木ノ下綾子だった。

 空間を漂っていた名前のない霊能師のエネルギーにねじ曲げられつつあった彼女も、今は元の姿に戻っている。彼女の顔には疲労の色が浮かんでいるが、それ以外は問題ないようだ。

 そして、体育館に倒れていた児童達も、1人、また1人と起き上がっていく。


「え?体育館?」「あれ?何してたんだっけ?」


 と口々に話す児童たち。どうやらしばらくの記憶を失っているようだった。


 ……その時。


「うっ!うわぁああああーーーーーーっ!!」


 それは、マトリョーシカを発動したはずのタケルの叫び声だった。

 話は少し遡る……。




「マトリョーーーーーーシカッ!!!!」


 そう叫んだ直後、タケルの意識は学校の外にあった。実際はタケルの魂が巨大化し、学校を飲み込んでしまったため、自身の外側にある世界しか見えなくなってしまったという事なのだが……。


『タケル!マトリョーシカは成功したのか?』


 タケルに誰かからの声が届く。


「え?誰だ?」


 タケルは聞いた。


『僕だよ。黒反モクメだ!』


「え?本当にモクメか?」


 普段のモクメの声とは違うような気がして、タケルは聞き返す。


『ああ。テレパシーだから、普段の声とは違うように聞こえるのかもしれないね。』


 モクメと名乗った人物は言った。


「そうか……」


 タケルは言った。違和感はあるが、その声……テレパシーには、何故か懐かしさと安心感があった。


『こっちはまさに今、相馬絵名が名前のない霊能師の呪縛から解き放たれた所だ!そっちはどんな状態だ?どれくらい魂を拡大出来ている?』


 モクメはタケルに質問する。


「……お、おう。ちょっと待ってくれ。」


 タケルはそう言うと、幽体離脱した時の事を思い出す。あの時、体に魂を行き渡らせたように、拡大した魂全体に意識を集中する。

 すると、魂と重なるように小学校の校舎が見える。


「……ちょうど校舎と同じくらいの大きさみたいだぜ。」


 タケルは言った。


『もっと広げる事は出来るかい?』


 モクメは聞いた。タケルは答える。


「ああ。全世界の人に魂を分けてもらわなきゃなんねーからな!やってみるぜ。まずは夕暮町全体に行き渡るくらい魂を拡大してみる!」


『頼む!』


 タケルは、意識を集中し、魂を更に拡大させる。夕暮町全体を自分の体に見立てて、隅々にまで魂を行き渡らせるようにイメージする。


「……うん。夕暮町全体を感じる。小さな路地の1つ1つまでが、まるで自分の指一本一本のように理解出来るぜ。それに、まだ……まだまだ行ける。」


 タケルはそう言うと、夕暮町の外側に目を向けた。

 その時……。


「うっ!うわぁああああーーーーーーっ!!」



 突然のタケルの叫び声。


『ど、どうしたんだ?大丈夫か、タケル?』


 モクメは心配して声をかける。

 体育館内にいる子供たちがざわつく。マトリョーシカ内にいる者全員にその叫び声は聞こえていた。


「な、なんだ?今の叫び声は?」


 タケシが声の主を探すように当たりをキョロキョロと見渡す。


「今の声ってタケルくんの声じゃない?」


 ツトムが言った。


「確かに!でも、タケルならそこに抜け殻のように突っ立ってるぜ。」


 カゲルが言った。

 タケルの意識は体より外側にあるため、彼らの側にあるタケルの体は、まさに抜け殻だった。


「どうしたの?私よ!相馬絵名よ!タケル!マトリョーシカは成功したんでしょ?ねぇ、何があったの?」


 相馬絵名がタケルに語りかける。が、反応がない。


『タケル!タケル!』


 黒反モクメも先程からテレパシーでタケルに話しかけているが、反応はない。


「……マトリョーシカを使って、魂が夕暮町を越えたか?」


 低い大人の声。それは、先程までとトーンの違う御堂虎之介の声だった。虎之介は続ける。


「黒反モクメ、ナイスアシストだ。お前のおかげで俺の目的は達成されたよ。」


 その言葉を受けて、黒反モクメはタケルとのテレパシーを止め、虎之介に向かってこう聞き返した。


「え?……目的?」


「ああ。子供ってーのは、不思議なもんでな、中にたった1人でも希望を持ったやつがいれば、それが伝播しちまう。例え他の全員が絶望していたとしても……だ。だから、俺はこのシナリオを用意した。今回の子供たちの中には、めっぽう諦めが悪いヤツがひとりいたもんで苦労したぜ。」


 そして、虎之介は体育館中に聞こえるように叫ぶ。


「よく聞け、ここにいる全ての子供達よ!今から、俺が、この世界について教えてやるっ!!」


「…………。」


 辺りが静まり返る。


「おい、タケル。父親の声が聞こえているだろう?さぁ、今、お前の目が映している光景を皆に教えてやるんだ。」


 優しく語りかけるように虎之介が言う。


「……。」


「タケルッ!!」


 今度は怒りを含んだ声で虎之介は叫ぶ。


「……い、いやだ……。」


 ボソリと小さな声がその場にいる全員に聞こえる。タケルの声だ。


「言え!!」


 虎之介は言い放つ。その声は必要以上に大きくはなかったが、冷酷で強制力があった。

 タケルは観念したように口を開く。


「……ない。ないんだ……。」


「え?タケル、ないってどういう意味なの?」


 相馬絵名は堪らずタケルに質問する。

 辺りがザワザワとし始める。


「うるさいなぁ。」


 虎之介が圧のある声で言う。

 辺りは一瞬で静まり返る。


「でも、まぁタケルも悪いぞ。ほら、ちゃんと説明してやるんだ。皆にわかるようにな。」


 少し軽い口調で虎之介が言った。

 タケルは答える。


「ないんだ。あるはずのものが……。この夕暮町の外にあるはずの風景……その何もかもがないんだよ。この世界には、夕暮町以外のものが存在していないんだ……。」


「な、なに言ってんだよ、タケル?そ、そんなわけないじゃねーか?」


 タケシが声を震わせながら言った。


「そ、そうだよ。僕、旅行にだって行った事あるし……。」


 ツトムが言う。


「俺なんて長野から引っ越して来たんだぜ。」


 カゲルも口を開く。


「……でもよ、ないんだ。何もない。あるのは夕暮町だけなんだよ。」


 タケルは言った。


「ハッハー。その通り!この世界にはもう夕暮町以外存在しないんだ。訳を教えてやろうか?」


 虎之介が嬉しそうに言う。

 が、誰も答えない。

 虎之介は意地の悪い笑みを浮かべながら続ける。


「……そうか。そこまで言うなら教えてやろう。この夕暮町には、向こうの世界から都市伝説の侵入を防ぐための結界があるのはもう知っているよなぁ?だが、実はその結界があるのはここだけじゃなかったんだ。この世界と向こうの世界を繋ぐ綻びは世界中に存在した。そして、ここと同じように結界によって封印されていたのさ。だが残念な事に、ここ以外の結界は全て決壊した……。」


「えぇっ!!」


 相馬絵名は驚く。


「……もちろん世界には都市伝説が溢れ出した。結界の残る日本以外は、結界のあった場所付近から壊滅して行ったのさ。だが、そんな状況の最中、馬鹿な日本の上級国民達は、唯一残った結界のあるこの土地を新興住宅地にし、金のある者へと分譲し始めた。夕暮町のみを守るために結界を更に強化してな。君達の命が今あるのは、君達のおじいちゃん、おばあちゃんが金を持っていたからなんだよ。」


 虎之介は、下卑た笑みを浮かべている。そして、続けてこう言った。


「……だから、俺は最後に夢を見せてやったのさ。おじいちゃんやおばあちゃんの……いや、出資者達の夢を、君達にね。」


「ゆ、夢?」


 タケシが聞く。


「ああ。君は……そうだ。名前のない霊能師を呼び込むためにババアの夢を見せてやったんだっけか。」


「……。」


 タケシは目を見開き、恐れと怒りを併せ持った感情を浮かべる。


「そして、君にはクソジジイの夢を利用して、名前のない霊能師の秘密をリークしてやったなぁ。」


 虎之介はツトムに向かって言った。


「!!」


 ツトムは怯えている。


「ツトム君だったか?あのメモな、あれはゴミだ。君のおじいちゃんは新聞記者でも雑誌記者でもなかったんだぜ。悪どい商売で金を集めたタダの金持ちだ。」


 虎之介は、吐き捨てるように言った。


「そ、そんな……。」


 尊敬していたおじいちゃんを否定され、瞳の色を失うツトム。


「まぁ、そんなに落ち込むなよ。どうせここにいる全員が消えちまうんだ。そして……」


 虎之介は相馬絵名を見る。

 相馬絵名は目を泳がせている。


「……そ、そんな……。私、知ってるわ……。」


 絵名が言った。


「え?何を知ってるんだ?相馬絵名?」


 モクメが聞く。


「くくっ!」


 虎之介が堪えきれないといったふうに笑う。

 絵名の口が開く。


「都市伝説よ。この町の真実っていう。……実は世界は滅びていて、唯一残ったこの町の住人は、平和な世界の夢を見させられている。そんな都市伝説。そしてもうひとつは、金持ち達のシェルター。……この日本のどこかに、世界の滅亡が迫っている事を察知した金持ち達によって建造されたシェルターが存在するらしい。もちろんそこに入れるのは金持ちのみ。だから、君達もどんな手を使ってでも今のうちに金を稼いだほうが良いよ。手遅れにならないうちに……。そんな話よ。そして今の状況は、まるでその2つの都市伝説を融合させたよう……。」


「融合させたよう……じゃあないな。」


 虎之介が言う。


「え?」


 絵名は聞き返す。


「融合させたんだ。そして、それは今回に限った事じゃあない。……君だよ、相馬絵名。君がママに貰った都市伝説事典を引用したんだ。」


 虎之介はそう答える。


「な、何を言っている?意味がわからない。」


 モクメは言った。混乱している。

 虎之介は答える。


「……だから、相馬絵名はママに貰った都市伝説事典を引用して、この世界を創った。そう言ってるんだ。この状況だけじゃない。この世界は、相馬絵名が都市伝説事典の内容を彼女なりに解釈し、分解、融合させて創り出した世界なんだよ。」


「な、なんだって!」


 モクメは驚く。

 虎之介は気にせず、絵名に向かって話しかける。


「相馬絵名。君は、ママに貰った都市伝説事典を父親に燃やされ、その手に持つ黒い本を創り出した。けれど、それはただ単に本を創り出したというだけでは無かったんだ。

 君は、その本の真の名前を誰かに聞いたか?

 ……アカシックレコード。世界の全てが記された本。いや、本であれ、ディスク、メモリーカード、ゲームのカセット、媒体は何でも良い。アカシックレコードとは、世界が記されたものではなく、世界はアカシックレコードから創造されるものなんだ。

 相馬絵名、この世界は君が都市伝説事典を創り出した事によって生まれた世界だ。そして……」


 虎之介は一息つく。

 彼以外にとって、その一息は永遠のように感じる。


「……君が都市伝説事典を創り出す事が出来た理由だが……、私が種を蒔いたんだ。」


 虎之介は、そう言うとニヤリと笑った……。

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