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都市伝説事典  作者: ニカイドウ
都市伝説事典編
122/137

18話 踊る少女

 タケルは、体育館入り口のガラス戸の前に立っている。

 先程、中がガヤガヤと騒がしくなり、タケルは、それが終業式の終わりの合図なんだと思った。

 けれどその後、体育館からは誰一人として出て来なかった。タケルのクラスの6年3組どころか1年1組のただ一人すら出て来ない。


「一体どういう事だ?ん?もしかして、まだ終業式の途中か?なら……」


 急いで入った方が良い。タケルはそう思い、ガラス戸の取っ手に手をかける。


 カチャッ


 なるべく音が鳴らないようにガラス戸を開く。もしかしたら遅刻を気付かれずに、何食わぬ顔で終業式に参加出来るかも知れない。

 しかし、そんな打算は一瞬でかき消される。


「っ!!そ、そんな……。」


 体育館の中、タケルの眼前に広がったのは、体育館の床に累々と積み重ねられた児童たちの姿だった。全員が目を閉じ、ぐったりとしている。

 床が赤く染まっていない事が唯一の救いだった。


「……?」


 異常な光景の中、タケルは更なる異常を見つける。倒れた児童達を上手にすり抜け、クルクルと踊る少女がいた。

 タケルの思考がフリーズしてしまうくらい異常な、しかも綺麗だと感じてしまう光景。

 タケルの口が、無意識に言葉を発しようと息を吸い込む。


「……これで床が赤ければ。そう思った……でしょ?御堂タケル。」


 それはタケルの声ではなく、踊る少女のそれ。


「!!」


 タケルは知っている。……タケルだけは知っている。その少女の言葉は、タケルの口から溢れるはずだった。タケルは思っていた。


『これで床が赤ければ、もっと綺麗な光景だったのに。』


 と。

 しかし、それはこの児童たちの誰か……もしくは全員の負傷。または……死を意味する。

 タケルはそんな考えを振り払うように、首を左右に勢いよく振った。

 そんなタケルに気づいた少女はタケルを見ると、邪悪な笑みを浮かべてこう言った。


「あら、はじめましてかしら?ただ今人気急上昇中の不思議系YouTuber真っ赤な嘘でっす。キラリン。」


 タケルは少女の顔を見ると一瞬目を丸くして驚く。そして、すぐに呆れたようにハァとため息を吐くとこう言った。


「YouTuber?お前がそんなミーハーな事やってるとは、驚きだぜ。なぁ、名前のない霊能師!」


 そして、彼女を怒りの火を灯した目で睨みつけると、


「……しかも、絵名の姿でこんな事をっ!!」


 と叫ぶ。

 クックックと笑う名前のない霊能師。そして、


「ああ、子供達のことね。でも、安心して御堂タケル。彼らを殺してはいないわ。」


 それを聞いてタケルの目に少し安堵の色が浮かぶ。

 それに気付き、罠にかかった小動物を見るように下卑た笑みを浮かべる名前のない霊能師。


「……まだ……殺すわけがないでしょう?」


 彼女の口がそう呟く。


「え?」


 聞き返すタケル。


「……殺すわけがないと言ったのよ、御堂タケル。そらぁそうでしょう?まだ、あなたが選んでない!今まで行方不明になった者の命か?夕暮小学校の全児童の命か?どちらを救うかではないのよ。……どちらを殺すか?それを選ばせてあげると言ったでしょう?御堂……タ・ケ・ル!!ハハハハハ……」


 高らかに笑う名前のない霊能師。そして、しばらく笑った後、


「さぁ、選びなさいよ!どちらを殺す?」


 そう言い放った。

 タケルは背筋にゾクリと冷たいものを感じた。が、動じてはいけないと、ゆっくりと目を閉じる。そして、一度大きく深呼吸をする。


『何故か奴は俺を挑発してる。でも、奴のペースに乗せられるわけにはいかねーっ!俺にはあの力があるんだ!この状況を打開することが出来るであろう、あの力がっ!!』


 タケルは心の中でそう自分に言い聞かせて、自分を落ち着かせる。


「……なぁ、名前のない霊能師。俺の話を聞いてくれよ。」


 タケルは言った。


「……ん?な、なによ?そんな言い方、調子が狂うじゃない。」


 名前のない霊能師は、タケルの感情が怒りか絶望にしか振らないと想像していたようで、少し動揺している。


「聞いてくれ。……お前は、俺がどちらの命を選んだとしても、その魂を使って向こうの世界との結界の修復に使う。そうだよな?」


「……ええ。それが何?」


 話の意図がわからないといったふうに、怪訝な顔をしつつ答える名前のない霊能師。


「けどよ、もしその命を使って結界を修復したとしても、それは一時的な応急処置にしかならない。そうだよな?」


「……それでも、結界が無くなる事に比べれば……」


 名前のない霊能師の言葉を遮り、強引に話を続けるタケル。


「わかってるよ!けどよ、もし、もし仮に……だ。結界に途切れる事なく安定的にエネルギーを供給する方法があるとしたら、そっちのが良いんじゃねーのか?」


「……何を言い出すかと思えば。そんな方法があったらとっくにやっているはずだと……、あなたはそうは思わないのかしら?」


 タケルの話を鼻で笑う名前のない霊能師。


「……ある。と、したら……?」


 タケルは、名前のない霊能師の目を真っ直ぐ見つめてそう言った。

 名前のない霊能師の答えのないまま、永遠と感じられる時間が過ぎる。


「……話を……聞こうかしら?」


 名前のない霊能師は、熟考の後、そう答えた。





 タケルが名前のない霊能師に話したのは、消えた美術室で相馬絵名の言った『世界中の人々から少しづつ魂を分けてもらう』というアイデア。そして、それを可能とする力をタケル自身が持っているという事……。


「なぁ、名前のない霊能師!お前の目的が人類のために結界を守る事なんだとしたら、これが成功すれば、人類が滅びない限りは永久的に結界を張り続ける事が出来る!まぁ、人類一人一人の寿命は少しばかり削られる事にはなっちまうけどよ。けど、限られた者の犠牲の上に生きられる世の中よりは全然マシだって俺は思うぜ!!なぁ?お前の冷酷さが、相馬絵名も言った通り人類のためなんだって言うんなら、どちらの魂も選択しないっていう俺の選択に乗ってくれねーか?」


 タケルは名前のない霊能師に頭を下げる。


「……そうね。あなたの言う通り、その方法が可能なら、人類にとっては一番良い方法なのかも知れないわね。」


 名前のない霊能師が言った。


「……え?じゃ、じゃあ?」


 顔をほころばせるタケル。しかし、


「……勘違いしないことね。」


「…………え?」


 タケルには、何故そんな返事が返ってきたのかがわからない。


「それが成功するかどうかはあなた次第。そうでしょう?御堂タケル。」


 名前のない霊能師の視線が冷たい。


「ああ。けど……」


「あなたは能力を自在には使えなかったはずよ!過去のトラウマを克服できない事が原因でね。」


 名前のない霊能師は、タケルが何かを言うよりも先に叫ぶ。


「お、落ち着けよ、名前のない霊能師!トラウマの件は大丈夫なんだよ!いや、トラウマ自体が無かったんだって!」


 タケルは慌てて言った。


「そんな訳のわからない事であなたの能力を信用しろとでも?ふざけているのはどっちよ!!」


「……」


『確かに。』とタケルは思ってしまう。しかし食い下がるわけにはいかない。


「……信じてくれとしか言えねーよ。俺が絶対に成功させるっ!!」


「あなたが成功させる……ね。」


 名前のない霊能師はそう言うと、続けて話し始めた。


「私は、いえ、私たち名前のない霊能師は、ずっと自分たちだけで人類を守って来た。お役目に選ばれてからずっと……自分を押し殺して、人類のために結界を守って来たのよ。もちろん結界の綻びを直す為に人々を犠牲にすることに心が痛まなかったわけじゃない!けれど、人類のための小さな犠牲だって割り切るしかなかった。私たちはね、血の涙を流して人々を犠牲にしたのよ。今回の677人だってそう。全人類に比べれば、至極小さな犠牲だわ。そして、その犠牲によって確実に結界は修復されるの。私の力で……ね。」


「けど、それじゃあ完全じゃないだろ?今、結界を修復出来たとしても、次に綻びが出来るのは10年後か、1年後か?もしかしたら明日かもしれねーっ!!そうしたらまた犠牲を強いる事になるんじゃねーのかっ!!ならよ、俺を信じて世界中に助けを求めりゃ良いじゃねーかっ!名前のない霊能師、もう一人で抱え込まねーで良いんだっ!自分を犠牲にしなくたって良いんだよっ!!」


 タケルは名前のない霊能師の辛さを感じ、そう叫ぶ。


「……クックック。」


 しかし、名前のない霊能師の口から漏れたのは、不気味な含み笑い。


「もう……ね。犠牲にした後なのよ。私たちは……。名前のない霊能師とは、人類のために自分を犠牲にした者達の情念が積み重なり生まれた都市伝説なのですから……。」


「……な、何を言って……」


 タケルを遮り、話を続ける名前のない霊能師。


「今だけで良いのよっ!!今、結界を修復出来ればそれでっ!!もし、次に結界が破れる事があれば、次の名前のない霊能師が血の涙を流して犠牲を強いるっ!!自分を押し殺して……ね。……そう言う事なのよ、御堂タケル。私たちは人類を救いたくて都市伝説になったわけじゃない。私たちは、自分と同じ境遇の者を作り出すために都市伝説になった!!我々は繰り返すのよ。何度も何度も同じ事をっ!!」


「……そ、そんな……。」


 タケルは気付く。都市伝説とは負のエネルギー……恨みや妬みが集まって出来た存在だということに。


「ねぇ、御堂タケル。勘違いしないでね。私は人類のために結界を守り続けるわ。それが役目なのですから……ね。けれど、いえ、だからこそ私……名前のない霊能師は、その役目をあなたに委ねる事はしない。今まで通り私自身の力で結界を守るの。犠牲を出し続けながら……ね。」


「そんな事……。ま、まさか、そんな奴に相馬絵名が取り込まれたなんて……。信じられねー……。」


 タケルは言った。


「名前のない霊能師になった者は遅かれ早かれ同じ思いを共有するようになるわ。もちろん相馬絵名も……ね。そうして意識体に取り込まれる……。」


 名前のない霊能師はニヤリと笑う。


「俺は信じねーっ!絵名の持っていた感情は恨みや妬みなんかじゃあ絶対にねえっ!アイツは本当に人類のために結界を守ってたはずだ!!」


 タケルは叫ぶ。


「あらあら、あなたがどれほど彼女の事を知っているというのかしらね。彼女の人生がどれほど孤独だったか?あなたにわかるのかしら?」


「……。」


 タケルは相馬絵名のことを何も知らない。名前のない霊能師の言葉にそう気付かされる。


「やっぱりね。では、私が語ってあげるわ。彼女の……相馬絵名の物語を……ね。」


 名前のない霊能師は、彼女の物語を語り始める……。







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