16話 校門にて
ひまわりの咲き乱れる場所にタケルはいた。
見覚えのある場所だった。
「懐かしいな。ひまわりの秘密基地だ。でも、あそこは都市開発でマンションになっちまったんだよな……ん?」
自分の口から発せられた声なのか、はたまた心の声なのかわからない。妙にふわふわした感覚だ。
そして、タケルの目の前には、小さな頃のタケルが立っている。
「……そうか、これは夢なんだな。」
タケルがそう言うと、小さなタケルが手を差し出す。
タケルは無意識にその手を掴んだ。
「?」
奇妙な感覚だ。目の前のタケルと自分がグルグルと混ざり合うような……気持ちいいような、不快なような……。
その夢の事を、タケルは覚えていない……。
ングッ、ブハァ……ブハァ……
通学路を小学校に向かって全力でひた走るタケル。
タケルの目の端っこにひまわりが映る。
『あれ?マンションになった……よな?』
タケルはそう思ったが、今はそれどころじゃない。
「ま、良いか。急ぐぜ!!」
「ハァハァ…。やっと校門が見えた…。」
タケルは肩で息をしながら言った。歩きたい気持ちをグッと抑え、再び走り出そうとした時、タケルは、校門の前にある2つの人影に気付く。
「誰だ……ん?あれ?」
校門に近づくにつれ、2人の姿が少しづつハッキリとしてくる。
その顔がはっきりと確認出来るようになった時、タケルは、その2人がタケルの知っている人物である事に気付く。
「え?」
タケルは不思議に思う。その2人に接点はないはず。一緒にいる理由が想像出来ない。しかも校門前にいるなんて……。
タケルは口を開く。
「ミクちゃんのお母さん……?……と、父ちゃん?」
1人はタケルの父親。そして、もう1人は、メリーさんの件で関わったミクちゃんの母親だった。
2人はこちらには気付いていないようだ。なにやら話している。
「……どうしても駄目ですか?」
ミクちゃんのお母さんがタケルの父親に何か頼み込んでいるようだ。
「本日はお引き取り下さい。」
タケルの父親はキッパリと断る。
「おいおいっ!父ちゃん!どういう事だよっ!!」
タケルが会話に割って入る。
「え?タケル?お前、中にいるんじゃ……?」
タケルの父親は目を丸くして言った。
「ね、寝坊しちまったんだよ!」
「え?こんな日にお前が?寝坊?」
「しかたねーだろ!しちまったんだから!それより父ちゃんだって!なんでこんな所にいんだよ!役場の仕事はどうしたんだよ?」
「おいおい!今日は終業式の後、ユウショウ祭だろ?小さな町役場の職員なんて町民の雑用係みたいなもんなんだ。手伝いに来たんだよ!」
「……ユウショウ祭?」
タケルは父親の言った言葉を繰り返す。聞き覚えの無い言葉だった。
「なんだよ。いくらバカ息子だって忘れちまったわけじゃないだろ?夕暮小学校祭り!略してユウショウ祭っ!!お前の友達が10年振りに復活させるって言って、お前も協力して実行委員になったんだろ?」
「え?」
「マジか?マジで忘れちまったのか?」
心配そうにタケルを見る父親。
『……そうか。過去が変わったからか……。めんどくせーな。』
そう思ったタケルは、父親に話を合わせる事にする。
「……あ、覚えてる!覚えてるよっ!忘れる訳ねーじゃんっ!ユウショウ祭だろ?た、楽しみだなー……そ、そんな事よりミクちゃんのお母さんだよっ!真剣に頼んでんじゃねーか。ちゃんと話、聞いてやれよ!」
タケルは、父親に突っかかるように言った。
すると、
「え?」
ミクちゃんのお母さんが不思議そうにタケルを見ている。
どうやら、タケルの事が誰だかわからないようだ。
「あっ!俺、御堂タケルです。ちょっと前にAマートでミクちゃんと……」
タケルがそう言うと、彼女は、
「あ、あの時、ミクと遊んでくれていた……。」
と記憶の中からタケルをすくい上げて言った。
「そうそう!で、ミクちゃんは元気ですか?」
「ええ。今朝も元気に幼稚園へ行きましたよ。」
「そっか。元気で良かった。」
と、他愛のない会話を交わすタケルとミクちゃんのお母さん。と、
「おい、タケル!早く体育館に行くんだ!終業式には参加せずに、ユウショウ祭にだけ参加するつもりか?クラスメイトに白い目で見られるぞ!」
タケルの父親が割って入る。
「でもよっ!」
タケルが言い返そうとした時、
「行って、タケルくん。私は大丈夫だから。ありがとう。」
とミクちゃんのお母さんが言った。
タケルが心配そうに見つめると、彼女は笑う。
「……あ、ああ。わかったよ。じゃあ……。」
タケルはそう言うと、父とミクちゃんのお母さんの顔を交互に数回見た後、体育館へ向かって走り出した。
「廊下は走るなよ!」
タケルの父親は走り去る息子の背中に声をかけると、ミクちゃんのお母さんへと向き直る。
「あなたにも事情はおありでしょうが、今回はお引き取り下さい。……例えあなたがあの方の母親だったとしても、ここを通す事は出来ませんので……。」
タケルの父は、確かにそう言った。




