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都市伝説事典  作者: ニカイドウ
都市伝説事典編
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13話 真の名前

「やっと2人きりになれたわね。」


 落ち着いた声で名前のない霊能師は言った。

 タケルは意図の読めない彼女を警戒しながら口を開く。


「なんだよ。愛の告白かよ?おあいにく様。おばさんには興味ねぇんだ。」


 その言葉は、今、タケルの出来る最大の強がりだった。

 名前のない霊能師は、フフッと笑いながらタケルに話しかける。


「なら、この姿ならどうかしら?」


 すると、名前のない霊能師の手足が縮んでいく……いや、手足だけではなく、全身が収縮しているようだ。さらに収縮だけではなく、体格、骨格も変化していく。シワのあった肌がみずみずしさを取り戻していくようにも感じる。

 ……名前のない霊能師はタケルの目前で、その40代後半女性の姿をみるみる少女の姿へと変化させていった。タケルと同じ10歳前後くらいの少女。

 それは、相馬絵名の姿だった。


「……この姿なら、あなたに釣り合うんじゃないかしら?」


 彼女はそう言って、相馬絵名の顔でタケルに笑いかける。が、その声は先ほどまでのおばさんの声のままだった。


「……まだ声に年季が入ってるぜ。」


 タケルは再び強がる。が、年季の入った声で話す少女というのはなんともおぞましい。タケルのこめかみに冷や汗が伝った。


「……そう恐れないで御堂タケル。私はね、あなたに興味があるのよ。初めはあなたなんて何とも思っていなかったわ。ただの良くすれ違う人間。でも、その人間は都市伝説事典を持っていた。私は都市伝説事典に興味を持ったわ。それでもあなたはただの付属品。良くすれ違う理由も、都市伝説事典を持っている事で納得出来たわ。都市伝説事典に振り回される可哀想な人間なんだって……ね。」


 名前のない霊能師は言った。


「…………。」


 タケルは何も言わないが、確かにその通りだと思う。


「……でもね、そうじゃなかった。」


「え?」


 驚くタケル。


「わかったのよ。あなたは特別だった。この姿……相馬絵名と完全に融合した時に理解したの……。」


「え?ちょ、ちょっと待てよ!な、何がわかったってーんだよ?俺にはわからねーぜっ!」


 タケルは慌てて聞く。


「なるほど。あなたは理解出来ていないのね。なら、話してあげるわ。都市伝説事典について……ね。」


 名前のない霊能師はそこまで言ってニヤリと笑う。そしてこう言った。


「時に御堂タケル。都市伝説事典はちゃんとあなたの手の届く所にあるのかしら?」


「え?何言ってんだよ!都市伝説事典ならこうして…………」


 タケルはそう言いながら背中のほうをまさぐる。


「あれ?」


 ない。

 それに気付いて慌てるタケル。

 Tシャツの中にもズボンの中にもない。ましてや左手にも吸い付いていない。タケルは、頭上に浮かんでやしないかと辺りをキョロキョロ探すが見つからない。


「……あいつ、どこに行ったんだよ?」


 タケルは考える。

 幽体離脱前は、確かに背中に挟んでいた。

 幽体離脱中には、1つだけしか物を持って行けないというルールで、タケルは鏡のキーホルダーを選んだ。

 都市伝説事典は過去には飛んでいない。

 その時、名前のない霊能師が口を開く。


「……これでしょう?あなたの探しているもの……。」


 名前のない霊能師は、黒い本をかかげている。


「な、何故そこに……?」


 タケルは驚く。


「アポーツよ。もう慣れたでしょう?」


 名前のない霊能師は笑いながら言った。が、タケルにとって重要なのはそこではない。


「俺が聞いたのはどうやって取り寄せたのかじゃねーっ!何故お前の手にそれがあるのかだっ!」


 叫ぶタケル。

 世の中には、黒い本なんてたくさん存在するだろう。しかし、タケルはその本が特別な事を知っている。何故なら名前のない霊能師の持つ黒い本の表紙には、タケルも見た事のあるタイトルが記されていた。


 ーー都市伝説事典ーー


 と。

 タケルはとっさに左手を突き出し、叫ぶ。


「戻って来いっ!都市伝説事典っ!!」


 都市伝説事典を名前のない霊能師に持たせてはいけないとタケルは強く思う。

 タケルの本能がそう言っているのだ。

 そして、今ならまだ間に合うとも。

 何故なら……


『……都市伝説事典は必ず俺の所に戻って来る!』


 ……………………。


「ん?」


 来ない。都市伝説事典は、名前のない霊能師の手の中で微動だにしない。


「どうした?来いよ!来るんだ!都市伝説事典っ!!」


 タケルは腕を振り下ろしたり、手のひらから気を放つようなポーズをとって都市伝説事典を呼び続ける。が、やはり都市伝説事典は無反応を決め込んだままだ。


「なぜだ?どうしたってんだよ?幽体離脱前には嫌んなるくらいまとわりついてやがったじゃねーかっ!?」


 と苛立つタケル。


「フフフ……。」


 笑う名前のない霊能師。


「何がおかしい!」


 そう叫ぶタケルに、名前のない霊能師は落ち着いた声でこう言った。


「……その幽体離脱が原因よ。あなたと都市伝説事典の繋がりは断ち切られたわ。……いえ、繋がる未来が消えた。そう言った方が正しいわね。」


「ど、どういう意味だよ?」


 名前のない霊能師は、やれやれといった顔をして、


「……あなたは幽体離脱をして一年前に魂を飛ばした。そこであなたは過去を変えてしまったのよ。そのために、都市伝説事典はあなたの手には渡らなかった。」


「えっ!?ど、どういう事だよっ!!意味がわかんねーよっ!」


「つまりはね、一年前のあの肝試しの日。あなたは槇村サトリから赤マント……槇村イノリへと渡り、あなたへ託されるはずだったバトンを……都市伝説事典を受け取る事が出来なかったのよ。何故ならあの日、私は相馬絵名の精神を一時的に乗っ取りあなたの味方のフリを演じた。あなたがこちら側に帰った後、死顔アルバムにも私が手を下したのよ。倒すべき相手がいないあの場所では、槇村サトリがあなたに都市伝説事典を託すイベントは発生しなかった。……そう言うことよ。」


「えっ?そ、そんな馬鹿なっ!!」


「今、都市伝説事典は私の手にある。それが証拠よ。御堂タケル。」


 名前のない霊能師は勝利宣言のように言った。


「……くそっ!じゃあお前はサトリからその本を奪ったんだな。」


 タケルは名前のない霊能師をにらむ。


「あら、心外ね。私は盗みはやらないわ。欲しい物は何でも手に入る。国家の上層部ですら、私が望めば喜んで全てを差し出すはずよ。」


「……き、汚い手を使いやがったのか?」


 タケルはそう言うと、汚い手のあれこれを考えてブルッと身震いする。


「あらあら、誤解させるような言い方だったわね。違うのよ。都市伝説事典はね、本来の持ち主へと戻っただけ。」


「本来の持ち主?」


「そうよ。都市伝説事典は槇村サトリのものではなかった。槇村サトリの身の危険を感じた持ち主が、彼女を助けるために貸したものだったのよ。」


「サトリを助けるために?」


 タケルは不思議そうに言った。

 盗んでいないというのなら、都市伝説事典の持ち主は名前のない霊能師という事になる。

 でも、名前のない霊能師がサトリを助けるために行動するとは思えない。

 すると、名前のない霊能師はタケルの心を見透かしたように、


「……違う違う。都市伝説事典の持ち主は私ではないわ。」


 と言った。そして、さらに続ける。


「……少なくともその時は……私と彼女は1つではなかった。私は彼女の心を読む事が出来なかったし、彼女も私の思惑に気づいてはいなかったのですから。」


「!?」


 タケルは、彼女の言葉を聞いて、ある事に気付く。


「……まぁ、すでに私は彼女の中に侵入していたのですけれど……ね。」


 そう言って彼女は笑う。相馬絵名のものであった口角がどこまでも上がっていく。

 まるで口裂け女の様な笑顔だった。

 そして、その笑顔は、タケルの考えが正しかった事を彼自身に教えた。


「……まさか絵名?相馬絵名なのか?」


 タケルは絞り出すように言った。


「うふふ。その通りよ。都市伝説事典の本来の持ち主は相馬絵名。これは彼女と完全に融合して分かった事なのですけれど、槇村サトリに都市伝説事典を渡したのは、彼女を助けるためと…………私から都市伝説事典を隠すためだったようね。でも、今、都市伝説事典はこの私の手中にあるわ。それはね、私がこの都市伝説事典を使って世界を支配する事が出来るという事なのよ。」


 自信に満ちた表情の名前のない霊能師。タケルの地獄に落とされたような絶望の表情を味わいたかったのだろう。しかし……。


「……ぅえ?」


 タケルは、とぼけた顔ですっとんきょうな声を上げる。

 名前のない霊能師は予想外な反応に少し驚いたようで、


「ど、どうしたのよ?そんな声を出すなんて……?」


 と少し動揺している。

 タケルは答える。


「だってよ、あのほぼ白紙の、ただ都市伝説を引き寄せるだけの都市伝説事典だぜ?世界を支配って……。」


 確かにタケルの本能は、先程から都市伝説事典を名前のない霊能師に渡すのは危険だと警鐘を鳴らし続けている。しかし、都市伝説事典をなまじ知っているタケルには、それに世界を支配する力があるとは到底思えないのだった。


「な、何を言っているの?都市伝説事典に白紙があるわけがないわ。膨大な情報量でページが足りないくらいよ。御堂タケル、あなた短い間とは言えこの都市伝説事典の所有者だったのよね?なのに気づかなかったの?この本の正体に……、真の名前に!!?」


 声を荒げる名前のない霊能師。


「え?いや、都市伝説の事典だろ?真の名前って言われても……。」


 彼女の張り上げた声に、引き気味になり、逆に冷静さを取り戻すタケル。


「じゃあ都市伝説とは何?」


 名前のない霊能師は、少し強めに聞く。

 タケルはしばらく考え込むと、


「…………噂?」


 と答えた。名前のない霊能師は、タケルとの温度差にさらに温度を上げる。


「そう!信じるか信じないかはあなた次第の噂の数々よ!!けれどもね、この都市伝説事典に載っているそれらは、例えマユツバ物の話であっても全て真実!それだけじゃあないわ。この都市伝説事典には、人類の生まれる以前の遥か昔から、私ですら到達出来るかわからないほどの遠い未来まで全ての事象が事細かに記載されているのよっ!そこに住む人々の心の機微まで……ね!」


「な、なんてこったい。それじゃあまるでアレみたいじゃねーか!?」


 タケルは驚き、言った。

 すると……。


「あら?都市伝説事典の真の名前のほうには心当たりがあるといった反応かしら?」


 名前のない霊能師は少し嬉しそうに笑う。

 タケルはゴクリと喉を鳴らし、口を開く。


「……不思議な話ってのには少し興味があったからよ。この世界の全てが載った書物の噂は俺も知ってるよ。でも、本当にそんな物が存在するなんて……しかもその都市伝説事典がそれだって言うのかよ……?」


「……まさに、その通りよ御堂タケル。」


 名前のない霊能師はとても落ち着いている。


「……でもよ、そんなサイズの本に世界の全てが収まるわけがねーじゃねーか。」


 タケルは否定しようとあがく。しかし、心の中では否定出来ないでいる。


「……無駄よ。わかっているんでしょう?それに、あなたがその名前を口に出そうが出すまいが、その事実は何も変わらないわ。だからね、御堂タケル。早くその名前を言ってしまいなさい。」


 諭すように脅すように。

 タケルは観念する。その口が、都市伝説事典の真の名前を告げる。


「…………アカシックレコード。」


 ニヤリ。

 再び名前のない霊能師が、口裂け女のように笑った。


「そうよ。都市伝説事典とは、アカシックレコード。この世の全てが記された書物。それを読む事によって私は、私が行って来た事の意味。そして、これから行うべき事も全て理解したわ。そして、あなたも未来に繋がる必要な1ピースだった。私があなたに望むのはただ1つ。簡単な事よ、御堂タケル。この世界を守るための結界。それを修復するために必要な677の子供の魂。さぁ、あなたが選ぶのは、6人目がこの消えた美術室に隠していた子供の魂なのか?それともこの夕暮小学校の全児童達の魂なのか?……この選択によって、世界は大きく変わるわ。」


「そ、そんなの俺には選べねーっ!選ぶつもりもねーよっ!!」


 叫ぶタケル。


「うふふ。都市伝説事典にもそう言うだろうと書いてあったわ。なら、足掻きなさい。」


 余裕の表情の名前のない霊能師。

 それを見て少しひるむタケル。しかし、すぐに自分を奮い立たせる。


「わかってるよっ!足掻いてやるっ!!終業式にはまだ時間があるんだっ!!誰の命も犠牲になんてしねーっ!俺が絶対何とかしてやるよっ!!」


「素晴らしいわ。奇跡が起こせると良いわね。ま、ここには奇跡なんて記されていないのだけれど……。」


 そう言って、タケルに都市伝説事典を見せ笑う名前のない霊能師。


「くっ!」


 負けじとにらみ返すタケル。


「あ、そうそう。もう一つ忘れていたわ。じつは、この消えた美術室の中と外の時間の流れをねじ曲げておいたのよ。だからね、御堂タケル。外のほうがここよりも時間の流れが早くなっているの。残念なことに……ね。」


 わざとらしく悲しい顔をする名前のない霊能師。


「ど、どういうことだっ!」


 タケル叫ぶ。


「……簡単に言うとね、御堂タケル。今、外の世界は終業式の前日。だからね、あなたにはもう一晩しか猶予は与えられていないということなの。」


「な、なんだって!!明日が終業式……?時間が……時間がねーじゃねーかっ!!!」


 どうしよう……どうしよう……

 焦りで何も考えられない。

 膝をつき、頭を抱えるタケル。


「本当に残念だわ。フフフ……あはははは……!!」


 名前のない霊能師の高笑い。

 そして、直後にタケルの耳元で彼女の声がする。


「また明日……。」


 ……ブツン。

 タケルの記憶はそこで途切れた……。







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