11話 信じるか信じないか……
「……キシシィ。」
不気味な笑い声。
「「!!」」
タケルとじゅんぺいは驚き、耳を疑う。
「ま、まさかっ!」
とタケル。
そのまさかは現実となる。新しい気配の正体、それは……!
2人は同時に叫んだ。
「「ホルマリン漬けの殺人鬼っ!!!」」
「ど、どうして?……お前、どうやってここに!?」
じゅんぺいは信じられないというふうに言った。
「……あらあら。でも、それは、私や赤マントにも言える事でしょう、6人目?」
名前の無い霊能師が意地悪な声で言う。
「……!」
その通りすぎて、じゅんぺいは何も言えない。味方だから疑わなかった。しかし、彼女の言う通り、ここは軽々と来られるような場所ではない。ここ……消えた美術室は、都市伝説・13階段の腹の中なのだから。赤マントに関しても、じゅんぺいが夕暮小学校に呼んだのは確かだったが、タケル達と共にここに逃げ込んだのはイレギュラー。ホルマリン漬けの殺人鬼に襲われたからだ。彼女と落ち合う場所は消えた美術室ではなく、あくまでも普通の夕暮小学校の予定だった。
名前の無い霊能師が口を開く。
「……私が能力を使って空間を繋げたのよ。そして、2人を招き入れた。実はね、私とホルマリン漬けの殺人鬼、そして赤マントは手を組むことにしたのよ。お互いの利害関係が成り立つ間だけは……ね。ま、赤マントは両親の事を聞いて外れる事になるかも知れないけれど……ね。」
「俺だって馴れ合うつもりはねぇぜぇ。キシシ。」
ホルマリン漬けの殺人鬼はふてぶてしく言った。
「あら、でも、次はあなたの番でもあるのよ、ホルマリン漬けの殺人鬼。」
「へぇ?」
名前の無い霊能師にそう言われ、驚くホルマリン漬けの殺人鬼。
「はっ!」
そこでじゅんぺいは気付く。
「……13階段は……アイツはどうなった?まさか、こ、殺したりしてねーよな?」
じゅんぺいは言った。そして、自分が言った言葉に動揺する。『生きていてくれ。』と願うじゅんぺい。
すると、名前の無い霊能師が、手のひらサイズの赤いしゃぼん玉のようなものを取り出す。それは、明らかに、今までどこにも無かったものだった。
「え?ど、どこから?」
タケルは驚き、言った。
「聞いた事ない?これはアポーツという能力よ。物体を瞬間的に引き寄せる能力ね。ま、私の場合は距離をねじ曲げて手を届かせただけなのだけれど。それよりこの赤い玉を良く見て……。」
彼女はそう言って目線を赤い玉へと向けさせる。
それをまじまじと見つめるタケルとじゅんぺい。
彼女は続ける。
「……これは赤マントの力の一つ、彼女の血で作られたしゃぼん玉よ。そして、この中に封じられているものは何か?良く見てみなさい、6人目。ふふっ。」
じゅんぺいは更に集中して、赤いしゃぼん玉の中を覗く。
「……えっ?じゅ、13階段っ!!」
じゅんぺいは、その中に、ぐったりと横たわる13階段を見た。
「こ、殺したのかっ!!」
叫ぶじゅんぺい。
「よく見なさい。お腹の辺り、ちゃんと上下しているでしょう?殺してはいないわ。衰弱しているだけよ。だってほら、この消えた美術室は13階段の腹の中でしょう?殺しては影響が出るかと思ったから……ね。」
名前の無い霊能師が言った。タケルはその言葉に疑問を感じる。
「え?ここは13階段の腹の中なんだよな?じゃあ、なぜ13階段の腹の中に13階段がいるんだよ!おかしいじゃねーかっ!!」
「……普通に考えれば……ね。でも、言ったでしょう?相馬絵名の能力は『ねじ曲げる』だって。そして、今の私はその能力を存分に使う事が出来る。常識だってねじ曲げられるわ。……なら、何が出来ても不思議はないでしょう?」
そう言って名前の無い霊能師が笑う。
「……。」
言葉が出ない。タケルは思う。
『今まで出会った何よりも恐ろしい……』と。
名前の無い霊能師は、再び口を開く。
「だからね、御堂タケル。あなたは少し黙っていなさい。あなたのターンはもう少し後よ。もしそんな簡単な事も出来ないのなら、私が手伝ってあげましょうか?」
名前の無い霊能師はクワッと目を見開き、タケルにこう言った。
「……まずは両の手足をねじ曲げ、声を出せないよう舌……喉……、いいえ。あなたの中にあるあらゆる器官の全てをねじ曲げてあげるわ。もちろん生かしたままに……ね。」
「!!」
それを聞いて、さすがのタケルも慌てて両手で口を塞いだ。
「良い子ね。……では、6人目、ホルマリン漬けの殺人鬼。次はあなた達の数奇な運命を紐解いていこうかしら……ね。」
じゅんぺいは、ゴクリと喉を鳴らす。夏だというのに、緊張し過ぎて汗が引っ込んでしまっている。
対照的にホルマリン漬けの殺人鬼は、自分の事にも関わらず全く気にする様子もない。まるで、何か感情が欠けてしまっているかのようだ。
「……あなたにも話しているのよ、ホルマリン漬けの殺人鬼?」
名前の無い霊能師はそう声をかける。
ホルマリン漬けの殺人鬼は興味なさそうに答える。
「どうでも良いなぁ。俺は殺せればよぅ。」
「そうね。あなたは何故殺さなければならなかったのか?その理由を忘れてしまったのですものね。なのに、殺しだけは止められず続けている。なぜだと思う?」
「んぁ?」
ホルマリン漬けの殺人鬼は不機嫌そうに言った。
「……弟のため……よ。」
「お、弟っ!?」
タケルは驚いて声を出してしまう。名前の無い霊能師にギロリと睨まれ、慌てて再び口を塞ぐ。
彼女はタケルから目を離すと、次はじゅんぺいに語りかける。
「……そして、6人目。あなたが絵に記憶を塗り込める能力を開花させたのは何故か?覚えてる?」
『開花??元からの能力じゃねーのか!?』
今度は声を出さず、心で呟いたタケル。
心の声を知ってか知らずか、名前の無い霊能師は話を続ける。
「あなたの本来の能力は不老不死。そうよね?それが、何故もう一つの能力を得るに至ったのか?それはね、切望したからよ。どうしてもその能力を得る必要があった。記憶を絵に塗り込める必要がね。」
じゅんぺいは答える。
「長い年月で貯まった記憶が脳を圧迫したから……だろ?」
「……忘れれば良いだけだわ。」
「忘れたくない……残したい記憶もあったんだよ。」
「本当にそれだけだと思う?」
名前の無い霊能師は、そう言って再び何もないところから画用紙を取り出す。アポーツだ。
「私が持っていたあなたの絵は2枚あってね、一枚は御堂タケルの親友、結城ヤマトの絵。そしてもう一枚は……。」
彼女はそう言ってじゅんぺいに絵を見せる。
それは、異様な絵だった。
目から赤い涙を流している少年が、包丁を持っている。そして、その周りには、刃物で刺されたような死体が散らばっていた…。
「ん?あれ?何か見た事あるぞ!その絵……?」
再び声を出してしまい、慌てて口を塞ぐタケル。
「良いわよ。どこで見たのか思い出してみて。」
名前の無い霊能師は言った。
タケルは考える。
「んー。確か……旧校舎の渡り廊下前だ!そうだっ!じゅんぺいが校内のコンクールか何かで賞を取った絵だよ!だろ?」
「……惜しいわね、御堂タケル。これは、その絵のオリジナルよ。私は、6人目に忠誠を誓わせるために、彼から一番大切なものを奪った。それがこの絵と、塗り込められた記憶。だからね、彼はこの絵の事は覚えていない。そうよね?6人目?」
無言でうなずくじゅんぺい。
「でも、彼のどこかに少しだけ絵に込めきれなかった記憶のかすのようなものが残っていたんでしょうね。それが彼にこの絵にそっくりな絵を描かせた。確か、虫捕りの絵だったかしら?」
名前のない霊能師は問う。じゅんぺいは答える。
「……ああ。その絵は俺の描いた虫捕りの絵に構図はそっくりだ。けど違う。俺が描いたのは虫捕りアミとカブトムシだ。なのにこの絵はなんだ?包丁と死体の山じゃねーか……。似ても似つかねーよ……。」
「じゃあ6人目?この包丁を持った人物、誰に見えるかしら?」
そう言われて、じゅんぺいは目を細めてじっくりとその描かれた人物を見る。
「………………!!!!」
じゅんぺいは驚きに顔をひきつらせる。彼にはわかった。その人物が誰なのかが。そして、それがその場にいる人物だということが……。
じゅんぺいはその人物の名を口にする。
「……ホルマリン漬けの殺人鬼……!?なんなんだよ?訳がわかんねー。」
そう言って頭を抱えるじゅんぺい。
名前のない霊能師はそんなじゅんぺいに優しく話しかける。
「……ホルマリン漬けの殺人鬼は、あなたのお兄さんよ、6人目。あの日、彼は弟であるあなたを助けるために村人全員を殺した。この絵はね、その時あなたが書いた絵よ。あの日、人里離れたあの村……杉沢村でね。」
「!!」
タケルは驚き、声を出しそうになるが、両手で口を抑えなんとか堪える。
『杉沢村だって!?一人の村人がある日、村人全員を虐殺したっていう、あの有名な都市伝説じゃねーかっ!!』
タケルは心の中で大いに叫びまくった。
その様子に気づき、ニヤリと笑う名前のない霊能師。彼女はタケルに語りかける。
「どうやら、あなたも知っているようね。杉沢村。ま、有名な都市伝説ですものね。」
「……ああ。」
タケルは、ねじ曲げられないよう最小限の答えを返す。
「……でもね、この話は知らないでしょう?杉沢村だとされる村が日本全国に存在する理由……。有力候補はあったとしても、そこが杉沢村だと断定されない理由……。」
「……いや、それが都市伝説ってもんだろ?……あっ!!」
ついついツッコミを入れてしまってから、慌てて口を塞ぐタケル。
「もう塞がなくても良いわよ。……確かに都市伝説とはそういうもの。御堂タケルの言葉は正しいわね。でもね、杉沢村には消された事実が存在するのよ。」
「消された事実?」
「ええ。実はね、御堂タケル。杉沢村とは、旧日本軍の頃から行われていた人体実験の地の事なのよ。そして人体実験は、国の主導で転々と場所を変え、現代まで途切れる事なく続けられて来た。だからね、御堂タケル。全国で噂される杉沢村と思しき村々は全て、ある時期、藤沢村だった場所なのよ。」
事実を聞かされ驚くタケル。
「ええーっ!人体実験……!!ま、まさかそんな都市伝説みたいな事……。」
そう口走るタケルに、名前のない霊能師は笑いかけつつこう言った。
「ま、信じるか信じないかはあなた次第……だけれども……ね。」




