10話 槇村一家
「……死んだ?今、槇村イノリは死んだって言ったのか?」
タケルは名前の無い霊能師に問いかける。
彼女は薄っすらと笑みを浮かべ、何も答えない。
「……あの日……」
唐突に話し始めたのは、花子だった。
「……あの日、槇村イノリは死んだわ。そして私と両親はこの夕暮町から引越す事になった。お父さんとお母さんは、イノリの思い出の詰まったこの町で暮らすのが辛かったのかも知れないわね。」
「じゃあ、4年の頃引越したのは……。」
タケルは呟く。それ以上は何も言えない。
「……ああ。自分で言っておいてなんだけど、」
先程は答えなかったくせに、今度は名前の無い霊能師が饒舌に話し出す。聞かれてもいないのに……。
「……死んだというのはちょっと違うわね。何故なら、あなた達の両親は、槇村イノリを助けて欲しいと私に依頼したわ。なら、彼女が死んだとなれば、私が依頼を失敗したということになってしまう。私はね、確かに槇村イノリを助けたのよ。」
「一体何が言いたいんだよ、お前……?」
推し量るようにタケルが言う。
「まぁ聞きなさい。槇村サトリの魂が特別な事は死に顔アルバムの件で話したわよね?……一際輝く魂と形容したけれど、それはつまり、生体エネルギーが通常よりも多いという事なのよ。そして、それに反して槇村イノリの生体エネルギーは通常よりも極端に少なかった。だから私は槇村サトリの生体エネルギーを槇村イノリに与え、2人の生体エネルギーのバランスを調整する事で槇村イノリを救おうとしたのよ。」
「……なんだよ。まともな判断じゃねーか。」
「当たり前じゃない。あくまでも仕事として受けた依頼ですからね。……でもね、話はそう簡単なものじゃなかったわ。槇村イノリは、生体エネルギーを与えれば元気になった。けれど、翌日にはその生体エネルギーを全て使い切ってしまう。……私は勘違いしていたのよ。槇村イノリは極端に生体エネルギーが少ないわけじゃなかった。生体エネルギーが多い槇村サトリに対して、槇村イノリは生体エネルギーをどこまでも使ってしまう……つまり、生体エネルギーブラックホールのような存在だったの。そして、生体エネルギーを与え続けた槇村サトリにも、遂に影響が出る事になったわ。それがあなたの寝込んでいた原因……。」
名前の無い霊能師は、そう言って花子を見る。
「……で、どうしたのよ?」
花子は続きを気にして言った。名前の無い霊能師は再び話し始める。
「両親に伝えたわよ。槇村イノリを救うためには、槇村サトリの全ての生体エネルギーを与えなければならないと。つまり、槇村サトリの命と引き換えにしなければならないとね。しかも、それでも助かる可能性は100%ではない上に、もし成功したとしてもその後も槇村イノリを生きながらえさせるには、定期的に彼女に生体エネルギーを与えてくれる犠牲者が必要になるかもしれないという事も……ね。」
「……そんな。お父さんやお母さんが犠牲者を出す事に賛同するはずがないわっ!!」
花子は叫ぶ。
「そうね。あなたの言う通りよ。あなた達の両親は賛同しなかった……。だから、私は次の提案をしたわ。あなた達を実験台にする為の提案を……もちろん両親には内緒にして……。犠牲者もなくあなた達の娘さん2人共を助ける良い方法があると言ってね。」
名前の無い霊能師は邪悪に笑った。
花子は疑念を抱く。
「ま、まさかっ!!そのために私達家族を選んだ!?」
「あらあら、酷い言いようね。私がいなければ、今、あなた達が会話をするなんて事、出来なかったはずなのにね。しかも、選んだのは私ではなく、あなた達の両親よ。私に助けを求めたのはそちら側なのですから……。」
「……そんな……。」
花子は、怒りと絶望感で言葉が出て来ない。
「……そんな事より、どんな実験だったか、あなたは興味ない?」
名前のない霊能師がワクワクしながら花子に問いかけた。
花子は答えない。
彼女は標的をタケルに変え、
「では……、あなたは興味ないかしら、御堂タケル?」
と笑う。
「……くうぅっ。……ど、どんな実験だったんだよ?」
タケルは、彼女の異様な威圧感に負けて言った。
「生体エネルギーブラックホールは、どうやら槇村イノリの体のほうが原因のようでね。まずは槇村イノリの体と魂を分離したわ。そして、その魂を槇村サトリの中へと入れた……。これなら、体は1つになるけれど、2人の魂が死ぬ事はない。しかも、その時、槇村サトリは生体エネルギーの過剰採取によって生死の境をさまよっていたから、槇村イノリの魂が入る事は槇村サトリにとってもメリットがあったのよ。私は槇村イノリだけではなく、槇村サトリも救った。……というわけよ。」
『……それが実験?』と、タケルは口に出そうとする。しかし……。
「実験はその後よ。私のやりたかった実験、それはね……人の魂と都市伝説との融合。」
「えっ!?そ、それって!!」
タケルは叫ぶ。名前の無い霊能師は答える。
「そう。赤マントとの融合も、私の実験の一環だったのよ。都市伝説が実体化すれば、体を得る事が出来るでしょ?それが槇村イノリの治療の最終目標だと両親には話していたわ。もちろん槇村サトリの中に槇村イノリがいた事も、2人の両親は知っていたわよ。ま、私の実験は、人の魂と都市伝説の融合で起こる事象の研究だったから……。実体化については、それが成功するかなんてわからないし、興味も無かったのだけれどね。……でも、都市伝説との融合間際に、あなた達の両親はあなた達を連れて夕暮町から逃げ出したわ。何かに気づいて、あなた達を守るために……かしらね。でも、まぁ、結局、都市伝説はあなた達を逃さなかった。だからこそ今、あなた達は再び夕暮町に戻って来ている……。」
「全て、名前の無い霊能師、お前の思惑通りに進んでるってわけかよ……。」
タケルは悔しそうに言った。
名前の無い霊能師は答える。
「いいえ。全ては予想以上に進んでいるわ。例えば、6人目。」
「……!!」
急に呼ばれてびっくりするじゅんぺい。
「……あなたが起こしたイレギュラー。あなたが槇村サトリをトイレの花子さんにしてくれたおかげで更に研究材料が増えた。槇村サトリに槇村イノリ、2人とも都市伝説と融合……もしくは都市伝説になったにも関わらず暴走すらしていない。やっぱり子供のほうが都市伝説と相性が良いみたいね。一応大人でもと思って何人か実験台にしてみたけれど……吉川なんて全く使い物にならなかったものね。相名勝馬は惜しかったけれど、まだ年齢が高かったかしら?ま、今の段階では、この姉妹が特別である可能性も捨てきれないけれど……ね。」
そこまで話を聞いていた花子が、突然赤マントに話しかける。
「ねぇイノリ。」
「……お姉ちゃん。」
赤マントが言った。
「今のアイツの話を聞いて、あなたはどう思った?私は……、私達家族の人生を狂わせたコイツを許せない。」
「……。」
赤マントは何も答えない。花子は続ける。
「もし、私とあなたが1つになってコイツを倒せるのなら、私は……」
花子の言葉を遮るように名前の無い霊能師が割って入る。
「あらあら?どうするつもりかしら?まさか、槇村イノリを吸収してしまうつもり?1つになるという事は、どちらかが消えるという事……そういう事でしょう?」
「……。」
花子は言葉に詰まる。
「……ごめんなさい、お姉ちゃん。私、やっぱりこの体は返せない。……消えるわけにもいかない……。」
赤マントが言った。とても辛そうな表情をしている。
「そうよね。その姿で会いたい人がいるんですものね?」
名前の無い霊能師がそう言って笑う。
「……ごめんなさい。」
赤マントが再び謝る。花子が口を開く。
「……もう謝らなくて良いわ、イノリ。喧嘩をしましょう。」
「え?」
赤マントだけではなく、全員がその言葉を聞き返す。
「だから、喧嘩をしましょう、イノリ!あの頃はあなたの体を心配して、喧嘩なんて出来なかったものね。もちろんお互い都市伝説の力を使うのもOKよ。あの日出来なかった史上最大の兄弟……いえ、姉妹喧嘩をやりましょう、イノリ!!そして、勝った者が体を手に入れる。私はそれで良いわ。」
花子は言った。言いたい事を言い切ったような清々しい顔をしている。
「おいおいっ!サトリっ!それでほんとに良いのかよっ!お前の体だろっ!?」
タケルが驚いて即座に言った。
「驚いたね。理由すら聞かないで決めてしまっても良いのかい?」
と名前の無い霊能師。ワクワクしているのを隠せずにいると言った様子だ。
花子は答える。
「理由なんてどうでも良いわ。自己主張の苦手なイノリが私に反発してるんだもの。嬉しいじゃない。意見が合わないなら、喧嘩になるのは姉妹なら当たり前でしょ?仲良し姉妹ならなおさらねっ!私、実はあなたに不満が色々あったのよ。我慢だっていっぱいしたわ。だから、喧嘩をしましょう、イノリ。あの頃出来なかった喧嘩を、今!!」
「……お姉ちゃん。実は私も……いーっぱい我慢してたわ。」
赤マントは精一杯生意気な笑顔で花子に応える。
「決まりね。あ、それと、タケル。私は今、槇村サトリじゃないわ。私はトイレの花子さん。そして、彼女は赤マント。この姉妹喧嘩に勝ったほうが槇村サトリの体を得て、人間に戻る事が出来る。……それで良いわよね、赤マント?」
「ええ。お姉ちゃ……じゃなかった。トイレの花子さん!この体は渡さないわよ!」
赤マントはとても嬉しそうに微笑んだ。
「ほうほう、面白い。やるが良いよ2人とも。で、勝って肉体を得た方と戦ってあげるわよ。家族の幸せを奪った復讐、したいんでしょ?ふふふふ。」
名前の無い霊能師が言う。
「おいっ!待てよっ!喧嘩なんかしてる場合じゃねーって!」
タケルは慌てて叫ぶ。
「そうだぜっ!タケルの言う通りだっ!赤マントも花子さんも大事な戦力なのに、わざわざ戦って戦力を減らす事ないだろっ!!」
じゅんぺいも叫ぶ。花子は迷いなく答える。
「タケル、じゅんぺい。もう決めた事だから。」
名前の無い霊能師が笑う。
「ふはははっ。よしよし。では、その姉妹喧嘩とやらが邪魔されないよう、新しい空間をねじ曲げてあげましょう。入るのは2人。でも、出る時は肉体を持つ者1人よ。そうれっ!」
彼女がそう言うと、ゴゴゴと空気が震える。空間が歪み、巨大な手のようになって花子と赤マントをギュッと掴む。
そのまま2人は、その場から忽然と消えた……。
「おいっ!花子と赤マントに何しやがった!」
タケルは叫んだ。
名前の無い霊能師が口を開く。
「さっき言った通りよ。姉妹喧嘩が邪魔されないように2人っきりにしてあげただけ。すぐに戻って来るわ。勝った方の1人だけですけれども……ね。」
そして、彼女はじゅんぺいに向き直る。
「さぁ、次はあなたの番よ。6人目……。」
その瞬間、消えた美術室に新たな気配が舞い降りた……。