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都市伝説事典  作者: ニカイドウ
都市伝説事典編
107/137

3話 花子、帰還

「ハァハァ……。」


 花子の未だ整わない息。しかし、彼女の右側から伝わってくる温もりが、彼女の息を少しづつ整えていく。

 その温もりは、誰かの体温。

 花子は自分の右手を見る。そこには、彼女の右手を力強く握るタケルがいた。


「……間一髪だったな。」


 タケルの優しい声。


「タケル?じ、じゃあ、私、助かったのね。」


 花子は、安堵のため息とともに言った。


「ああ。見てみろよ。花子に言われた通り、花子の鏡を復活させて、旧校舎3階奥の女子トイレを復活させたぜ。」


 笑顔のタケル。


「……おかげで私もこっちの世界に戻って来れた……ってわけね。」


 そう言って笑い返す花子。

 先ほどまでタイルの床と瓦礫しかなかった女子トイレは、動く人体模型に破壊される以前の姿に戻っている。長い年月で付けられた傷や汚れなんかも全て再現されていた。


「おいおい、いつまでイチャイチャ手ぇ繋いでんだよお二人さん。キシシ。」


 じゅんぺいがニヤニヤしながら言った。

 慌てて手を離すタケルと花子。

 一瞬じゅんぺいの存在を忘れていたタケルは、


「そ、そんなんじゃねーよ!」


 と恥ずかしさを隠すように叫ぶ。

 続けて花子の顔を見るタケル。彼女の頬は真っ赤に染まっている。


「あ、いや、し、紹介するよ。コイツ、俺の友達のじゅんぺい。」


 タケルも耳まで真っ赤になり、恥ずかしいような照れくさいような気持ちでしどろもどろになりながら花子に言った。


「2人とも顔が真っ赤じゃねーか。」


 自己紹介そっちのけで、じゅんぺいが冷やかす。


「ち、ちげーよ!」


 タケルはそう言いながら言い訳を探す。と、窓から射し込む夕日が目に留まる。

 夏休み前の7月の太陽は、タケルとの別れを惜しむようにゆっくりと沈みつつある。

 時計を持たないタケルに分かりようはないが、時刻は19時を回っていた。


「そうだ!そう、あ、あの夕日のせいでそう見えるだけだ!そうなんだよ。な?だよな、花子。」


 花子もうなずく。

 そして、花子はうつむいたままじゅんぺいに手を差し出す。


「私はトイレの花子さん。よろしく……。」


 花子は言った。じゅんぺいは、


「おう、よろしく!真っ赤な花子さん!」


 と握手する。


 ギリギリ……


 じゅんぺいの骨が軋む音がする。


「いっ!痛てっ!痛ててててっ!!」


 じゅんぺいの手は、花子の万力のような力で握り潰されようとしていた。


「ちょっとやり過ぎじゃないかしら?じゅんぺい……くん?」


 花子はギロリとじゅんぺいをにらむ。


「うわーっ!ごめんごめん、ごめんなさい!もう言いませんからっ!やめて花子さんっ!トイレの花子さまーーーーっ!」


 今にも涙がこぼれ落ちそうな顔で懇願するじゅんぺい。


「ハハハハッ!」


 それを見て、タケルは笑いがこみ上げて来た。


「なによ!」


 次はタケルを睨みつける花子。じゅんぺいは花子に離してもらった手に、ふうふうと息を

 吐きかけながらさすっている。彼の頬には少し涙の跡があった。


「いやー、2人とも、らしいなぁって思ってさ。仲良くやれそうだな。」


「「誰がっ!!」」


 2人が同時に叫ぶ。


「ほらね。」


 とタケルは微笑んだ。



「……いやー、さすがに今日は疲れたぜ。」


 タケルがこめかみを押さえながら言った。


「ま、とりあえず、時間も遅くなってきたみたいだし、今日は帰るとするか。」


 じゅんぺいが言う。


「2人は明日も学校だしね。」


 花子が意地悪に笑う。


「「そうだった……。」」


 と2人が落胆の表情を浮かべたその時だった……。


 キシシ……


 微かな……何かが擦れる音と間違える程の、ごくごく微かな……笑い声。しかし、タケルには聞き覚えのある不快な笑い声……。

 タケルは咄嗟に花子を見る。

 花子はうつむきブルブルと震えている。明らかに先ほどまでの彼女とは違う。


「なぁ、じゅんぺい!」


「え?」


「今、何か聞こえなかったか!?」


 それでも……もしかしたら空耳かも知れないと、タケルはじゅんぺいに確認する。


「……ああ。聞こえた。妙な笑い声だったぜ。キシシとかいう……。」


 じゅんぺいは答える。


「……空耳じゃないんだな。」


 タケルはそう言って、笑い声の聞こえた女子トイレの入り口辺りを凝視する。しかし、人影……どころか小動物の影ひとつ見つけられない。

 入り口に向かって、慎重に一歩づつ進むタケル。


「どこだ!?どこにいやがる……!その独特な笑い声、お前なんだろ?どうやってこっちの世界に来やがった!!」


 タケルは叫ぶ。

 そして、タケルが女子トイレの入り口から廊下の方を確認しようと、花子の鏡の前を通り過ぎようとしたその時……。


「ここだよぅ……。」


 先ほどの声が再びタケルの耳に入って来た。

 声のしたほうを振り向いたタケル。


「!!」


「ど、どうしたんだよタケル?」


「な、何があったの?」


 じゅんぺいと花子が口々に心配する。

 タケルは、花子の鏡を見つめて口を開く。


「や、ヤツだ。どうりで姿が見えないわけだぜ。こんな所にいやがった……。」


 花子の鏡に、痩せ型の長髪男が映っている。

 長い前髪の中、表情は見えないが目だけが赤く光っている。


「ま、まさか!タケル、花子の鏡にアイツが映っているっていうの?いや、でもそんなはずないわっ!そんなはずないのよ!」


 花子は取り乱したように叫ぶ。


「な、な、何があったんだよっ?俺にもわかるように説明してくれよっ!」


 じゅんぺいは困惑している。


「……でも、大丈夫よ。鏡の中って事は、アイツはまだ向こう側なんだから。何故アイツが花子の鏡に映っているのかはわからないけど、花子の鏡を使って移動できるのは私だけ。アイツがこっち側に来ることは不可能よ。」


 花子は言った。しかし、不安が消えないのは、その声の震えでわかる。


「……まぁ、普通はそうだよなぁ。キシシ……。」


 鏡の中の男が答える。


「……どういうことだよ?」


 タケルは警戒しながら言った。


「……キシッ。お前、鏡の力を操れるのはその女都市伝説だけだと思っていたのか?」


 男は、気持ち悪い間で、気持ち悪い速度で話す。さらに続ける。


「俺は、夜の学校の都市伝説を107体喰らったんだぜ。その中にいたんだよ。鏡の力を操る都市伝説が。確か、旧校舎の階段の踊り場だったかなぁ。何階だったかは覚えて無いけどなぁ。キシシシシシィ!!」


「はっ!!」


 気付くタケル。口を開く。


「ま、まさか紫鏡か!?で、でも、そいつは破壊されたんじゃぁ……?」


「……されてないぜ。タケルが幽体離脱をした事で、過去が変わったんだ……。過去が変われば、未来だって……。」


 そう言ったのは…………なんと、じゅんぺいだった。


「え?じゅんぺい、何を言ってんだ?」


 タケルは疑問だらけの表情でじゅんぺいを見る。必然的にタケルは花子の鏡から目を逸らす事になる。

 鏡の中の男はその隙を見逃さない。鏡の中からズォッと腕が伸びた。

 その腕はタケルの頭をガッと掴む。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 叫ぶタケル。タケルを掴んだまま、男は、花子の鏡の中からズルリズルリとこちら側の世界に入って来る。見覚えのあるスェットジャージ姿の長髪男が現れる。

 それは、紛れもなくホルマリン漬けの殺人鬼だった。


「タケルッ!タケルに何するの!や、やめてっ!」


「あわっ!タ、タケルを放せっ!待ってろタケル!今、俺が……」


 花子とじゅんぺいがタケルの身を案じて口々に叫んだその時、じゅんぺいの言葉を遮るように、ブンッと風を切る音が響く。


「うわっ!」「キャアッ!」


 2人の悲鳴。一本の丸太のようなものが、2人の腹の辺りを同時に襲う。

 それは、ホルマリン漬けの殺人鬼に放り投げられたタケルだった。


「うぅ……」


 頭を抱えてうずくまるタケル。


「なっ!大丈夫かタケルっ!ま、まさかアイツの握力で頭を握り潰されたんじゃ………」


 じゅんぺいはタケルの頭を確認する。しっかり頭の形をしている。


「……ないよな。良かった。」


 安心するじゅんぺい。しかし……


「良かったじゃないわっ!!良く見なさいよじゅんぺい!」


 花子は怒鳴る。タケルは額に玉のような汗を浮かべ、苦しそうに眉間にシワを寄せている。


「どうしたのタケル?今のでどこかに頭をぶつけたの?」


 慌てて駆けつける花子。


「い、いや、何でもない。大丈夫だ……。」


 そう言って立ち上がるタケル。明らかに痩せ我慢。その場の誰にも隠せていない。


「なんだぁ?お前、体調が悪かったのかぁ?」


 ホルマリン漬けの殺人鬼は笑いながら言った。


「……ちょっと頭が痛いだけだ。問題ない。」


 タケルは強がり、弱味を見せまいと無理矢理ニィと笑う。


「そうは見えねぇけどなぁ。キシシ。」


 嫌味を言うホルマリン漬けの殺人鬼。


「……そんな事言ってて良いのか?俺は遂に使うぜ。あの力をな。」


 タケルは言った。


「あの力ぁ?」


 ホルマリン漬けの殺人鬼は頭上に疑問符を浮かべる。


「そうだ。一年前はまだ未完成だったあの力だ!」


 タケルは自信満々に……見えるように言った。

 それは90%ハッタリだったが、それを聞いたホルマリン漬けの殺人鬼の声が明らかに震えだしたのがわかる。


「……ま、まさかあの時の……あ、あの空飛ぶ焼却炉の悲劇を招いた……あの力なのかぁ……?」


 どうやらタケルのハッタリは、ホルマリン漬けの殺人鬼のトラウマを突いたようだ。

 そして、タケルの自信の残り10%とは、ホルマリン漬けの殺人鬼の言葉どおり。それはタケルの能力……あの時は不完全だったが……完全な形でのマトリョーシカの発動。それはタケルの魂を肉体を超えて巨大化させ、魂の内側にいる者全員をタケルに共感させ支配する能力だった。

 そして、タケルの中にそのイメージは存在している。

 幽体離脱で一年前に戻り、一年前の自分の体に乗り移った時に感じた感覚。あの体の隅々まで魂を行き渡らせる感覚を体の外へ。自分の体と空間を置き換えて使えば良いのだ。

 しかし、不安要素が1つ……。タケル自身が乗り越えなければならない最大の不安要素が……。


「ま、待ってタケル!その力って、まさかマトリョーシカ!?」


 花子が心配そうな顔で叫んだ。

 タケルはその言葉を聞いて、顔全体に梅干しのようにシワをよせる。


「やっぱり、まだ克服出来てないんじゃない!」


 花子の言う通り。タケルはトラウマのせいでマトリョーシカと叫べないのだ。タケルが叫べなければマトリョーシカは発動出来ない。これはもう花子との約束だけではなく、発動のきっかけ……スイッチとしてタケルの中に刷り込まれていた。


「……だからって止めるわけにはいかねーよ。それに、まだ幽体離脱の感覚が残ってる今なら、さらに上……一本の指先を動かすように、魂の範囲内にいる相手を選んで能力を発動させる事だって出来るかも知れない!」


「でも、今焦る必要はないでしょ!暴走の可能性だってあるわ!ねぇタケル、落ち着いて!少しづつ克服していけば良いじゃない。」


 花子が止める。しかし、タケルは聞かない。


「いつ克服するってんだ!?今でしょっ!!」


 タケルはそう言って、花子とじゅんぺいを背にホルマリン漬けの殺人鬼の前に立ち塞がる!!



 ……しかし、その後、マトリョーシカが発動する事はなかった……。


 ーープツンーー


 激しい頭痛を痩せ我慢し続けたタケルの意識の糸が、突然に限界を迎え、切れる。

 ドッと床に倒れ込むタケル。

 そのまま意識を失った。


「……俺のせいだーーっ!!……」


 タケルの意識が途切れる直前、遠くのような近くで大きいような小さいようなじゅんぺいの叫び声を聞いたような気がした……。


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