2話 走れじゅんぺい!!
じゅんぺいの努力の甲斐あって、タケルは予想以上のスピードで旧校舎3階へと到達する。
「ハァハァ、ちょっと……休憩がてら、渡り廊下……前に張り出された俺の絵でも、ハァハァ、眺めて……かない?」
本気で息を切らすじゅんぺい。
それもそのはず。彼は、1階から3階までノンストップで階段を駆け上がって来たのだ。もちろんタケルをおんぶした状態で……だ。
少しは休ませてやれよ、タケル。
が、
「んな時間ねーよっ!ほら、向こうの奥、走れっ!!」
非情にもタケルは、じゅんぺいに言葉の鞭を打つ。
「わ、わかったよ……。」
再び走り出すじゅんぺい。
「ハァハァ。着いたぜ。もう走れねー。」
タケルを下ろし、その場にへたり込むじゅんぺい。
二人は、旧校舎3階奥に到着した。
「でも、すげーぶっ壊れ方だな……。」
じゅんぺいは驚いている。
吉川先生の件以降、旧校舎は閉鎖されていたから、じゅんぺいが知らないのも無理はない。
天井が無い。壁もほぼ吹き飛んでいる。瓦礫にまみれた床だけが残っている状態だった。廊下のコンクリートとトイレのタイルの境界線で、かろうじてそこに女子トイレがあった事がわかる。
「……でもよ、こんなとこに女子トイレなんてあったんだな。知らなかったぜ。」
じゅんぺいは言った。
「ま、花子の結界で隠されてたみたいだからな。」
タケルはボソッと言った。
「え?」
聞き返すじゅんぺい。
「いや、なんでもねーよ。旧校舎3階は大分前から生徒は立ち入り禁止だったんだ。知らなくて当然だろ。」
タケルはごまかすように言った。
「だな。……で、ここで何をするんだ?」
「……さぁ。行けば何とかなるんだと思ってたんだけど……。」
タケルは、そう言いつつポケットから鏡のキーホルダーを取り出す。
すると……。
タイルの上の瓦礫のあちこちから、幾つもの輝く小さなカケラ達が宙に浮かび上がる。
「なんだなんだ!!」
異様な光景に、じゅんぺいは慌てている。
タケルは目を凝らし、輝くカケラ達を凝視する。どうやら、鏡の破片のようだ。それが宙に浮かびキラキラと輝いている。
タケルは初め、鏡面が太陽を反射した光だろうと思ったが、どうやらそれら自体が発光しているようだった。
と、タケルの持つ鏡のキーホルダーも、その手の中で同様に光を放ち始める。
「うわっ!」
タケルは、熱いような冷たいような不思議な感覚を覚えて、発光する鏡のキーホルダーから手を離してしまう。
本来ならタケルが手を離せば、鏡のキーホルダーは重力に逆らえずタイルの床に落下するはず……なのだが、今は、暫く手のあった位置に留まり発光を続けていた。
「お、おいタケル?なんだよコレ?」
「……俺にもわかんねーよ!」
と、鏡のキーホルダーが動き出す。
ゆっくりと、ある方向に向かって浮遊する鏡のキーホルダー。それと同時にカケラ達もそこに向かって集まり始めている。
「……花子の鏡があった場所だ。位置がわかるもんがほとんど残ってねーから、多分……だけど。」
タケルは言った。
「花子の鏡?まさか、それって!!」
じゅんぺいは何故か頬を赤らめ、嬉しそうな表情を浮かべる。
「……。」
タケルは思い出した。じゅんぺいは、都市伝説が好きだったんだと……。案の定、
「トイレの花子さんと関係あんのかよっ!ってか、タケル、さっきから言ってた花子花子って、トイレの花子さんの事だったのか!?うっわーー、やべー気づいてなかった!そう言やーそうだよな。旧校舎3階奥だよな。しかも、女子トイレ!!まんま花子さん出現ポイントじゃんよっ!!」
まくし立てるように話し続けるじゅんぺい。まだ続きそうなので、タケルはそれを遮るように、
「もう良いって!お前の考え通りだよ、じゅんぺい。これから俺が……俺達が助けるのはトイレの花子さんだ。」
と言った。
そうこうしているうちに、鏡のキーホルダーと鏡のカケラ達は花子の鏡があった辺りに集まり、輝きを増していった。
「うわっ!」
「ま、眩しいっ!!」
夏の日差しよりもさらに眩しい光。辺りが真っ白になる。
そこに浮かぶ長方形の穴……。
タケルには穴に見えた。そして、その向こう側に見えたのは……。
「うわぁっ!な、何だよ?口の化け物??いや、ダンゴムシの化け物かっ!?」
じゅんぺいが叫ぶ。
確かに、タケルにも向こう側にそのような化け物が見える。しかし、その長い髪、スウェットのジャージにタケルは見覚えがあった。
……間違いなくホルマリン漬けの殺人鬼だ。
そして、そのダンゴムシの腹のような、縦に割れた大きな口のようなそれは、彼の前で恐怖と絶望に硬直する少女を、今にも喰らおうとしていた。
「花子っ!」
タケルは叫ぶ。
「花子?」
じゅんぺいが聞き返す。間髪入れずに答えるタケル。
「ああそうだよ!あいつが花子だっ!あの化け物に今にも喰われそうな方だっ!!」
「あ……。」
じゅんぺいは、ホルマリン漬けの殺人鬼が異様過ぎて、花子の存在には今、気づいたようだ。
時間がない。タケルは向こう側にも聞こえるような大声で叫ぶ。
「花子ーーーーーーーーーーっ!!」
タケルは、白い空間に空いた長方形の向こう側、その少女……トイレの花子さんに全力で手を伸ばす。
「!!」
花子はその声に気づく。
恐怖に縮こまった体を無理やりこじ開け、引き延ばし、声のした方へ視線を向ける。
彼女の目に映ったのは、トイレ入り口近くの鏡……花子の鏡と対になるスペアの鏡だった。
そこから、夏の日差しのような……、もしくはそれ以上の強い光が溢れ出している。
そして、そこに映るのはこちらに向かって手を伸ばすタケル。
「タケルーーーーーーーーーーっ!!」
花子も手を伸ばす。
「なっ!何だこの光はぁ……ん?御堂……タケルっ!?クソォォ行かせるかよぅーっ!!」
ホルマリン漬けの殺人鬼はそれに気づき、花子に迫るスピードを早める。
しかし、先ほどまでの固まった体とは違い、花子の解けた体は、残りわずかな体力でもよく動いた。
ホルマリン漬けの殺人鬼の手を……肋骨をすり抜け、鏡に手を伸ばす花子。
その手がタケルの手と触れ合った瞬間、花子の体は夜の学校からかき消えた……。
夜の学校に一人残されたホルマリン漬けの殺人鬼。
「…………あーーやられたぁ。……でも……、キシシ。」
その表情は余裕。そればかりか、笑みすら浮かべていた……。




