48話 赤マントの正体
名前のない霊能師は、夕暮小学校正面玄関のガラス戸全面に映る大きなガイコツ先生を睨みつけながら話し始める。
「……良く聞いて、御堂タケル、結城ヤマト。私はあの邪悪な都市伝説の犠牲者唯一の生き残りだった槇村サトリを救うために、そして新たな犠牲者を出さないために、元の世界でアイツを追いつめたわ。しかし、倒すすんでのところで逃げられてしまった……。でも、私はそんな事もあろうかと、もう一つ彼女を救うための一手を用意していた。それが、彼女の残りの魂をここに送る事だった。黒い本に守られていたとは言え、彼女の魂のほとんどは死に顔アルバムの中。残りの魂では、彼女の命を繋ぐには余りにもか細い状態だったわ。あのままでは彼女の命の火はすぐに消えてしまってもおかしくはなかったのよ。だから私は、死に顔アルバムを追うのと同時に、彼女の魂を私が創り出した空間……夜の学校に送り、ここにいる都市伝説と融合させる事で魂を強化させることにした……。」
「ま、まさかそれって……!?」
タケルは叫ぶ。ヤマトとタケルは顔を見合わせる。名前のない霊能師は答える。
「……そう。それが彼女……、赤マントの正体よ。記憶がないのは、死に顔アルバムに魂の大半を奪われてしまったからね。」
タケルとヤマトは、同時に赤マントを振り返る。すると赤マントも、知らなかったと言ったように目と口をまん丸に開いたまま固まっている。その表情はタケルとヤマトにも共通していたが……。
しばらく見つめ合う3人。
「ヤマト、お前は全部知ってたのか?」
先にせきを切ったのはタケル。
「……い、いや。全部じゃない。僕も驚いてるよ。サトリの魂と都市伝説を融合させたなんて……。」
ヤマトは答えた。赤マントもブンブンと首を縦に振っている。
ガイコツ先生はニヤニヤと笑っている。
名前のない霊能師は再び口を開く。
「……もしも私が死に顔アルバムから彼女の魂を救えなかった時、彼女の命を繋ぐ最後の砦としてどうしても必要だったのよ。……そして、彼女……槇村サトリの魂と都市伝説・赤マントの融合が完了し、元の世界で死に顔アルバムを追わなければならなかった私は、結城ヤマトに槇村サトリの魂を取りに行ってもらうよう頼んだわ。さっきも言ったように、夜の学校は私が創り出した空間。あなた達に危険はないはずだった……。でも、もしもの時のためにと、結城ヤマトにも内緒で、私の6人目の弟子を同行させた。」
タケルは、その言葉に敏感に反応する。
「6人目の弟子!?それってまさか?」
彼女は答える。
「ええ、あなたの考えている通りよ。彼が都市伝説、6人目。彼はきっと、あなた達を助けるために記憶を奪ったのよ。死に顔アルバムの呪いを無効化させ、完全に魂を奪われるのを防いだんだわ。でも……」
「でも?」
タケルは言う。しかし、その接続詞は、タケルに対しての言葉ではなかった。それが誰に対してなのかは、次の言葉でわかる。
「……いつまでそこでニヤニヤしてるつもりなの?私が追い詰め、逃してしまった後、お前は完全に気配を消したわね?……それがなぜ!?どうしてここにいるのっ!?私が創り出した空間である夜の学校に、お前はどうやって入り込んだのっ!!答えてもらうわよ、死に顔アルバムゥッ!!!!」
叫ぶ名前のない霊能師。名前のない霊能師の長い口上をニヤニヤ笑いながら聞いていたガイコツ先生は、遂に口を開く。
「……答えてやっても良いんですがね。実はあるお方に止められてまして……。でも話したいなぁ。」
「なんなんだよそれっ!!」
タケルがツッコミを入れる。
「……話さなくても良いわ。私は今ここであなたを倒し、槇村サトリの魂を取り返すのだから。」
名前のない霊能師は、タケルとは対照的に淡々と話す。が、その言葉の裏に強い意志を感じる。
ガイコツ先生はまだニヤニヤと笑いながら、
「果たして出来ますかね?」
と言った。
「……アイツ、なぜか自信満々だぜ?大丈夫なんかよ、名前のない霊能師?」
タケルは、ガラス戸に映るガイコツ先生の態度を見て不安になる。
「大丈夫よ、御堂タケル。安心して。私の霊力はこの世で一番強力なのよ。それに、夜の学校には逃げ道はない。私が空間をねじ曲げて創り出した封鎖された空間なのですから。……約束するわ。私がここで死に顔アルバムを倒し、必ず槇村サトリの魂を救ってみせます!」
名前のない霊能師は力強く言った。
「そうか。」
その言葉に安心するタケル。
「だからね、御堂タケル。」
「え?」
彼女が話を続けるとは思わなかったタケル。
「後は私に任せて、あなたはあなたの生きる時間と場所に戻りなさい。」
「え?で、でも、こんな状況で帰れねーよっ!!」
「大丈夫。あなたがいなくても、私がこの時間をあなたの知る未来に繋げてみせるわ。」
「じ、じゃあ、ヤマトはどうなる?記憶は?」
タケルにとってはそれが最も重要な事だ。
「……結城ヤマトの事はごめんなさい。」
彼女は心苦しそうに言う。
「えっ!?どういう事だよっ!!」
タケルは叫ぶ。
「結城ヤマトから、夢に出て来る赤い少年の話は聞いたかしら?」
「ああ。それがどうしたよ!」
「私も感じるのよ。彼の中に邪悪な気配をね。そしてそれは、放ってはおけない程強大な邪悪。彼の見る夢は、十中八九その邪悪と関係しているわ。だから私は、彼を元の世界に戻すわけにはいかない。彼をここに封じる事にした。でも、信じてね。それは一時的なもの。必ず彼から邪悪な気配を取り除く方法を見つけ出し、彼を……結城ヤマトをあなたの元へ帰す。約束する!記憶も、出来る限りは戻すようにするわ。死に顔アルバムの呪いの影響がないように厳選して……になるけれど。だから、あなたは安心してあなたの時間に戻りなさい。」
「でもっ!でもようっ!!俺だけがここから逃げ出すなんて事出来ねーよ……。あっ!そうだ!それにほら、この時間の俺がまだ気絶したままだ!!」
タケルは帰らない理由を探す。帰りたくない訳じゃない。今まで忘れていたが、花子の件もある。けど、置いて帰るには不安な案件がここには多すぎた。
その時……。
「ゥウ……。」
倒れていた俺の口から声が漏れる。
「……どうやらこの時間のあなたの意識も戻りつつあるようね。」
名前のない霊能師は言った。
「この時間のあなたが目覚めれば、あなたは時間が元に戻ろうとする力によって元の時間に吹き飛ばされるわ。どっちみちあなたはあなたの生きる時間に戻されるって訳よ。」
「えーーーーっ!!」
理屈はタケルにはわからないが、彼女の言っている事が本当なのはわかる。なぜなら、今、タケルは巨大な掃除機に吸い込まれるような風を感じている。
「うわっ!待った無しかよっ!な、なぁ名前のない霊能師!油性マジックねーか!?」
タケルは叫ぶ。
「え?何?無いわよそんなもの!」
そうこうしている内にも風は更に勢いを増す。
「あるよ!」
ヤマトの声だ。タケルはヤマトの方を向く。
「赤だけど良いよね?」
ヤマトはそう言ってポケットから赤マジックを取り出す。
「サンキュ!」
タケルは更に更に強さを増した風に抗いながら、ヤマトの手から赤マジックを受け取り、何故か気絶しているじゅんぺいの元へと向かうと、じゅんぺいの右腕の内側に赤マジックで落書きをした。
「よしっ!!」
やり遂げたという顔のタケル。
その時、彼を吸い込む風は、すでに彼の姿を歪める程に強力に成長していた。タケルはヤマトに向かって申し訳なさそうに、
「ごめんっ!ヤマトっ!!俺は……」
ヤマトを助けたい気持ちは1㎜も変わらない。なのに、何も出来ずに時間の渦に吸い込まれつつある自分。悔やんでも悔やみきれない。気を緩めれば泣き言が口から飛び出しそうだ。でも……。
ニィ!
笑っている。ヤマトが笑っている!
「大丈夫だよ、タケル!!」
不安を押しのけるための空元気なのはタケルにもわかる。でも、ヤマトは笑っているんだ!
タケルは歯を食いしばり、精一杯の笑顔で答える。
「ヤマトォッ!一年後で待ってるからなーーーー!!」
タケルは更に更に更にダイソン以上に強力な吸引力に負け、時間の渦の中へと吸い込まれて行った……。
「……後は任せたぜ、名前のない霊能師っ!!」
名前のない霊能師の耳に、タケルの声が聞こえる。もう姿はない。
「……信じてくれてありがとう。御堂タケル。」
名前のない霊能師は呟く。その瞳には、硬い意志が浮かぶ。
何故かタケルに任された事、信じてもらえた事が力になる。
「……タケルにはね、そんな力があるんだよ。」
それに気づいてか、ヤマトが言った。
「ふぅ……。」
そんな時、空気を読まないため息。ガラス戸のスクリーンに映されたガイコツ先生だ。
「……そろそろ良いでしょう?」
ガラス戸全面がヌラリと妖しく輝く。
「!!」
ヤマトと名前のない霊能師は驚き、警戒する。
するとガイコツ先生は、まるで一昔前のホラー映画のように、ガラス戸からヌッと抜け出す。まるで3D映画のようだとヤマトは思った。
小さな映画館のスクリーンのようなガラス戸から外に出たガイコツ先生は、成人男性くらいの大きさになっていた。大体身長170㎝くらいだろうか。そのガイコツ先生の脇には、紫色のアルバムが抱えられている。死に顔アルバムだ。
「茶番はもう終わりにしましょう?」
ガイコツ先生はそう言って、スタスタと警戒する2人の元へと歩みよる。
「何をするつもりなの?」
名前のない霊能師が探りを入れる。
「あなたも人が悪い。名前のない霊能師……」
そしてガイコツ先生は彼女の前に来ると……
「えっ!?」
ヤマトは驚く。なんと、ガイコツ先生は名前のない霊能師の前にひざまずき、首を垂れた。
ニヤリ……
下を向くガイコツ先生の肉の無い口の端が歪む……実際には変化はないのかもしれないが、ヤマトにはそう見える。
そしてガイコツ先生は、首を垂れたままこう言った。
「我が主……。」
と……。




