10話 最高の卒業式
「よ、よかった。無事だったんだな。俺は、お前が爆発したのかと…。」
タケルは、小さな人体模型を見て、安堵した。
「あー、あの音か?あれは爆発したんじゃあない。逆よう。体を収縮させたんだ。体を収縮させる事で、負のエネルギーを異次元に送ったのさ…。ワシはしばらく寝るぞ…。全てが終わったら、ワシを体に戻しといてくれ。頼むぞ、タケル。」
小さな人体模型は、そう言って目を閉じる。
「おいっ!大丈夫か?まさか、死んだんじゃないよな?おいっ!ジンタンっ!!」
「…ワシを殺すな。これをすると疲れるんだ。数日は眠ることになる。…そうそう。吉川に少し負のエネルギーを残しておいた。今なら桜田とも話せるだろう…。それと………グー。」
小さな人体模型は眠ってしまった。
「ジンタンってなんだよ…」
と寝言を言っている。
「どう呼べば良いかわかんなかったからさ…。ダメか?」
タケルは寝言に返す。
「ふふっ。」
ジンタンは夢の中で、まんざらでもないように笑った…。
ガランッ!
「!!」
突然、体育館に大きな音が響く。何かが床に崩れる音だ。タケルは思い出す。
まだ終わってなかった!動く人体模型は…、吉川先生はどうなったんだ?
すぐに音のした方に目を向ける…。
そこには、人体模型が倒れていた…。
そして、その上方に青白い人のようなものが浮かんでいる。…足がない。幽霊だ…。
そして、その幽霊のそばには桜田先生が!
「さ…」
タケルが桜田先生を呼ぶより先に、桜田先生の口から言葉がもれる…。
「吉川先生…。」
桜田先生は、幽霊に向かって言った。幽霊はうなずくと、
「すまなかったなぁ、桜田…。」
と、返す。
それは、彼が6年生の時の担任、吉川先生の幽霊のようだった。どうやら、人体模型から抜け出したらしい。
桜田は、首を横にふる。目に涙がたまっている。彼は、それをこぼさないように、口を一文字に閉じていた…。
「…さっきのページ、ちゃんと見えていたよ。あれは、私が6年1組の一人一人に贈るためにと書き記したノートの1ページだね。卒業式当日に、私の口からみんなに伝えるはずだったんだが…。そうか、妻が君たちに一枚一枚配ってくれていたんだね。」
吉川先生は、優しい声で言った。
桜田先生は、もう一度しっかりとその1ページを吉川先生に見せる。吉川先生は、それを愛おしそうに眺めた。
「あれから、俺はこの1ページを大事にしているよ。ここに書かれた先生の言葉たちが、悲しい時、苦しいとき、何度も俺を助けてくれたんだ。卒業式に先生がいなかったのは寂しかったけど…、俺たちは、卒業式にこの言葉をもらった。最高の卒業式になったよ。ありがとう吉川先生。」
そこまで言って、遂に我慢していた涙が、桜田先生の目からポロポロと溢れ出してしまう。
「ありがとうな、桜田。なんだか胸のつかえが取れたような気がするよ。」
吉川先生は、満面の笑みで言った。その目にもうっすらと涙が浮かんでいる。
「あのクラスの…6年1組のみんなとは、今でも仲良しなんだぜ…。そうだ!今度の同窓会は学校でしよう!みんなも吉川先生に会いたいだろうし!それが良い!」
桜田先生は、涙を誤魔化すように元気に言った。
「…そうだなぁ。会えればいいなぁ…。」
吉川先生がそう言った時、突然、辺りが明るくなった…。でも、眩しいわけではない。それは、本当の光ではなかったから。言うなれば、それはゲートが開いた証…。
吉川先生は言葉を続ける。
「もうお迎えが来たようだ…。」
吉川先生の姿が粒子になり、少しづつ消えてゆく…。
「吉川先生ぇっ!」
桜田先生は、子供のように泣いている。
タケルは吉川先生の幽霊に近づくと、
「もう行くのか?」
と聞いた。
「…ああ。向こうに行って、また生まれかわる道を選ぶよ。戻って来たいんだ。この世界に。…また、教師になれたら良いな…。」
そう言って笑う吉川先生。吉川先生は、あの日の事を思い出す。
殺される当日の朝…。
懐かしい教室。1人の欠席者もいない。6年1組全員が揃っている。あの頃の吉川先生が、教卓の前で児童たちに話をしている。
「…私は約束するっ!君たちの卒業式を、絶対に忘れられない、最高の卒業式にするっ!!実はそのために用意しているものがあるんだ。」
「えーっ!何ー?」
児童たちの声が飛び交う。吉川先生は答える。
「まだ秘密だけどね…。」
「なんだそれっ!!」
小学校6年生の桜田の声。教室中に笑い声が響く…。
「…私は、君たちの生きる糧になれたのだろうか…?もしそうなれたのなら、これ以上に嬉しいことはない…。」
そして、吉川先生は消えた…。
最後に、言葉だけが聞こえる。
桜田先生には、
「…最後に1つ。教師の一人称が俺はどうかと思うぞ…。立派な教師になれ…。」
と。
「はいっ!」
桜田先生は、涙で顔をぐちゃぐちゃにして、消えた吉川先生に聞こえるよう、大きな声で返事をした。
そして、吉川先生は、タケルにも言葉を残す…。
「…タケルくんだったね。君に危険が迫っている。私の事件をモチーフにした、ある都市伝説が動き出そうとしているんだ…。その都市伝説の名前は、ホルマリン漬けの殺人鬼…。気をつけてくれ。そしてもう一つ。あの女には、気をつけるんだ…。名前のないあの女にはね…。」
「えっ?殺人鬼?名前のない女?それ、なんなんだよ!ちょ、ちょっと待ってくれよ!吉川先生っ!!」
タケルは、慌てて叫ぶ。トラウマがあるかのように、恐ろしくて仕方ない。
…しかし、答えはない。吉川先生は、すでに成仏してしまった後だった…。
「教えてくれよっ!吉川先生ーーっ!!」
タケルの心からの叫びが体育館にこだました…。
ここは、夕暮小学校から少し離れたとある場所…。
「…まさか、私がこの一年間、探して探して、それでも見つけられなかった異次元の牢獄が、あの人体模型の胃袋と繋がっているとはね…。面白いわ…。都市伝説にたっぷりと負のエネルギーを吸わせて、御堂タケルを襲わせましょう。それで、牢獄にいるあの少年が、どのような変化を遂げるか…?楽しみだねぇ…。」
それは、女性の声だった…。




