1話 黒い本
ある日の小学校の帰り道。六年生のタケルは、一冊の本を拾った。
「なんだこの本?」
うす汚れた真っ黒な本の表紙には、作者もタイトルも書かれていない。
タケルは、表紙をめくってみる。
「…ん?なんだこの本。なんにも書いてないぞ?」
タケルは、何枚かめくってみるが、どのページにも何も書かれていない。速度を上げてパラパラとめくってみる。
結果、最後まで白紙が続いただけだった…。
「なんかわかんねぇけど、自由帳につかえそうだな。」
タケルは、そう言って黒い本をランドセルにつっこんだ。そして、黒い本は、次の日まで忘れられる…。
次にタケルが黒い本を手にする事になったのは、翌日の昼休憩だった。
タケルは、理科室に呼び出されていた。それは、数日前に忘れた宿題をまだ提出していなかったからだった。
ガラガラ…
タケルは理科室の扉を開ける。
「先生、宿題持って来たぜ。…ん?」
理科室には誰もいない。
ゴクリとつばを飲み込んだ。実は、タケルは、理科室があまり好きじゃなかった。その理由は、学校の七不思議の一つでもある、人体模型。
タケルは、七不思議を信じているわけではなかったが、もし、万が一、人体模型が動き出したとしたら、真っ先に自分のところに来るだろうと思っていた。
その理由は、人体模型の内臓の中、周りに比べて妙に新しい胃に関係していた。
あれは、小5の夏休みの事だ。クラスの数名で、肝試しをした。
最初の一人への指令は、お地蔵さんにタッチして帰ってくるといった簡単な内容だった。が、一人、二人と進んでいくごとに、指令は徐々にエスカレートしていき、タケルの番が回ってきた頃には、学校の人体模型から内臓を盗んでこいという指令に変わっていた。
タケルは、クラスメイトにビビっていると思われるのが嫌だという一心で学校に忍び込み、理科室の人体模型から胃を盗んだというわけだ。
胃は、すぐに返す予定だったが、夏休みだった事もあり、二学期が始まる頃には、すっかり忘れてしまっていた。
タケルがそれを思い出したのはもう3学期も終わりを迎えた頃。人体模型には、すでに新しい胃が与えられてしまっていた。タケルは胃を返す機会を失ってしまったのである。
その胃は、今もタケルの部屋の学習机の引き出しの奥に眠っている。タケルは、思い出して、ブルっと身震いする。
「し、宿題ここに置いて帰りまーす!」
タケルは、教卓の右奥にある人体模型を見ないように、その教卓に宿題を置く。しかし、教卓の上に、タケルは不思議なものを見つけてしまう。
「え?」
教卓の上にあったのは、昨日拾って、ランドセルに入れたはずの、あの黒い本だった。その本へ視線を移したせいで、あの人体模型が視界の片隅に入ってくる。
「!」
タケルは、怖いもの見たさで人体模型に吸い寄せられる視線を無理やり黒い本へと戻す。
「これって…?」
タケルは、黒い本に触れる。
キーンと耳鳴りがして、空気が変わったような気がした。そして…。
「え!?な、なんだこれは?」
タケルは、黒い本の表紙を見つめる。すると、表紙の中央が、虫が這うようにうごめく。
そして、その虫たちが、黒い本の表紙に文字を浮かび上がらせてゆく…。
−都市伝説事典−