9ノ夜【ふたり】
これはドロドロした恐怖だけの、あからさまなホラーではありません。
どちらかと言えば、ロマンティックホラー? かもしれません。
普通のジャンルと同じように、緩い気持ちで読んでいただければ幸いです。
その週の土曜日、将也が仕事に向う為に家を出ると、駐車場の前で玲美と会った。
「よかった、今から?」
「ああ」
「これ、今日のお弁当ね」
玲美はそう言って、バンダナの包みを差し出した。
将也は少し照れながらそれを受け取った。
どうして今更照れるのかと言うと、玲美の隣にはもう一人少女がいたからだ。
この状況を客観的に見られるのは、やはり何処か恥ずかしさを感じる。
それは歳の差だったり、単に弁当を作ってもらうという行為だったり。
「ああ、サンキュウ」
将也はそう言いながらはにかむと、玲美の横に視線を移した。
「彼女は友達の雪乃ちゃん」
玲美に紹介された雪乃は
「はじめまして」
そう言って、白い歯を見せて笑った。
玲美とは正反対の、耳がようやく隠れるほどの短い髪が印象的だった。
しかも、雪乃という名の割には肌はほんのり小麦色で、寧ろ玲美の方がその名にあっている印象だ。
「同じ学校の?」
玲美と雪乃は同じ制服を着ていた為、当たり前の事だったが将也は思わず確認した。
「ええ、部活も一緒なんです」
「部活は何を?」
将也の問いかけに、雪乃は玲美を見た。
「吹奏楽部よ。言ってなかったっけ?」
玲美が応えた。
「あれ? 前に聞いたっけか?」
「もう」
玲美は少し頬っぺたを膨らまして笑った。
友達と一緒の彼女はまさしく無邪気な女子学生そのものだった。
「仕事でしょ?」
「あ、そうだ」
将也は玲美に促されて、駐車場に入って車に乗り込んだ。
玲美は彼に手を振り、雪乃は小さな会釈をして二人は自転車で去っていった。
これから部活なのか、今が帰りなのか訊かなかったが、去った方角からするとこれから部活なのだろうと思った。
と言う事は、雪乃という娘は玲美の家から来たのか?
それが、将也には何となく安心する要因になった。
何処に住んでいるかはっきりしない玲美だが、友達が迎えに来ているという事は、この近所に確かに住んでいるのだろう。
そう思えたからだ。
しかし昼休み、信二に付き合ってコンビニに向った将也はふと気付いた事があった。
この大通りの歩道はけっこうな数の高校生が通る。
試験休みに入ってからはその量は減ったが、それでもやっぱり部活などがあるのだろう、時折集団が自転車で通り過ぎる。
紺色のズボン、女子は同じ色のスカートに白いブラウス。そしてワインレッドのネクタイをしていた。
もうひとつは女子高だろうか、グレーのチェック地のプリーツスカートに水色のブラウスを着ている。
その他にも時々、極たまに見かけるグレーのスカートに白いブラウスの生徒もいる。
が、玲美と同じ制服をいっこうに見かけないのだ。
紺色のプリーツスカートに白いブラウスでリボンもネクタイもない学生は、彼女、いや玲美と雪乃以外には未だに見覚えが無い。
将也は思わず歩道を通り過ぎる学生たちを目で追った。
「おい、何だよ。お前は何時も女子高生が一緒だろ」
信二は冗談まじりでそう言って将也の背中を叩いた。
「いや、彼女何処の学校なんだろ……」
「はあ?」
「学校だよ。玲美の制服は他に見かけないんだ」
「ふううん」
信二はそう言って、将也の視線の先にある通り過ぎた学生の背中を見つめると
「そういえば、あの娘が着てるようなシンプルな制服は今時少ないよな」
信二は将也の隣に住んでいるので、玲美が将也の部屋に出入りしている事を知っている。
もしかしたら、夜に体を交わす声が僅かにでも聞こえる事があるかもしれない。
もちろん、将也はそれ自体に気を使っているつもりだが。
そして、とりあえず信二はそれを誰にも話していない。
他の同僚も、玲美の姿を見かけているとは思うが、将也の部屋に出入りしている事までは知らないのだ。
「どっか、離れた学校なんじゃないの?」
「自転車でか?」
「駅まで自転車かも」
「でも、前に学校の友達に自転車を貸したからって、歩いて帰って来てたぞ」
「じゃあ、方向が逆の学校なんだろ」
信二はそう言って、先にコンビニへ入って行った。
充分にありえる事だから、その時は将也も納得してそれ以上深くは考えなかった。
夕方に図面のコピーをとりに再び最寄のコンビニへ行った将也は、オーナーらしき店員の男を再び見かけた。
「あの和尚も最近ボケてきたのかね。人形がまたいなくなったって言ってたよ」
「人形って、あの供養を請け負っている人形ですか?」
「この前も一体いなくなったって言ってさ」
店員の男は、パートの主婦らしき女性店員と弁当の入れ替えをしながらそんな会話をしていた。
「前にも無くしたんですか?」
「和尚は勝手にいなくなったって言ってるけどね、何処かに置き忘れたんだろ。そしたら、今朝また一体なくなってたって。さっき来た時ぼやいてたよ」
「やばいですね、あの和尚も。何か、ある意味怖いですよ」
「そうだよな。自分で他の場所に置いたくせに、人形が勝手に歩いて移動する。とか言いそうだもんな」
男はそう言いながら、お客の手前声を押し殺して笑った。
女性店員も同じく、声を潜めて肩を震わせていた。