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月影のDOLL  作者: 徳次郎
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8ノ夜【触れ合う記憶】

「人形が持ち主を探しに行くだって?」

 将也はコンビニを出て傘をさしてから、再び店内を振り返った。

 和尚はさっき店を出て行き、コンビニオーナーらしき男は淡々と仕事をこなしていた。

 歩道の先を見ると、さっき出て行った和尚が路地を入る所だった。

 将也は店内に引き返すと

「すいません。さっきの和尚さんは、何処の?」

 別にたいした意味は無かった。話のタネにちょっと興味を引かれただけだった。

「ああ、この裏の通りを少し行った住宅街の先にお寺があってね」

 男はそう言ってから少し笑って

「変わり者の和尚でね、人形供養なんかもやってるんだ」

「人形の供養なんて意味あるんですか?」

「意味ある人にとっては、あるんだろ。ほら、人形には魂が宿ると言われるし、それを信じている人もいるから」

 将也は引き返しついでに缶コーヒーをひとつ買って店を出た。

 止め処なく降る雨は強まるわけではなかったが、弱まる気配もなかった。





「こんなに頻繁にここに来て、ご両親は心配しないのかい?」

 将也は相変わらず小さな台所に立つ玲美れみに向って言った。

「うちは共働きだから、あたしには完全放任主義なの」

「へえ」

 将也はそう言って冷えた麦茶を口にする。

「家は何処に?」

「えっ?」

 玲美れみは包丁を持つ手を止めて振り返った。

 将也は少しだけ疑問に思っていた。

 彼女は決して家まで送らせない。

 確かに将也のアパートからは歩いても直ぐの場所らしいが、玲美の家が何処に在るのか、その正確な場所を将也は知らないままなのだ。

「すぐそこよ」

 玲美はそう言って再びまな板の上にあるキャベツに視線を向けた。

「そこって?」

「そこって言ったら、すぐそこ」

 彼女はキャベツを切る手を止めずに声だけを返した。

「ふううん」

 将也はそう答ながらテレビに視線を移した。

 東京ならこんな事もあるだろう。

 しかし、ここは世間の狭い地方の小さな町だ。

 高校生の彼女がここに出入りし続けていいものだろうか……将也の中では小さな葛藤が沸き起こっていた。

 彼女は学校が試験休みに入ると毎日ここへやって来て、将也が仕事に行った後も部屋の掃除をしたりして過ごしている。

 日中には部活に行っていると言うが、夜は再びここへ来て夕飯を作ってくれる。

 そして、三日にいっぺんは泊まってゆく。

 確かに退屈な長期出張にはありがたい彼女の存在だが、この先の事を考えると暗たんとした思いがこみ上げるのだ。

 高校生の彼女を浦安に連れて帰れるわけも無く、出張が終われば玲美との終わりもやってくるという事だ。

 彼女はそれが判っているのだろうか。

 もちろん、出張の予定は十一月までだからまだまだ先だが、確実に終わりはくるのだ。

 ジュワッという、とんかつを揚げる音がキッチンから聞こえてきた。





 その夜、久しぶりにあの夢を見た。

 黒髪少女が出てくるあの夢だ。

 相変わらず白く抜けた顔の中に存在する目鼻ははっきりとせず、朧気に彼を見つめる。

 目の輪郭も白目と黒目もはっきりしないのに、何故か自分を見つめている事はわかる。

 それが何故なのかは判らないが、少女は確かに将也を真っ直ぐに見つめていた。

 しかし、今回はあのセリフがない。

「あたしを捨てた」という恨めしいセリフがなかった。

 ただ一心に将也を見つめる目が、背景の無い世界で朧気に輝いていた。

 穏やかな風に揺らめく長い黒髪も、激しく舞ったりはしない。

 肩から背後に流れた髪は、サラサラと彼女の身体の陰から見え隠れしていた。

「キミは誰だ? 誰かを探しているのか?」

 将也は思わず自分から問いかけた。

 しかし、少女は何も応えなかった。

 ただ静かに将也に近づいてくると、唇を重ねた。

 将也は動けないまま、彼女に唇を塞がれた。

 その距離でも少女の目鼻は朧気なままで、その輪郭、特徴ははっきりしない。

 ただ、重ねた唇の感触は何処かで確かに感じた覚えのあるものだった。

 それも、そう遠くない記憶だと思った。



 将也は突然目を見開いた。

 そこにはほの暗い天井が在るだけだった。

 カーテンの隙間から、朝ぼらけの光が薄っすらと入り込んでいる。

 以前の時みたいに飛び起きるような夢ではなかったが、何故か全身は汗で濡れていた。

 将也は今感じた夢の少女の唇の感触を思い出そうとしたが、どうしても思い出せなかった。





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