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月影のDOLL  作者: 徳次郎
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7ノ夜【消えた人形】

 国道をしばらく走って、産業道路に出た。

 三車線の広い道路が続いていた。

 周囲は工場や運送会社の大きな倉庫が立ち並んで交通量は少なく、前後に離れて何台かの車が走っているだけだった。

 対向車も時折すれ違う程度だ。

 大きな材木置き場を過ぎてT字路の先には海が見えた。

 そこを左折して海岸沿いを走る。

「へぇ、海が意外と近いんだな。気付かなかった」

「それでも、自転車じゃあなかなか来れないから」

 玲美は助手席の窓を全快にして吹き込む風を頬に当て、気持ちよさそうに目を細めた。

 風を受けた長い黒髪がうねるようにはためいた。

 その光景に一瞬将也の鼓動は跳ね上がった。

 長い黒髪が大きくうねる光景を見て、夢の中の少女を思い出したのだ。しかし、ここ数日彼はあの悪夢を見ていない。

 生活環境に慣れたせいだろうと思っていた。やっぱり不慣れな場所での生活がなんらかの影響を及ぼして奇妙な夢を見させていたのだと思った。

 それでも将也は、運転する視線の合間をぬって、何度も玲美れみを盗み見た。

 動きを止めている彼女の姿は、まるで人形のようだった。

 そのまま二度と動かないのでは……そんな錯覚さえ沸き起こるが、瞬きする様を見てホッとする。

「あ、そこ右に曲がって。駐車場があるわ」

 彼女にそう言われて、将也は慌てて、それでも急にならないように車を減速させると、彼女の言うとおりに駐車場へ車を入れた。





 駐車場は意外と広く、家族連れっぽい車が数台停まっていた。

 駐車場から直ぐの堤防を上ると直ぐに砂浜が広がって、周辺には家族連れや犬を散歩させる姿がちらほら見えた。

 遠くの防波堤には釣り人の姿も見える。

 湿った風を浴びて、玲美の黒髪は踊るようにはためいていた。

 飼い主とボール遊びをしていた犬が、ちょうど砂浜から上がって来る所だった。

 温和そうなラブラドールが玲美の近くに来た時、彼女を見上げて急に唸りを上げた。

「こら!」

 飼い主の女性が慌ててそれを制するが、ラブラドールは身体の重心を後ろに集めて、足を踏ん張りながら鋭い牙を露に唸り続けた。

 犬の行動に戸惑っている飼い主を見て将也は

「行こう」

 そう言って、自分達がその場から離れるように玲美を促した。

「あんな大人しそうなのに」

 少し離れてから将也が言った。

「あたし、犬とは愛称が悪いみたいなの」

 玲美はそう言って長い髪をかき上げた。

 そんな人もいるだろうと将也は気にも留めなかった。

 一度後を振り返えると、玲美が遠ざかった為か、さっきの犬は大人しく飼い主と共に駐車場に降り立っていた。

 二人は防波堤まで歩いて、再び駐車場へ戻った。

 テトラポットに当たって砕けた波が思いの外高く上がって風に煽られるながら堤防に降り注ぐ為、長居は出来なかった。

 帰りの砂浜で将也は何気なく足元に目を止めた。

 何か不自然さを感じたのだ。

 強い陽差できれいとは言いがたい砂浜には、自分の濃い影が落ちていた。

 しかし隣にいる玲美の足元には何も無い。それはあまりにも不自然なのだ。

 将也は思わず玲美の顔に視線を移した。

 ……影が無いぞ……どういうことだ? 

「れ、玲美?」

「ん?」

 遠くの水平線を見つめていた彼女が振り返った。

 確かに彼女はこの場所に実在している。

 将也は彼女が自分の声に反応して振り返っただけで安心した。

 自分の隣にいる彼女がただの妄想ではないかと一瞬思ってしまったからだ。だから影が無いのかと思ったのだ。

 しかし、再び将也が玲美の足元を見ると、確かに黒い影が落ちていた。

「どうしたの?」

 はためく髪を手で制するようにして、玲美は将也を見つめた。

「いや、ああ……お腹空かない?」

「うん。空いた」

 彼女の笑顔に将也は、さっきのはきっと見間違いなのだと思った。それ以外考えようが無かったから。





 しばらく晴れ間が続き、連日の暑さの中将也も少々ばて気味だったが、ほとんど毎晩玲美が食事を作りに来てくれる為、家に帰ると心の安らぎがあった。

 こんな出張なら何時まででもいたっていい。

 正直そんな気持ちになるほど、玲美といる時間は心身ともに心地よいものだった。

 遠い昔から知っている誰かの温もりに似ている。

 その日は梅雨明け以来久しぶりにまとまった雨が、乾いた大地を潤していた。

 将也は何時ものように仕事にでて、昼には玲美の弁当を食べる。

 彼女は自宅でそれを作ってくる事もあれば、将也の部屋で作る事もある。

 もちろん、彼の部屋で弁当を作る前夜は、将也のベッドで玲美は眠る。

「おう、将也。この書類もう一部必要になってさ、コンビニか何処かでコピーとって来てくれ」

 雨の為プレハブの事務所で弁当を食べていた将也に声をかけたのは現場主任の出雲元治いずももとはる

 同年代の間ではガンさんと呼ばれているが、もちろん部下である将也たちはそんな呼び方はしない。

「コピーですか? 及川とかじゃダメですか?」

「きちんととれるか、なんだか心配でよ」

 出雲は苦笑しながらお茶を啜った。

 新人の及川は自分では仕事が出来る男と思い込んでいるが、実は何もかもが雑で、結局後処理を周りの人間がやらねばならなくなるような、いわゆる曲者だった。

「判りましたよ」

 将也はそう言って、出雲から茶封筒を受け取った。

 彼は弁当を食べ終わると、大通りを挟んだ場所にあるコンビニへ向った。

 みんながよく弁当を買ったりしている場所だ。

 将也がコンビニのドアを開けると、レジのところに深い紫色の袈裟を纏った男の姿が目に飛び込んできた。

 禿げてはないが、短く丸めた頭はお坊さんだと直ぐに判った。

 コンビニ内に坊さんのいる風景は、妙にしっくり来ないものだと思いながら、彼はコピー機に小銭を入れた。

 一枚一枚位置を確認しながらコピーをとり始めると、コンビニのオーナーらしき年配者と和尚の会話が耳に入って来た。

「人形が?」

「そうなんだよね。一体見当たらないんだ」

「供養を引き受けた人形がですか?」

「ああ、それはいわば無縁仏。持ち主の判らぬ人形たちの中にあったんだが、けっこう年数が経っていてね。十年以上経ったものは別の棚に並べてるんだ。それが先週急に姿を消してね」

「何処かに落ちてるんじゃないですか?」

「私もそう思って探したよ。手前の下の方に置いてあったから、前日は確かにそこに在ったんだ」

「じゃあ、盗まれたんですかね」

「それならまだいいんだけどね……」

 コンビニオーナーは訝しげに和尚の顔を見て

「どういう事です?」

「最近は無いが、昔は捨てられた人形が持ち主の所へ帰ろうと行方をくらます事もしばしばあったらしい」

「人形が持ち主を探しに出かけるんですか?」

 コンビニオーナーは思わず失笑した。

 和尚も穏やかに笑ったが、瞳は笑っていなかった。






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