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月影のDOLL  作者: 徳次郎
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3ノ夜【唐突】

「お前、それ今朝貰ったやつだろ」

 昼休み、信二が声をかけてきた。

 佐々木信二は歳も同じで入社もほぼ同期だった。

 ほぼと言うのは、将也は大学を出て四月に入社したが、信二はその年の九月に中途で入社してきたのだ。

 現場が同じ事も多く、社の中でも一番気が合うかもしれない。

 黒髪を刈り上げたスタイルのサッパリとした将也に対して、少し長めのブラウンに染めた髪を何時もはためかせる信二は明らかに対照的だ。

 対照的なのは性格もそうで、将也は比較的消極的かつ慎重に物事を見定めるが、信二は大胆に、そして楽観的に見る癖があった。

「なんだよ、あの女子高生は」

 信二が面白そうに訊いてくる。

 おそらく今朝の光景を、自室の窓からでも見ていたのだろう。彼は将也の隣の部屋に住んでいる。

「俺にもよくわかんないんだ」

「はあ? わかんない娘に弁当貰ったのか?」

「いや、昨日駐車場の前でぶつかったんだよ」

「へぇ、そりゃドラマチックだね。じゃあ、彼女がお前に一目惚れか?」

 信二はコンビニ弁当を箸で突きながら笑った。

「でも……」

 将也は少し浮かない笑みを浮かべて、手作りのダシ巻き卵を一切れ口に入れると

「彼女、何時もコンビニ弁当ばかりじゃ……て言ったんだ」

「なんだよ、その通りだろ」

「でも、何時もって、どうして判るんだよ」

 将也の怪訝そうな視線を受けた信二も、口に運んだ箸が一瞬止まった。

「それは……こういう場所で働いてればそんなもんだろうな。て思ったんじゃないの?」

「ここで働いてるって、どうして判るんだよ」

「この近くを通りかかったのかも」

「ああ……そうかもな」

 将也はそう言いながら、やけに旨い鳥の照り焼きを味わっていた。

 信二は昨日アパートの通路に人形が置いてあった事を将也には言わなかった。と言うより、もう忘れていた。

 今朝出勤する時にはそれは無くなっていて、もともとさして気に留めていなかった信二の記憶からも、人形の事は消えていた。

 大きなショッピングモールの中は、特定の場所以外窓は無い為、昼休憩の時は外へ出る事が多い。屋内作業の場合、外の陽差を受ける事が気分転換になるのだ。

 夕方になって終業の時間が来たが、将也はなかなか自分の持ち場が一段落しなかった。

 一緒に作業していた後輩が図面を見間違えて、コンセントの設置場所を誤った為、その修正を行っていた。

 将也や信二は入社三年目に入り、小さな班を仕切る立場にあった。その下にはもちろん同年代もいるが、入社一年目、二年目や派遣の連中も多い。

「よし、ここで終わりだな」

 将也はコンセントの台座を取り着けて言った。

「すんません」

「いや、いいさ。俺も何度か間違った事がある」

 将也はそう言って及川辰彦の肩を叩くと

「俺たちも帰ろうぜ」

 内装工事が進む建物の中は、あちこちが張りぼてのようにまだらにパネルが嵌め込まれ、鉄骨やコンクリート、それに防火シートなどがここそこで剥きだしになっている。

 作業用エレベーター周囲は最初に完成させてあるので、その部分だけが別空間のようにぽっかりと周囲の景色から浮いている。

 完成期日にまだ間があるので、今のところは定時を過ぎると大半の現場の連中は帰ってゆく為、既に照明もほとんど落とされていた。

 帰ると言っても、派遣会社関連や外装工事の連中は同じ敷地に立てられたプレハブの簡易宿舎に寝泊りしている為、周辺にひと気がなくなることはない。

 一階まで降りた将也と及川は、常夜灯の明かりを頼りに出口へ向った。

 従業員通用口手前には警備室が既に完成しており、警備員が配置されているので、二人は軽く挨拶をして外へ出た。


 事務所に戻った将也はその日の業務日誌を着けて、帰り支度を始める。

 七時を過ぎていた為、日の長くなったこの時期でも外は暗がりに包まれていた。

 敷地内にはあちこちに簡易的な街路灯が設置されて、それが僅かな明かりを作っている。

 将也がバックを手にした時、窓の外に人影が見えた。

 まだうろつく人影があってもおかしくない時間帯だ。残業する者もいるし、周囲の簡易宿舎から外出する者もいる。

 しかし、将也が事務所の戸を開けると、そこには玲美れみが立っていた。

「わっ、ビックリした……」

 将也が思わず身体を硬直させる。

「ご、ごめんなさい」

「いや、いいけど。どうしたの?」

「まだ仕事してるのかなって思って」

 玲美は少し俯いて言った。

「今、帰るところだけど」

 将也はそう言って笑うと「ここ、よく判ったね」

「うん、何となく当てずっぽう」

 彼女はそう言って、小さな肩をすくめて笑った。

 その仕草が何とも可愛らしくて、将也は思わず頬を紅潮させた。

 二十五歳になった彼が、女子高生と触れ合う機会なんて普通なら無い事だ。

 確かに大学時代はその年代もターゲットに入っていたし、合コンなどもしたが、就職してからは同じ社会人かせいぜい女子大生としか付き合いは無かった。

 昨日も、そして今朝も感じた事だが、女子高生はこんなに初々しかったか? もちろんここが地方だからなのかも知れないが、最近の高校生もまんざらではないな……。

 そんな事を将也は思っていた。

「あっ、弁当美味かったよ」

 将也はそう言って、空の弁当箱を玲美に差し出した。

「よかった。喜んでくれて」

 彼女はそう言って弁当箱を受け取ると

「明日も作っていい?」

「えっ?」

 将也は、会って間もない彼女がどうして自分にそんな好意を抱くのか判らなかった。と言うより、不思議だった。

 自分は……確かに酷くはないが、一目惚れされるほどの容姿ではないし、こんな女子高生なら周囲にいくらでも同世代のカッコイイ男がいるのではないだろうか。

「いいけど……」

 将也にはそれを断る理由が見つからなかった。

 一緒に敷地を歩いて将也の車の所まで来た時、ふと彼は気がついた。

「あれ、キミ何できたの?」

「歩いて」

 彼女は平然と言った。

「歩いて?」

 玲美れみは将也のアパートの近くに住んでいると言っていた。それをここまで歩いてきたのか? それとも学校帰りの途中か? 

 いや、学校帰りなら自転車のはずだ。今朝彼女は自転車で学校へ向ったのだから。

 将也は何だかよく判らない事ばかりで逆に、彼女にいちいち質問するのを止めた。

「じゃあ、乗っていく?」

「うん」

 玲美は笑顔で嬉しそうに頷いた。






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